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映画祭ルポ 石川県金沢市でカナザワ映画祭2023が開催、国内外から選りすぐりの有望な作品が集結。さらに、昨年「期待の新人監督賞」を受賞した川上さわ監督の最新作『地獄のSE』が金沢竪町商店街・タテマチ屋上映画祭でワールドプレミア。映画の熱気が包む秋となった

タイトル写真:授賞式後の集合写真

 9月8日~10日の間、石川県金沢市にある金沢21世紀美術館のシアター21で、カナザワ映画祭2023が開催された。本映画祭は「一般社団法人 映画の会」(代表理事・小野寺生哉)が主催している、2007年に始まった映画祭(当時の「任意団体 かなざわ映画の会」より改編して、いまに至る)。代表を務める小野寺の選択眼と手腕には目を見張るものがあり、”史上最も怖い映画”として伝説になっている『シェラ・デ・コブレの幽霊』の野外上映を実現させ、俳優クリスピン・グローヴァーが監督した『It』シリーズを、本人立会いの下でしか上映できないため、グローヴァー本人を招いての日本初上映を成し遂げた。ギミック上映をテーマにした年では、かつて映画興行を盛り上げた仕掛け付き上映を再現。ギミック映画の帝王ウィリアム・キャッスルの『ティングラー』上映時には、作中に登場する虫の怪物(=ティングラー)を客席に這わせ、『ファンタズム』の日本公開時のギミック上映”ビジュラマ方式”を数十年ぶりに復活させるなど、映画作品だけに留まらない、その場でのみ味わえる映画体験を観客に提供してきた。近年は新人監督の発掘に力を入れており、公募により集まったインディーズ映画を上映する「期待の新人監督」が恒例企画。今年は応募作品153本の中から10本が上映作品として選ばれた。さらに初の試みとして、外国からの応募も受け付ける新しい枠「Choice of Kanazawa」を設け、外国作品13本も上映する、いつにも増してバラエティに富んだプログラムとなった。

会場の様子。金沢21世紀美術館の地下にある、シアター21がお馴染みの上映場所だ
朝からぎっしりと詰まった上映スケジュール

 また、カナザワ映画祭との共催で、タテマチ屋上映画祭も9月8日と9日に開催された。これは、金沢竪町商店街による地域イベントで、タテマチストリート内にある立体駐車場のタテマチパーキング屋上に野外スクリーンが設置され、白山連峰と金沢市の街並みが見渡せるロケーションの中、秋の夜風を感じながら映画を鑑賞できる贅沢な催し。今年は5周年を記念して、大盤振る舞いの無料上映を敢行。
 9月8日に上映されたのは、この日がワールドプレミアとなった『地獄のSE』。カナザワ映画祭2022「期待の新人監督」において、監督作『散文、またはルール』がグランプリを受賞した、川上さわ監督の最新作だ。「期待の新人監督スカラシップ」として、金沢竪町商店街振興組合による支援金で作られた。脚本が今年の1月に完成し、4月から7月にかけて撮影、8月に編集を行い、9月の上映にこぎつけたという、完成したばかりの新鮮な作品。映画の内容は、男子中学生の天野モモと、その親友の吉行を中心に繰り広げられる学園ストーリー。恋と友情、大人への成長、血と性への興味と恐れなど、いつの時代も10代が抱える普遍的な要素を散りばめつつ、全カットが変化球と形容できるほどの予測のつかない演出の数々で観る者を驚愕させる。上映前には、川上さわ監督と、主人公の天野役・綴由良、吉行役・わたしのような天気、保健室の先生役・橋村いつかが登壇し、撮影の思い出を語り合った。

