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『映画学』、改訂

19世紀末、フランスで誕生した映画は、当初固定したカメラでただ撮影したものを上映しただけだったけれど、同じような見せ物的発想で、すぐにもSF的映画が作られた。

ジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」だ。  フランスにはジュール・ベルヌというたいした作家がいた。

それから、イタリアでズーミングの撮影技法が誕生する。
なぜイタリアだったかといえば。   古代遺跡と町並み、それに煌めく太陽があったから。。!

アップから、まだそれ程発達していなかったカメラで遠ざかっていっても、イタリアの明るさはそれを可能にした。(えっと、レンズの確かヒシャカイ深度のせい、だっけ?)たとえばローマの町並みをみればそれを撮影したくなるのは当然、(のはず?私は行ってみたことないけど!) で、アップから全体像を連続して撮ろうとしたら、当然移動撮影になる。(たぶん広角レンズで。広角の方のが焦点の合う範囲は広いから。)

………というようなことを、昔通った学校で教わった。(何しろずいぶんと昔のことだ)

多摩美術大学によって設立された専門学校の映画科(今はもうない)。そこに、映画学の授業があった。 先生は浅沼圭司さん。 

東大で美学を専攻された浅沼先生は、美学や芸術学の範疇で映画を考えるのではなくて、独立した映画を考える学問があってしかるべきと著作し、映画学とはどのようなものになるべきかを考察した。

今でもその本が手に入るかは大いに疑問だが。

『映画学』・紀伊国屋新書1965年1月31日初版。

 浅沼先生は、これの前に美術出版社から『映画美学入門』なる本をだしていた。

で、『映画学』。

浅沼先生は、序論で映画学という学問の必要性について触れた後、映画の歴史から論を起こしていく。

映画の誕生は、19世紀末、パリでリュミエール兄弟が行なった上映会のことを指すのが定説となっているといっていいが、そうなるためにはと考える。いわば映画前史。

機械的なカメラ技術、化学的な写真技法、そして残像現象――つまり人間の生理的機能、それらの発達及び研究が土台にあってこその、映画の誕生だった。

ついで、「映像とは」 と考え、さらに映画をみるという受容体験について、記号学や現象学的見地から考える。

さすが、東大!って感じ?(なにが?だけど)確か成城大学の助教授でもあった(当時は)はずだし、さもありなん。

現在、映画学は?と思って検索してみると。←と、書いたのは、もう数年前のことだけど。

早稲田大学や筑波大学などで講義があるようで、映画学という学問がちゃんと確立されている、ようだ。(確か東京大学にもあったかと?)
あ。多摩美術大学にはある、はず。それから映画大学があった。日大芸術学部は?

いや、映画製作の勉強と学問としての映画学の勉強とは違っているけど。映画学会というのもできている。

同じ数年前、グーグルで検索してみたところ、けっこうなヒット数で、 とても全部チェックなんてしてられないから、二ページだけですませちゃった。

で、二ページめの「ビギナーのための映画専門用語解説」が、それなりにいいかなと思って覗いてみると、笑えた。

HP作者は、西周成。
早稲田大学大学院で映画学を専攻、その後ロシアに留学している。

それによると。

『映画学』
映画理論と映画史を二大支柱とする独立した学問領域。この二つのうち、日本では前者の存在が確認されていない。(とある。?ほんとか??)

『映画評論家』
公開されている新旧の映画作品を中心に、思い思いの感想を書くことで生計をたてている文筆家。映画作家にインタビューしたり映画祭を企画したりと、映画文化の創出に貢献する人も、たまにはいる。(たまには、とある!)



『映画研究家』
映画学を専門としている、それに関わることにある種の使命感をもっている、あるいはそのふりをしている、ごく少数の知識人。

映画批評家(映画評論家ではなく。こう書かれてあった。?)ほど、世間でのうけはよくない。ブルジョアの子息でないかぎり、貧困に喘ぐ人がほとんどである。   ←―だそうだ。(^O^) これが一番笑えた







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