『成仏(フィナーレ)は劇場で』第4話(全6話)
10. 合宿稽古場/廃劇場
※このシーンは舞台をカミテシモテで分け、それぞれ「合宿稽古場」と「廃劇場」の同時進行。映像で言うところのカットバック。
廃劇場…村松×イオリ
合宿稽古場…トニー×歌手子、まりあ。
村 松「トニーとおれは、劇団の同期でな」
トニー「ベルナルドには、よく稽古終わって
も自主練に付き合ってもらってたんだ」
村 松「お互い燃えててよ。ウエストサイド
物語のトニーとベルナルドの役やって…」
トニー「トニー浅井と、」
村 松「ベルナルド村松、って呼ばれるよう
になったんだ」
トニー「あいつとは、よく語り合ってたんだ」
11. 【回想】居酒屋・夜
若き日の村松が先に飲んでるカウンタ
ーに、若き日のトニー浅井(以下、浅井)
がやってくる。
浅 井「待たせたな、ベルナルド」
村 松「遅いぞトニー。また痩せたんじゃな
いか?ちゃんと食ってんのか?」
芝居がかった会話をして笑い合う二人。
浅 井「食ってる食ってる。それより、事務
所決まったぞ。マーキュリープロモーショ
ンだ」
村 松「まじか!やったな!マーキュリーっ
て知らないけど」
浅 井「まだ小さいけど、いい事務所だと思
う。お前は?」
村 松「決まった。梶山企画」
浅 井「すげーじゃんか!超大手やん」
村 松「競争激しくて逆にプレッシャーだよ」
浅 井「でもほら、梶山企画なら主演級バン
バンいるし希望あるよ。すげぇなぁ」
村 松「まぁあとは俺たちの腕次第でしょ」
浅 井「そうだな、小さい役からでもコツコ
ツとやってくわ。お前にいっつも自主練付
き合ってもらってたおかげだよ。ありがと
な」
村 松「共演者は最後まで付き合うもんだ。
この貸しは、俺が主演決まったら通行人役
でお前が出るってことでよろしく」
浅 井「ざけんな。ははは。乾杯」
村 松「乾杯(飲み干して)でもいつか、ダブ
ル主演とかなったらすげぇな」
浅 井「夢じゃないぞ、ほんとに」
村 松「俺は売れるけど、そんんときお前が
売れてるかだな」
浅 井「いやいや、逆だろ」
村 松「どうかなーおれの方が芝居うまいか
らなぁ」
浅 井「はいはい。まあ売れなくなったらホ
ストクラブでもやって食ってくよ。おれ顔
だけはいいからなあ」
村 松「ナルシストめ…。おれはとっとと売
れて、自分の劇団と劇場をつくる」
浅 井「いいね。おれもいつか劇場つくりた
いんだよね」
村 松「まあせいぜいがんばれ。先にベルナ
ルド劇場ができちゃうだろうからな、残念」
浅 井「トニー劇場の方が先だろうな。おれ
資金繰りとかそのへん得意だから」
村 松「いや、オレの方が先に売れるから」
浅 井「おれの方がイケメンだから」
村 松「ふん。じゃあ一生を賭けた勝負だな」
浅 井「ああ、勝負だ」
村 松「何年後かなー。20年?30年かな。
どっちか死んでたりして」
浅 井「お前だな」
村 松「なんでだよ!」
笑い合いながら夜はふけていく。暗転。
12. 【回想】その3年後・喫茶店
若き日の村松が、マネージャーと席に
ついている。村松元気ない。
マ ネ「うち入って、どんくらいだっけ」
村 松「来月でまる3年です」
マ ネ「僕がマネージャーになって1年、僕
の手腕のせいかもしれないから申し訳ない
んだけど、見てこれ。君のスケジュール」
村 松「…真っ白です」
マ ネ「どうしようか。このままじゃ来年の
契約危ないよ」
村 松「なんか、ないですか。オーディショ
ンとか」
マ ネ「あるよ」
