スポーツ自転車は面倒くさいぞ!

 一説によると新型コロナ流行の影響らしいのだが、巷ではロードバイクやクロスバイクなど、スポーツ自転車に乗る人が増えているらしい。かく言う僕も、今年は10年ぶりぐらいにスポーツ自転車を購入した。しかも、2台も買ってしまった。いやいや、家族の分を合わせると、なんと、3台も買ってしまったのだ。

 結局この夏から秋にかけて、自転車本体とその付属品だけで50万円ぐらい使ったのではないだろうか。世間のスポーツ自転車ブームの実体は良く知らないが、少なくとも我が家はスポーツ自転車ブームが起きている。

 そんなわけでスポーツ自転車に久しぶりに乗るようになって思い出したのだが、スポーツ自転車というのはなかなか面倒くさい乗り物だった。いや、これはスポーツ自転車に対して不当な言い方かもしれない。スポーツ自転車が面倒くさく感じるのは、日本人の多くが日常使いしているママチャリ(軽快車/シティサイクル)が便利すぎるからなのだ。

 日常の足としてママチャリを使っている人が、スポーツ自転車ブームに煽られてクロスバイクやロードバイクを買ってしまうと、おそらく数週間か数ヶ月で投げ出したくなるだろう。ママチャリに比べると、スポーツ自転車はひどく面倒くさいからだ。

 スポーツ自転車の楽しさを教えてくれる情報は山ほどある。しかしスポーツ自転車の面倒くささを教えてくれる情報はなかなかないと思う。僕も日常ではママチャリに乗ることが多いので、今後スポーツ自転車を初めて買うかもしれない人のために、スポーツ自転車の面倒くさいポイントを5つほどご紹介しておこうと思う。

■ その1:ライトもベルもペダルも別売品

 スポーツ自転車というのは買ったときには何も付いていない。「何も」と言っても、タイヤやハンドルやサドルはさすがに付いている。ブレーキも付いている。しかし自転車に必ず付けなければならないと法律で決まっている、前照灯、後部の反射板、警報器(ベル)などは、自転車購入後に自分で用意して取り付けなければならない。

 それどころか、スポーツ自転車は買ったときにペダルすら付いていないことが多いのだ。自転車屋で好みのスポーツ自転車が見つかり、点検整備して店頭で引き渡されても、ペダルがなくては自転車をこいで帰ってくることもできない。さらに言えば、スタンドも付いていなかったりする。

 スポーツ自転車には、自分であれこれ好みのパーツを取り付けられるという楽しみもある。だがママチャリのようにすべてのパーツが取り付けられている状態に比べれば、スポーツ自転車は最初からハードルが高い乗り物だ。

■ その2:手持ちの空気入れは使えない

 クロスバイクやロードバイクなどのスポーツ自転車には、たいてい700cというサイズのタイヤが付いている。このタイヤに空気を入れるのに、普通の空気入れは使えない。スポーツ自転車のタイヤチューブには仏式バルブ(フレンチバルブ)という口金が付いていて、これはママチャリなど一般の自転車に使われてい英式バルブとは規格が異なるからだ。

 英式バルブの空気入れなら、自転車に乗る人ならひとつは持っていると思う。自宅玄関の傘立ての脇に立てかけてあったり、物置のすみに押し込んであったりする。マンションの駐輪場の隅っこに転がっていたり、自転車屋の店頭に「ご自由に使って下さい」と置いてあるのも、すべて英式バルブの空気入れだ。しかしスポーツ自転車で、これらの空気入れは使えない。

 スポーツ自転車に乗るためには、専用の空気入れを1本購入しなければならない。これはスーパーやホームセンターには売っていない。スポーツ自転車を扱う自転車店や、通販で入手するのだ。(とは言え、それほど高価な物ではない。2千円〜3千円程度のもので十分だ。)

■ その3:外出時には常にヘルメットとカギを持ち歩く

 ママチャリの多くは後輪部分に馬蹄型のカギが付いていて、持ち歩くのはそれを解錠するための小さなカギだけだ。しかしスポーツ自転車にはカギが付いていないし、後付けで馬蹄型のカギを付けることもできない。チェーンロックやU字ロックなど、自前のカギを常に持ち歩かなければならないのだ。

