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認知症大好き?!(キナリ杯)
「私、痴呆症(認知症)だーい好き」
これは、私が初めて就職した介護施設の若い同僚の言葉。
介護経験も無ければ資格も知識もない私の反応は
「何言ってんのこのヒト…アタマダイジョブカ?」だった。
私が初めてこの業界に足を踏み入れたのは大学卒業後。ADをやめて東京でプラプラしていた私を田舎の母が呼び戻し、「やること無いならやってみな」と知り合いに話をつけてくれた。
体育会系だった私は、「体力にも腕力にも自信があるし、とりあえずやってみるかな」くらいの気持ちで飛びこんだ。
もちろん経験も無かったし、介護についての知識も皆無だった。今思えば右も左も分からない業界に、よく飛び込んだものだと思う。あれが若さというやつだな。
若さ故の無鉄砲。
介護職は資格が無くても出来る仕事なので、ちょっと他の施設などで研修をして、いきなりスタート。
幸いな事に出来たばかりの老人ホームで、受け入れも最初は6人からだったので、スタッフの方が数が多く、比較的体は動くタイプの入居者ばかりだったので体力的にもキツくなく、和気藹々としていた。
老人ホームに入る人は、色々な事情があって来るわけだが、中には何度も自宅から居なくなり、最終的には高速道路の路上をスタスタとあるいている所を保護されたツワモノもいた。
施設には、認知症の人達の専門棟があり、シフトで専門棟担当になると、1日中ほぼその中で過ごす事になる。排泄介助や食事介助などの他に一人で10人前後の方とレクレーションをしたりする。
レクと言っても、認知症の程度によって出来る事も理解力もバラバラである。
なので、みんなで一緒にできる事と言えば、歌を歌ったり簡単な手遊びくらい。
しかしそのレクの間にも、帰宅願望のある人は出口を探して歩き回り、話をしたい人はこちらの進行などお構い無しに大声で(耳が遠いとデカイ声になる)隣の人と辻褄の合わない会話をしたりと、とてもフリーダムな感じだった。
私は、仕事の合間にするこの「辻褄の合わない会話」が大好きだった。(お年寄りと一緒にする会話なのだからそれも仕事ではあるのだが)
例えば
Aさん「うちのお父さん(この場合はご主人のこと)がね、帰ってくるからご飯の用意をしないといけないんですよ」
Bさん「そうですか、今頃は畑の草が伸びるからねー、草とりが大変だわー(真冬である)」
Aさん「ほんとにねー、うちのお父さん(この場合は父親)小さい時から厳しくて、こんな事してたらおこられちゃう(あなたのお父上がまだ生きているとしたら軽く110才は超えてますよ)」
Bさん「私も持病の腰痛が(その腰痛は持病じゃありませんよ、数日前にベッドから落ちた打撲ですが覚えてません?)ひどいからお医者に行きたいのよー」
Aさん、Bさん「そうなのねー、大変よねー(と、ここで何故か会話が無理やりまとまる)」
…といった感じにかみ合わない(いや、かみ合ってるのか?)会話でも、本人達は楽しそう。そして意外とコミュ力高い!
なので、私もそこに加わり
「AさんとBさんて仲良しですね、私独身なので、誰か良さそうな男性紹介してくれません?」なんて乱入してみたりする。
そしてまた二人からとんちんかんな答えが帰ってくるのを楽しむ。
そんな感じでも、何故かみんな楽しそうに笑ってる。
私もつられてニコニコ顔になる。
そうすると、
「あんた良いかお(表情)してるねー」なんて褒めてもらえたりする。
「ありがとう、Aさん達ほど美人じゃないけどねー」と返事をしてみる。(ほんとはしわくちゃだけど)みんな良い笑顔で楽しそう。
二人とも褒められて、まんざらでもない顔をしている。
こんな何気ない会話がとても好きだった。
彼女達は認知症の為に、色々出来ない事やわからない事が増え、今やできる事のほうが少なかったりする。
でも、その分と言えるかは分からないが、人の表情や態度から感じ取る能力は研ぎ澄まされているように思える事が度々あった。
中でも驚いたのは、私が辛い事があった翌日、専門棟でいつも通りニコニコ話していたらある女性が、突然両手で私の頬をはさんでスリスリし
「あんたどうしたの?泣きそうな顔してるよ」と言われて、凄くびっくりした事。
私は普通にニコニコいつもの様に話していたのにだ。
きっと、何か感じ取るものがあったのだと思う。思わず本当に泣きそうになった。
そんな日々を過ごすうちに、私はある事に気付いた。
皆さんのお世話をしているつもりが、実は自分が支えられて助けられていたと言う事を。
自己肯定感のとても低かった私が、私であって良いんだと思わせてくれ、必要とされている事で私はとても救われていたから。
そりゃあ仕事であるからには、辛いことやキツイ事も沢山あった。
でも、かみ合わない(ようでかみ合っている)会話をしてみんなでゲラゲラ笑っていると、そんな事全部吹き飛んでしまう。
いつの間にか、
私も「認知症だーい好き」になっていた。
※会話部分の内容はフィクションです。どんな内容の会話をしたかはいちいち覚えてないので、こんなようなやり取りがあったかなーと考えながら書きました。でも、心の中でツッコミを入れながら聞いてたのはだいたいそんな感じです。