村 松「まじすか!」
マ ネ「「孔雀の女王」っていうんだけど」
村 松「どんなやつですか?」
マ ネ「いわゆるイケメンミュージカルだね。
主役の孔雀女王役と、お笑い担当のアホウ
ドリ役があるね」
村 松「それ、受けたいです。女王役、とり
にいきます!」
マ ネ「そこなんだよね」
村 松「へ?」
マ ネ「自分をわかってない。いっつも主演
やりたがるけど、まずは売れないとだめな
の。小さい役からがんばって、注目されて、
運が良ければ注目されてCMとかとって、さ
らに運がよければ主演。わかる?」
村 松「はい…」
マ ネ「いきなり主役は無理だよ。村松くん
僕がとってきた小さい役、あるよね。毎回
オンエア見て思ってたよ。もっとできるだ
ろうって。村松くん小さい役だと適当にな
るから」
村 松「そんな、適当になんて…」
マ ネ「熱入ってないもん、芝居に」
村 松「そんなこと…」
マ ネ「まぁいいけど。でもね、切り替えて
みたら?自分を。村松くんは主役っていう
よりは、脇でおもしろいのやってった方が
いい。絶対」
村 松「絶対…」
マ ネ「だから、アホウドリでいこう」
村 松「それ、どっちも受けるってできるん
ですか」
マ ネ「まぁできなくはないけど」
村 松「じゃあ、どっちも受けます!」
マ ネ「二兎追うものはだよ村松くん」
村 松「やるだけやらせてください」
13. 【回想】抽象空間
若き日の村松が、ひとり「孔雀の女王」
のクライマックスを練習している。
村 松「いいえ、終わりなものですか!まだ
終わりではありません!さあ行くのですイ
ザベラ!二度と戻ってはなりません!」
14. 【回想】梶山企画・事務所
マネージャーと村松が話している。
マ ネ「残念だったね、「孔雀の女王」。いい
線いってたみたいだけど」
村 松「いえ、しょうがないっす。それで、
今日は…」
マ ネ「うん。そんなところで本当に申し訳
ないんだけど、来期の契約は更新できない
ということになった」
村 松「え…いま、いい線いってるって…」
マ ネ「村松くん。いい線までは、みんなけ
っこういくんだ。その線を超えるのが大変
なんだ」
村 松「…」
マ ネ「村松くんだけじゃない。このご時世、
うちも厳しいみたいで」
村 松「「孔雀の女王」がいけてたら、違った
んすかね」
マ ネ「そうだね。今となってはだけど。村
松くん、劇団出でしょ?そこからまたコツ
コツととか、ね」
村 松「んなこと言っても…」
マ ネ「気を落とさずに」
村 松「落としますわ…」
マ ネ「またあるかもしれないじゃない、「孔
雀の女王」のオーディションだって」
村 松「ちなみに、女王役誰になったとか知
ってますか」
マ ネ「マーキュリーの浅井くん」
村 松「まじすか…」
15. 【回想】数年後・居酒屋
くたびれた村松が女(20)と飲んでる。
女はべろんべろん。
女 「まじすかー村さん俳優だったの?」
村 松「まぁな」
女 「じゃあなんでいまパチ屋のバイトな
んかしてんすかー」
村 松「厳しいんだよ、芸能界ってのは」
女 「芸能界!ウケる!じゃあ芸能人会っ
たことあるんすか?」
村 松「あるよ」
女 「えー教えてくださいよー」
村 松「やだ」
女 「ウケる。やだ、だって。じゃあ村さ
んが出てたドラマとかあります?私知って
るやつ」
村 松「出てないけど、「孔雀の女王」ってい
うミュージカルのオーディションは、いい
線までいった」
女 「えーすごい。知らないけど」
村 松「知らんのかい。浅井豊が主演だった