 盗難やイタズラを防ぐために、スポーツ自転車利用者の中には、同時に複数のカギを利用する人も多い。当然その分だけ、持ち歩く荷物は増える。

 安全のためにはヘルメットも必需品だ。自転車に乗っている時はさほどでもないが、自転車から降りるとこれが荷物になる。(僕は自転車で外出したときは、コンビニ程度ならヘルメットをかぶりっぱなしにしている。)

 外出先で買い物やトイレなどのため自転車から離れる際は、自転車に手持ちのカギをかけ、ライトやセーフティライトなどの付属品は取り外して持ち歩くのが原則だ。ママチャリのライトを盗む人はいないが、スポーツ自転車のライトは頻繁に盗まれる。どれも後付けのパーツなので、外して持ち去るのが容易だからだ。

 ママチャリを使った外出なら、自転車のカギ以外を持つだけで、あとは手ぶらで出かけられる。だがスポーツ自転車に乗るときは、あれやこれやと荷物が増えるのだ。

■ その4:スポーツ自転車は室内保管が原則

 日常使いのママチャリなら、自宅ガレージの隅や玄関前の軒下、マンションの駐輪場などに保管してもいい。あまり感心しないが、マンションの共用廊下に自転車を置いている人も多い。だがスポーツ自転車に、こうした屋外保管は厳禁だ。原則として屋内での保管になる。

 スポーツ自転車を屋内保管する理由の第一は、盗難の防止だ。スポーツ自転車は車体が軽いので、カギをかけていてもそのまま持ち去られてしまうことがある。10万円程度のエントリーロードや、5〜6万円程度の普及価格帯のクロスバイクでも、車体の重さは10キロぐらいしかない。これは車重が20キロぐらいあるママチャリより、容易に持ち去ることができる。自転車専門の窃盗団も存在するらしく、彼らは専用の工具を使って自転車を固定しているワイヤーやチェーンロックを切断するという。こうした被害に遭わないためには、自転車を屋内に保管するのが一番なのだ。

 屋外保管で風雨にさらされることは、自転車の保管環境としても良くない。風雨にさらされれば、自転車は汚れるし、さらに放置すればあっという間にチェーンなどから錆びてしまう。チェーンが錆びだらけになったスポーツ自転車では、整備しているママチャリよりも走行性能が劣るだろう。

 我が家でスポーツ自転車をいきなり3台も購入したとき、一番問題になったのは自転車保管場所の確保だった。結局あれこれ工夫して室内に置いているが、自転車は屋内に置くと結構かさばって場所を取るものだ。スポーツ自転車を購入する場合は、事前にどこに保管するかを考えておいた方がいいと思う。

■ その5:通勤・通学や買い物には不便

 現在ママチャリを通勤や通学、買い物などの日常の足として使っているなら、スポーツ自転車を購入しても以前の自転車を処分しない方がいい。スポーツ自転車は「日常の足」として使うには不便だからだ。

 例えば女性の場合、スポーツ自転車にスカートで乗ることはできない。ロードバイクやクロスバイクなどはフレームのトップチューブ(ハンドルの基部からサドルの下までつながるパイプ)の位置が高いので、女性がスカートのまま乗ればめくれ上がってしまう。

 ズボンなら平気かと言えばさに非ず。チェーンカバーがないスポーツ自転車の場合、ズボンの裾がチェーンに触れて汚れたり、チェーンに巻き込まれて傷ついたりするから注意が必要だ。日常の服装でスポーツ自転車に乗る場合は、ズボンの裾をバンドやクリップのようなものでピッタリ固定したり、ひざの近くまで裾を巻き上げておくなどの工夫が必要になる。

 他にも、スポーツ自転車には前カゴがない。オプションで付けることはできるが、かなり不格好なものになり、無駄を削ぎ落としたスポーツ自転車の軽快さは失われてしまう。そのため買い物には不便だ。