上映前舞台挨拶の様子。(左から)川上さわ監督、綴由良、わたしのような天気、橋村いつか

 小野寺は本作について、「企画書の段階からすごい」とコメント。「期待の新人監督スカラシップ」は今回で4回目となるが、これまでは企画や現場に注文を入れることが多かったものの、「4回目はあまりにも理解できなさすぎて、一言も言わず、完全に野放しでした」と明かす。洋の東西を問わず、あらゆるカルト映画を上映してきた小野寺も動揺する内容だったことがうかがえた。その企画の発端はいかなるものだったのか。川上が口を開く。「元々、わたしが友達の女の子と二人でやってたコントがあって。ひとりが男子中学生役で、もうひとりのわたしが女子中学生役。そのコントシリーズの中で演じたキャラクターを役から離し、どんどん飛ばしていく遊びをして、その先に『地獄のSE』の主人公の天野がいて。その天野がどういうことをしてきた人なのかなって考えたら、話が生まれました」と説明するも、小野寺をはじめ集まった観客の誰もが理解に苦しんでいたようだった。
 いまだかつてない映画となった本作だが、その撮影現場は非常に穏やかなものだったそう。綴は「さわさんの人柄そのものの優しい現場でした」と、当時を思い返す。わたしのような天気は川上の配慮に感激したという。「内容も内容なので、”もし、撮影中にイヤですとなったら、やめる権利があります”みたいな契約書を最初に読まされて。”いつでもやめていいからね”っていうことを何度も言われました。シーンによっては、女性スタッフだけになったりとか、めちゃめちゃちゃんとしてて。尊敬に値する監督です」と、この場でもあらためて感謝を伝えた。橋村も同調し、「ここまで雰囲気がいい現場は珍しいなと。緊張感はあるんだけど、ピリッと誰かが不快な思いをしていない現場は初めてです」と述懐。いかに川上組の現場が気遣いによって成り立っていたかが、キャストの面々の口から、監督への感謝の言葉と共に説明された。
 川上は「ちょっと笑えるシーンもある映画なので、笑っていただいて。衝撃的なシーンもあるから、そのときは目を隠していただいて。どうなのっていうところがあったら、どうなのって言ってくれて大丈夫です」と観客には自由に受け取ってほしいことを伝えた。続けて、「この映画はVX-1000という古いカメラで撮ってて、画質が粗いのは仕様なんです」と釈明するようにコメント。90年代の自主映画で多く使われたVX-1000による画質はいま観ると粗い。だが、その映像ノイズがノスタルジーを感じさせ、ゼロ年代生まれの新しい作り手たちの持つクリアな感性との化学反応によって弾けた映像も奇妙な体験を与えてくれる。また、タイトルにある”SE”とはどういう意味なのかを問われた川上は、作品のネタバレに抵触するものではないとした上で、「サウンドエフェクトです!」と軽やかに答えた。このあと、”地獄のサウンドエフェクト”を味わわされるとあって、客席には一瞬の戦慄が走ったように感じられた。
 最後に、観客へメッセージが伝えられる。綴は「撮影してる間、天野と自分の境目がわからなくなる不思議な感覚になったので、そういう気分で映ってます。思い出深いシーンばかり。皆さんにとっても、観てよかったなと思える作品になったらうれしいです」と心情を吐露。わたしのような天気は「自分はずっと、芸術の定義ってなんだろうと、二、三年くらい考えてたんですけど。最近、聞いた言葉で”観た人の中で何かしら傷を残すものが芸術だ”みたいなことを言ってる人がいて、自分の中でしっくりきたんです。それは別にネガティブな意味じゃなく、何かが残ってしまうという意味での傷だと思っています。『地獄のSE』は絶対に何かしらが残ってしまうものだと思っていて。観てすぐにわかるものでもない気がしてるんです。それを持ち帰って、家でヨシヨシしながら考えてほしいっていうような映画だと思ってます」と語った。橋村は「誰かの狂いとか、傷みたいなものに寄り添う作品だと心から信じております」と、スタッフ・キャストの皆が作品に込めた思いを代弁するように述べた。
 キャストも完成作品を観るのは今日が初めてだという。舞台挨拶が終わり、作り手と観客がスクリーンを見つめる中、ワールドプレミアが始まった。そして、暑さが幾分和らいだ9月の金沢の夜、地獄の青春物語の野外上映は、集まった観客からの拍手と共に幕を下ろした。翌日、9月9日の夜には、ジョン・ファブロー監督の大ヒット作『シェフ 三ツ星フードトラックはじめました』が上映され、こちらも盛況だった。商店街を盛り上げるタテマチ屋上映画祭の5周年は、こうして無事に成功を収めた。