やつだよ」
女 「浅井豊!やばいー!会ったことあり
ます?」
村 松「あるよ。むしろここでよく飲んでた」
女 「えーヤバい!いいなー私も会いたい」
村 松「どこがいいんだよ」
女 「えーやばくないですかー月9見てな
かったんですかーほんとやばいですよマジ
抱かれたい」
村 松「アホか」
女 「えーよくないですかー」
村 松「いいのは顔だろ。たいして芝居もう
まくなってないし、うすっぺらい役ばっか
りじゃねぇか。あいつに比べりゃ当時の俺
の方がな…」
女 「ウケる。何ムキになってんすか」
村 松「あいつはな」
女 「うそ!浅井豊だ」
村松と女の後ろに、浅井が立っていた。
なんか芸能人ぽく帽子とグラサンで変
装しているが、オーラがある。浅井は
村松の横に座る。
浅 井「ベルナルド。久しぶりだな。連絡取
れなくてどうしてるかと思ってた」
村 松「…トニー」
女 「ベルナルド…?」
浅 井「ごめん、聞こえちゃってたわ」
村 松「まじか。最悪だな」
浅 井「お前の言う通りかもな」
村 松「んなことねぇよ」
浅 井「だからプロデュースする側を考えて
てさ」
村 松「それはそれは」
浅 井「お前、事務所は」
村 松「やめた」
浅 井「俺、事務所つくるんだ。トニーズエ
ンターテイメント」
村 松「ほー」
浅 井「(名刺を出して)もしよかったら」
村松、受け取らない。浅井、カウンタ
ーに名刺を置いて立ち上がる。
浅 井「おれにできることあったら、力にな
るから」
立ち去ろうとする浅井に、女がからむ。
女 「写真撮ってもらっていいですか!」
浅 井「あ、はい」
女、浅井にくっついて自撮しようとす
るがうまくいかず村松にガラケーを渡
す。
女 「村さん、撮って」
村松、しぶしぶ二人を撮る。
村 松「はいちーず」
村松からガラケーを取ってはしゃぐ女。
女 「やばーい!がんばってください大好
きですー」
浅 井「どうもありがとう。村松、またな」
村 松「…」
浅井、去って行く。女、はしゃいでガ
ラケーの写真を見せてくる。
女 「すごいじゃないですかー浅井豊と全
然友達じゃないですかー見てくださいよ」
村松、スマホをぶんどって床に落とす。
財布から札を出してカウンターにたた
きつけ、店から出て行く。
女 「え、意味わかんない…(札を確認して)
ってか、足りないし」
16. 【回想】直後の路上
村松、酒を片手に泥酔してふらんふら
んになって歩いている。
村 松「じむしょつくったんだ、トニーズエ
ンターテイメント。はぁ?なんだよそれ。
おれにできることあったらちからになるか
ら、はあ?ねぇよバーカ」
浅井からもらった名刺を投げ捨て、
ふらんふらんでそのまま仰向けにぶっ
倒れる。
村 松「終わってんな…俺」
突然酒を捨て立ち上がる村松。「孔雀の女
王」をやりはじめる。
村 松「いいえ、終わりなものですか!まだ
終わりではありません!さあ行くのですイ
ザベラ!二度と戻ってはなりません!」
村松は橋の欄干に立つ。ふらんふらん
で危ない。
村 松「みなのもの!さあ続くのです!自由
という名の大空へ!自分の力で羽ばたいて
行くのです!ついて来なさい!この孔雀の
女王、マゼンタの導きに!」
村松、欄干から飛ぶ。暗転。
回想終わり。
17. 合宿稽古場×廃劇場
現在の合宿稽古場と廃劇場の同時進行
に戻る。村松とイオリは廃劇場で、ト
ニーと歌手子、まりあは合宿稽古場。
映像で言うところのカットバック。
イオリ「飛び込んだの?川に」
村 松「たぶんな。気づいたら、ここにいた」