 また、泥よけも付いていない。雨の日や雨上がりの道では、泥はねで車体や服がかなり汚れる。オプションの泥よけが付けられるが、やはり軽快さは失われてしまう。

■ 近距離だとスポーツ自転車はさほど速くない

 スポーツ自転車はママチャリよりもずっとスピードが出る。ある場所から別の場所に移動する際、ママチャリとスポーツ自転車を比較すれば、当然スポーツ自転車の方がずっと速い。しかしこれは、10キロとか15キロの距離を走った場合のことだ。「さあ出かけるぞ」と行動を開始してから目的地に着くまでの時間を考えると、3キロや5キロ程度の近距離の場合、残念ながらスポーツ自転車はそれほど速くないと思う。

 自分自身の経験則で言うと、ママチャリの移動平均速度は時速12キロ程度だ。移動平均速度というのは、信号待ちや一時停止、徐行走行などを含めて、全体としてどのくらいの移動速度になるかという意味だ。ママチャリは1時間で12キロ進む。30分で6キロ、15分で3キロ、5分で1キロという計算だ。5キロの移動なら、25分かかることになる。

 これに対して、スポーツ自転車は移動平均速度が時速15キロぐらいになる。1時間で15キロ進むのだから、5キロ進むには20分だ。ママチャリより5分早く目的地に着くのだから、スポーツ自転車の方が早い。

 だがこれは、ママチャリとスポーツ自転車が「ヨーイドン」で一緒に走り出したときの話だ。実際には、スポーツ自転車での移動はこれよりずっと時間がかかる。

 まず保管場所である室内から、自転車を外に出さなければならない。広い場所に出した上で、自転車のタイヤに空気を入れる。ママチャリなら月に1度も空気を入れ直せば十分だが、高圧の空気をタイヤにパンパンに入れておく必要があるスポーツ自転車は、週に1度は空気を入れ直す必要がある。空気を入れ終えたら、カギを持って、ヘルメットをかぶって、そこでようやくスポーツ自転車は道を走り始める。その間に、ママチャリはもうだいぶ先を走っているだろう。

 もうひとつ、短距離移動でスポーツバイクが速く走れない事情がある。スポーツ自転車というのは、走り出してから5キロほど過ぎたところから、ようやく本来のスピードが出てくる乗り物なのだ。

 これは自転車の性能の問題ではなく、自転車に乗る人間の問題だ。自転車に乗って最初の数キロはウォーミングアップ。僕の場合は、走りはじめて最初の5キロまではおよそ時速20キロ台前半の速度。しかしその後は自転車をこぐことに体が馴染んできて、ずっと楽に時速30キロぐらいの速度が出せるようになる。スポーツ自転車が楽しくなるのは、じつはここからだ。走行距離が5キロ以上を超えて、自然とスピードが上がって、自転車をこぐのが楽になる、楽しくなる。

 スポーツ自転車を買っても5キロ程度の距離しか乗らないという人は、スポーツ自転車のわずらわしさばかりが多くて、スポーツ自転車の本当の楽しさを味わえない。通勤・通学・買い物などで1日の走行距離が10キロに満たないなら、スポーツ自転車よりママチャリの方がずっと快適な乗り物だと思う。

■ スポーツ自転車はママチャリとは別の乗り物

 ママチャリは、日常利用のために日本で独自に進化した自転車だ。通勤や通学、買い物などで、利便性においてこれに勝る自転車まずない。「スポーツ自転車は面倒くさい!」というのは、すべてママチャリと比較した場合の話なのだ。これは「ママチャリがとにかく楽ちんすぎる!」という事実の裏返しでもある。ママチャリと比べてスポーツ自転車は面倒くさい乗り物だが、「スポーツ自転車はこういうものだ」と割り切ってしまえば、そこには別の楽しみがある。

 スポーツ自転車はママチャリの代わりにはならない。500メートル先のコンビニまで飲み物や弁当を買いに行くのに、スポーツ自転車を持ち出すのは手間ばかりかかってしまう。それは、ママチャリでいいのだ。僕自身は10キロ以内の移動なら、駐輪の手間や盗難の心配を考えて、スポーツ自転車よりママチャリを使うような気がしている。

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