これから最新作を届ける喜びで笑顔があふれる、川上さわ監督

 タテマチ屋上映画祭と共に、カナザワ映画祭も映画ファンの熱気に包まれる実りある催しとなった。海外勢では、80作品の応募の中から選ばれた13作品が上映された。カンザス州を舞台に、心優しきスクールカウンセラーの男が体験する血と暴力にまみれた悪夢の一夜を描くアメリカ映画『キック・ミー 怒りのカンザス』(ゲイリー・ハギンズ監督)や、明日をも知れぬ若者たちが犯罪の世界から抜け出そうと苦闘する、カザフスタン映画『ザ・ボーイズ』(アブデル・フィフティバエフ監督)、遺体修復に従事する独特の死生観を持つ葬儀屋デール・カーターに密着した、アメリカのドキュメンタリー『蝉時雨』(アーロン・ワイス、ロバート・ワイス共同監督)などの多彩なラインナップがそろった。一部の作品では、上映後に監督と観客とのオンラインQ&Aも実施。異形の者たちが跋扈する幻想的な島をさまよう美大生の冒険譚『コール・オブ・ジ・アンシーン』(ヘンリック・プレルド監督)は宮崎駿アニメを敬愛するスウェーデン監督により手がけられた壮大なファンタジーで、Q&Aでも監督の特撮やアニメに対する思い入れが愛情たっぷりに語られた。
 上映作の中でおそらく最も観客を困惑させたのは、インド=フランス合作映画『アデュー、ゴダール』(アマルティア・バッタチャリヤ監督)に違いない。インドのとある村に暮らす、アダルトDVDの視聴が生きがいの老人が、偶然に観たゴダール映画に衝撃を受け、村でゴダール映画祭を開催しようとする、という物語。一見コメディのようでいて、しかし多層的な厚みを持つこの映画は、観客をひたすら煙に巻いていき、本作自体がゴダール映画に近づいていく怪作だった。観客はさぞや監督に多くの質問をぶつけたくなったことだろう。だが、上映後に予定されていたオンラインQ&Aにて監督とつながらず、まさかの中止。予期せぬ事態も含めて、最後まで観客は映画にもてあそばれてしまった。オランダ映画『アーリマン:デス・ビフォア・ダイング』(マニ・ニックプール監督)は、ゾロアスター教の世界観をベースに、輪廻転生を繰り返す主人公の魂の彷徨を描いたSFファンタジー。イラン出身のニックプール監督が金沢まで来訪し、上映後の会場に登壇。観客との生の質疑応答に満足したようだった。

Q&Aで観客からの質問に対し、真摯に答えるマニ・ニックプール監督(右はカナザワ映画祭の主催者・小野寺生哉)

 国内勢も負けてはいない。映画学校で学んだ者や、独学で映画づくりを体得した者、それぞれに自らのスタイルで勝負した9人の監督による10作品がそろった。各作品を紹介していきたい。
『USE BY YOUTH』(高木万瑠監督)は、ジャンケンと拳がすべてを決める町という突飛な設定ながら、そこで描かれるのは、少年少女たちが暴力や恋を通して成長していく王道な青春譚だ。高木監督は普段、ミュージックビデオを制作しているというが、細かいカット割りが目を引きつつも、決して奇をてらった映像テクニックに頼ることなく、あくまでストーリーを推進させるためのテンポのいい編集や音楽など、全編に渡って”映画を作っている”という姿勢に貫かれていた。上映後トークで触れた撮影裏話では、怒声が飛び交う殴り合いのシーンで、通報を受けた警察がやってくるハプニングがあったことが明かされる。ただ、事情を説明したところ、笑顔で帰ってくれたという、自主映画ならではの微笑ましいエピソードだった。

『USE BY YOUTH』チーム キャスト、撮影スタッフと共に登壇した高木万瑠監督(右端)