イオリ「そういうことか…」
村 松「お前あの世の公務員のくせしてそん
なことも調べてなかったのかよ。おれはて
っきり…」
イオリ「知ってたよ」
村 松「はあ?じゃなんで言わせた!」
イオリ「オッサンの口から聞きたかったの」
トニー「あいつに助けられてたのに、おれは
なんにもあいつにしてやれなかった。まり
あ、だから共演者は最後まで付き合うもん
なんだ。藤川に付き合ってやってくれ」
まりあ「トニーさんがそこまで言うならしょ
ーがない。まぁ、私の練習にもなるし、い
っか」
歌手子「ありがとう」
トニー「じゃあ、ラストシーンやるぞ」
18. 廃劇場
あらためて、廃劇場。
イオリ「言ったでしょ。成仏のヒントにな
るかもしれないって」
村 松「だからおれは舞台で拍手を…女王役
は生きてるときも死ぬほど練習したんだ。
本当にたくさん。死ぬほど…」
イオリ「それ、笑えないよ。でもわかった。
どーりで成仏しないわけだ」
村 松「なんだよ」
イオリ「オッサンのほんとの無念は、やっぱ
り舞台に立って拍手あびることじゃない」
村 松「じゃあなんだよ」
イオリ「わかってるでしょ。トニー浅井だよ。
10年も無駄に付き合わされたわー」
村 松「トニーとのことはトニーとのことだ、
別に負けてないし、後悔も…」
イオリ「思いっきりしてる。さーどうしよっ
かなー。歌手子ちゃんにのりうつらせても
らって、トニー浅井と会うのがいいかもね」
村 松「いまさら会ったって何も話すことは
ねぇよ」
イオリ「どうだかね…」
話し声が降りてくる。建築業者と、な
んとトニーである。
村 松「トニー…!」
村松とイオリ、隠れる。
業 者「しかしずいぶんと放置されてますね」
トニー「懐かしいなぁ」
業 者「いいんですか。そんな思い出の劇場を」
トニー「いいんです」
業 者「中に入れるのは今日だけなので、思
い出の品かなんかありましたら、今日持っ
て帰ってください。2週間後には解体に入
りますので」
トニー「思い出ね…」
村松、思わず出て行く。
村 松「トニー!おいトニー!てめぇこの劇
場を…!おれたちの劇場を取り壊すなん
て!ふざけんなよ!おい!」
トニー、壁のチラシに手をやる。
業 者「お!トニー役、浅井豊って、浅井さ
んのことですよね?芸名の由来ですか」
トニー「過去の話です」
トニー、チラシを取るが…捨てる。
トニー「過去は過去。いいんです、行きまし
ょう」
業 者「では、立ち入り禁止テープ貼っちゃ
いますね」
トニー「よろしくお願いします」
村 松「おいトニー!トニー!」
建築業者とトニー、去って行く。
呆然とする村松とイオリ。
村 松「あいつ…」
イオリ「ここ、どうするつもりだろ」
村 松「ホストクラブにでもするんだろ…」
イオリ「あ、昔言ってたやつ?でも別に売れ
てないわけじゃないんでしょトニーさん」
村 松「資金繰り、ってやつだろ。あいつめ
…ここがなくなったら、俺、どうなる?」
イオリ「場所を失った地縛霊は、意識のない
悪霊になって、永遠にここに留まることに
なる」
村 松「どうすりゃいいんだよ…どうすりゃ
取り壊しを止められる」
イオリ「歌手子ちゃんに頼むとか?」
村 松「あいつは本番前だ…余計なこと考え
さすわけにはいかねぇ」
イオリ「じゃあ、成仏するしかないよ。その
ときが来たんだよ」
村 松「成仏ったって…」
イオリ「オッサン。あんたはもう死んでるけ
ど、明日死ぬとしたら、どうしたいのか、
2週間真剣に考えて」
〜第5話へつづく〜