半年無職になってみてどうだったか記録
滅茶苦茶簡潔に言うと専門を卒業して就職した会社がヤバすぎて、辞めた結果というお話。
どんな風にヤバかったのかは簡潔にすると
・それぞれの支店を統括する専務からのセクハラ
・直の上司からの罵倒(業務内・業務と全然関係ない事・家族の事に関しても)
・絶対に出ない残業代
・毎日全員が「辞めたい」と呟く
・専務から私の給料や交通費に関して全てバラされて、毎日3回くらい交通費貰ってない上司から責められる
・お店に勤めてる全員に倫理観がない、個人情報で遊んでる
・他の支店への従業員への扱い(ド偉く酷い)が笑い話になっている
・それにしても皆辞めていく(近くの支店へ行った専門の同級生が辞め、更に他の支店の人が二人辞め、その補充に入った人が辞め、その他色々辞めて中小企業なのに私がいる時に6人辞めた)
・ハロワの求人票に嘘書いてある(どんな嘘か言えないくらいマズい)
・これで給料がもうちょっと高かったら我慢したけど、ボーナスも全然ないし手取りが非正規とどっこいどっこい。でも拘束時間は長い。そして昇給はない。
簡潔にしても文句がこれくらい出て来る。
私のADHDグレーな性質も相まって、働いている時はかなり苦しかった。Noteにも「わし仕事できないねん……」という苦しさを文章化したものをのっけたが、正直あれは上記の外的要因を省いて私が原因で働きづらい所を述べただけである。
あれから自分で反省して、問題点を纏め、どうやったら迷惑をかけずに仕事ができるのか?というのを突き詰めて上司に自主的に質問したり自分で勉強したりしたが、特に何も変わらなかった。
あの針の筵の様な職場を今でも夢に見るし、何かするとあの時の精神状態が蘇って来て手が震えて動機が止まらなくなったりする。
辞める時もかなり揉めている。専務に「納得できる理由じゃないと辞めさせられないから」と言われパワハラの事は無かった事にされた。なら支店を移動したいという話も却下され、結局家庭の事情をブチギレそうになりながら捻り出し、退職届を叩きつけた。
退職希望日より早く退職する事になり、そこにいる間に転職活動する余裕はなかった。
その後わかった事だが私のポジションは一年ごとに人が入っては辞めて行っていた。皆同じ感じで辞めて行ってしまうとか言われ、「学べよ」と中指立ててやりたい衝動にかられた。
そんなこんなで退職した私は、自分に四か月の何もしない期間を与える事にした。
よくわからないがPTSD?うつ?みたいな症状が出ており、拒食や嘔吐や栄養失調、手の震えや不眠などのがあったので家族にも(私は実家暮らし)了承をとった。前職場のヤバさは家族にも影響していたので結構簡単に「OK!」と丸印を出された。
ちなみに四か月の期間中もしやりたいバイト(単発・短期)等があったら自分で決めてやってみるというのも約束し、実際試験監督などやっている。
食費と光熱費以外、保険料や年金や携帯の通信費は前職で貯めた貯金で払っていた。
だが今年はこれがまずかった。コロナ大流行と被ってしまったのである。予定の4か月を過ぎて転職活動をした所「あらお仕事ないわぁ」状態だった。
正直私は前職と同じ職種(一応専門職だった)は、業界全体で給料が低過ぎる上にブランクがあるとかなり面倒だったので再び戻るつもりはなかった。どれぐらい低いかっていうと手取りで一人暮らしがギリできないぐらい。
そして前職で発覚したADHDグレーな所を考えると事務系統はかなりの努力が必要になる。あと書き忘れたが私はAPD(聴覚情報処理障害)があって電話の声とかがめっっっちゃ聞こえにくいのでコールセンターなども苦しい。
だが働かないわけにもいかないので長期の派遣を始めたが、研修が始まってから「派遣会社から受けた条件と説明と全然違うが……?」となった。今思えば契約書を交わすとき読ませてくれなかったりで怪しかったのだが、初めて派遣を始めた私は全く気付かなかった。派遣会社へ問い合わせた結果トラブルとなって研修期間で退職する事になってしまった。
退職するのを手伝ってくれた友人からは「運がなさすぎる」と呆れられた。
「甘えてる」とか「我慢が足りない」とか言われてもまぁ仕方ないかなという生き方になってきている。
最も苦しいのは家族・親類からの不安だ。
最初は「お前の人生だから」というスタンスだった父は「正社員に就け」「非正規では意味がない」とプレッシャーをかけてくるようになった。父の姉である叔母も「まだ仕事決まらないの?」と頻繁に聞いてくる上に、私のインスタをわざわざフォローして色んな投稿に「いいね」をつけてきて本当に怖い。
叔母はともかく親のコネ入社で今の会社に入社し、連続で休んだり我儘言っても「まぁ社長の親戚だから」という理由で許された父にあれこれ言われる筋合いはないのであまり気にしないようにはしている。ちなみに父は実家が裕福だったのでバイトとかはした事がないらしい。クソが。
反面母は「私今まで非正規の仕事で生きてきました!」って人だ。土地柄働ける場所が少ない事にも理解がある。デザインの専門学校を卒業したが、デザインの才能が全くなかった(本人談)ので、卒業後就職した会社が続かず、不況のあおりもあって正社員→バイト→バイト→派遣→正社員→バイト→パートと転々としてきている。今回仕事の相談をしたところ「お母さんスナックでバイトした事あるよ」と初耳の情報ももたらされた。
正直一人暮らしでなければ、親か親類に誰か理解者がいるとかなり無職がしやすい。ただし「転職活動はしてるよ!」というのを時たまアピールするのを欠かさない方がいい。理解者がいなくなってしまうので。
私は一応来月から非正規雇用が決まっている。勿論正規雇用の口も探し続ける。最初から休むと決めていた四か月は気が楽だったがそこから先はかなり胃に来た。ツイッターを遡ると「多重人格かな?」というくらい文面がブレブレである。
もうすぐ21歳。先の人生が全然見えなくて胃に負荷がかかる、そんな記録である。
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