『闇の経絡』(及川玲音監督)は、震災の津波で幼い息子を失った母親が、同様に津波で行方不明になったという男の所有物だった謎の暴走車に襲われるホラー。映画美学校フィクション・コース高等科の修了制作作品として作られた。国内インディーズ映画にて、公道でのカーチェイスやロードキルをやりきった胆力に圧倒される。わが子に会いたい一心で暴走車に立ち向かっていく主人公を演じた、佐藤睦の毅然とした表情も映画を強固なものとしていた。上映後、及川監督は『クリスティーン』や『ザ・カー』のようなジャンル映画的なゴースト・カーものを作りたかったと語り、その着想の元となったのが、震災当時に被災地で見た、建物の屋上に押し上げられた無人の車だったという(監督は宮城県出身)。また、本作は山口県荻市の荻ツインシネマで開催された、第4回 萩ibasho映画祭2023において、新人監督賞を受賞した。

『闇の経絡』チーム (左から)主演の佐藤睦、及川玲音監督

 今年の上映作はコメディ色も強い。連作のような2本の短編『ジェラス・ガイ』と『弥生町、102号室』(共に内田宗一郎監督)はどちらもマンションの一室を舞台にした男女のライトなシチュエーションコメディ。以前、撮った作品が自身の悩みを詰め込んだ重い内容だったとのことで、今回は他人から聞いた笑い話をやってみたいと思ったそう。軽妙なかけ合いをいたって自然な演技でやりきった役者たちの貢献は大きく、内田監督も出演者への感謝の言葉を述べていた。好きな映画監督はエリック・ロメールとのことで、その嗜好からも会話劇へのこだわりが強く感じられた。
『通夜のまえに』(木村緩菜監督)も一風変わったコメディ。ブラック企業で働く主人公の男が、友人が自死したことを知り、通夜へ参加するために帰郷したことから巻き起こる騒動を描いた作品。おとぎ話を思わせるシュールな悲喜劇でありつつ、冷酷な現実感もあわせ持つ不思議なテイスト。木村監督は自身をネガティブだと語り、前作は泥沼のような青春ものだったという。その持ち味からか、コミカルなシーンが続きながらも、滲み出る陰湿さが観る者の軸足を常に揺さぶる。わけありな通夜に参加したときの居心地の悪さが充満する異様な映画となっていた。現在、撮影中の次回作はピンク映画で、監督はそのテイストを「ジメジメして暗い感じです」と説明、客席からは期待感のこもる笑いが漏れた。

『通夜のまえに』チーム (左から)主演の早狩駿、木村緩菜監督

『私の愛を疑うな』(浅田若奈監督)は女ふたりの物語。”友情以上”や”恋人未満”などの既存の言葉で表わせられるものとはまったく別軸の、いまはまだ言語化できない関係性を見つけようともがく様子が描かれる。透明な存在が新しい実存を世界からもぎとろうとする、その力強さは観る者に深い印象を残す。恋愛映画がどうしても自分にフィッティングしないという浅田監督は、”友達”を描いた作品が好きだとコメントし、「友達とどこまでもいけるようなお話を撮りたいと思って作りました」と作品に込めた思いを語った。また、本作は第16回関西クィア映画祭2023でも上映されるなど各地で話題を呼んでいる。

『私の愛を疑うな』の浅田若奈監督

 挑戦的なタイトルが鮮烈な『それでもお前らは平和だった。ボケ』(神山大世監督)は、本映画祭での海外・国内含めた上映作品中、最も長尺の157分となる大作。高校時代に所属していたボクシング部の生徒を殺した過去を持つ主人公が、仲間たちと愛する女性との狭間で苦悩するパワフルな一作。カナザワ映画祭2020「期待の新人監督」で上映された前作『東京の古着屋』に続いて本作でも、表の社会では生きられない若者たちのやさぐれた日々が俳優たちの激しい熱量で描かれる渾身の作品。
 性的なトラウマをテーマとして扱う深刻なドラマ『平坦な戦場で』(遠上恵未監督)は、性的搾取がはびこる現代社会の闇に直面した、ある高校生カップルの青春残酷物語。性的なショックを受けた彼氏との関係に悩む女子高生を演じた、櫻井成美の険しい顔つきに引き込まれる。未成年の男子に性的なトラウマを植え付ける元凶の女を演じた佐倉萌の怪演と、女が住む奇怪な部屋を構築した美術スタッフの仕事ぶりも必見。遠上監督は『鬼龍院花子の生涯』を観て、雷に打たれたような衝撃を受けて映画制作を志すようになったという。また、櫻井が会場で着ていたTシャツに”silence kills you”(沈黙は人を殺す/黙ったままじゃ殺される)と書かれていたのが印象的だった。本人によれば、映画のテーマにも通ずるところがあると思い、着てきたという。その役者としての意思の強さも、劇中で演じたキャラクターに十分、反映されていた。

『平坦な戦場で』チーム (左から)美術の鶴優希、撮影の井坂雄哉、キャストの櫻井成美と野村陽介、遠上恵未監督

『地獄のSE』の吉行役・わたしのような天気も出演している『完璧な若い女性』(渡邉龍平監督)は、驚きのGS(歌謡)映画。アーティスト・perfect young ladyの楽曲が全編を彩る65分。渡邉監督は2000年生まれだが、小学生の頃に『太陽を盗んだ男』を観て衝撃を受けたそうで、昭和の歌謡映画への愛を感じさせる、歌唱シーン満載の映画に仕上がった。
 カナザワ映画祭2021「期待の新人監督」にて、監督・主演の『西園さんは今日も』で「期待の新人俳優賞」を自身が受賞した蒲生映与監督。『アクリルの鳥籠』は愛田天麻を主演に迎えた最新作だ。父親に監禁されてしまう風俗嬢の目を通して警察の怠慢や性風俗従事者への偏見を描き、ある状況下で苦しむか弱い者へ寄り添う社会派ドラマ。冒頭、こちら側をにらみつける愛田の鋭い眼光は、『ガールファイト』のミシェル・ロドリゲスを初めて観た時を思わせる。”あの眼”を見た時点で、あとはこのキャラクターに委ねればいい、と映画への没入が約束されるファーストシーンが忘れがたい。

『アクリルの鳥籠』チーム (左から)キャストのひと:みちゃん、柴哲平、青木友成、愛田天麻、蒲生映与監督

 そして、3日目の最終プログラム上映後に、授賞式が行われた。今年の審査員は、武田崇元、佐藤佐吉、田野辺尚人、坪井篤史、川守慶之の5人。受賞作品は、海外部門と国内部門でそれぞれ選ばれた。海外部門の短編作品では、イラン=日本=アメリカ合作の『今昔鴉』(リアム・ロビント監督)が受賞。アニメーションと絵本を実写とまじえて描く12分の作品だ。審査員の武田は、10分程度の短編ながら長編と同じ濃度のものが凝縮されていると評し、その構成力を讃えた。授賞式にオンライン登壇したロビント監督は寝起きだったようで、ベッドルームで受け答えする、そのフランクさと穏やかな人柄に場内は和んだ。早稲田大学に留学経験もある監督は日本語も堪能で、受賞に対する感想も流暢な日本語で観客や審査員に伝えられた。

短編部門で受賞した『今昔鴉』(リアム・ロビント監督)
日本語で感謝の言葉を述べる、リアム・ロビント監督

 長編作品での受賞は『キック・ミー 怒りのカンザス』。クセ者ぞろいの凶暴な住民が暴れまわるバイオレンス満載の映画は、カナザワ映画祭でも大いに受け入れられたようだ。審査員の佐藤は「カンザスシティ全体が『悪魔のいけにえ』の家のよう」と、作品から受けた印象をハギンズ監督に伝えた。本作は、日本での一般公開も決まっており、今回の受賞が日本で広まっていくはずみになることだろう。

長編部門で受賞した『キック・ミー 怒りのカンザス』(ゲイリー・ハギンズ監督)
受賞の喜びを語る、ゲイリー・ハギンズ監督

 続いては、国内部門の発表。「期待の新人俳優賞」に選ばれたのは『平坦な戦場で』の櫻井成美。マイクの前に立った櫻井は「すごいビックリしています。これからも精進していきます。よろしくお願いします」と緊張の面持ちで喜びを語った。審査員の田野辺は「デリケートなテーマの映画だったと思います」と難題に挑戦した櫻井の精励を評価。「その結果が今年の期待の新人俳優賞です。次の映画に出るための営業も頑張りましょう。この世界、厳しいです。頑張ってください」とエールを送った。

「期待の新人俳優賞」は『平坦な戦場で』の櫻井成美
戦い終わって、晴れやかな笑顔を見せる『平坦な戦場で』チーム

 今回は「期待の新人俳優賞」がもうひとり、『アクリルの鳥籠』の愛田天麻にも授与された。愛田は「めちゃくちゃビックリしました。本当にステキな方がたくさんいた中で、期待の新人俳優ということは、のびしろを見てくださったのかなと。これからも、期待してよかったな、と思ってもらえるように、努力していきたいと思います!」と力強い眼差しで語った。審査員の佐藤は、本作上映後の舞台挨拶で明かされていたエピソードに言及。それは、愛田の芝居があまりにも役に入り込んでいたため、他の出演者が心配するほどだったこと。佐藤は「この役に対して真摯に取り組んでいた」と愛田を讃えた。

もうひとりの「期待の新人俳優賞」は『アクリルの鳥籠』の愛田天麻
会場でポーズを決める愛田天麻

「観客賞」は該当なし。その理由について、名古屋のミニシアター・シネマスコーレ支配人でもある坪井が、興行側の立場として説明する。坪井が強調したのは”観客の気持ちを考えること”。それが人に訴えかけることにつながるという。「映画を作るっていうのは、自主映画もそうですけど、草野球のレベルで終わらせちゃいけないと思うんです。観客の方ありきで映画はどんどん育っていきます。それを考えると、今回の作品はそこがちょっと力が足りないところがあるので、申し訳ないですが該当作なしとなっております」と伝える坪井。そして、「観客の気持ちを通して映画を作っていくと、広がりが見えてくると思っております」と結んだ。
 最後に発表された「期待の新人監督賞」を受賞したのは『それでもお前らは平和だった。ボケ』の神山大世。グランプリを獲得した神山は「頑張って作ったのでうれしいです。自分の好きなものを作ります。作り続けるんで、そのあとからどんどん、もっと映画がうまくなっていけたらなと思っております」とブレない姿勢で語った。映画は原則90分以内にまとめるべきという審査員の武田は、それでも150分を超える本作を最後まで集中して観ていたとコメント。プロの脚本家として第一線で活躍する佐藤は「人間関係がどうなっていくのかを最後まで飽きさせずに見せた。これはすごい」と評価。田野辺は、挑発的なタイトルゆえに審査員の立場としてもそれに応じ、「リリックはキャラクターに沿ったものを書けるように」などの改善すべき点を忌憚なく指摘。合わせて、「いけないことをする人たちが何人も出てきますけど、意外とその人たちも面白いところを持っていますので、どんどん取材をかけていきましょう」と作品に磨きをかけるコツを伝えた。
「期待の新人監督賞」は副賞として、金沢竪町商店街振興組合から次回作の支援金200万円を得ることができる。商店街側からは「去年もこの壇上で優勝の方にお祝いを申し上げさせてもらったときに、(その方が作った新作が)タテマチ屋上映画祭のスクリーンに流れたときには非常に感慨深いものがありました。独創的な作品を来年、お待ちしています」と期待がかけられた。

グランプリの「期待の新人監督賞」は『それでもお前らは平和だった。ボケ』の神山大世監督

 審査員のひとり、金沢21世紀美術館プログラムコーディネーターの川守が受賞作品を総評。『それでもお前らは平和だった。ボケ』については、カメラワークのよさに言及、「バックショットがすごいきれいに撮れている」とコメント。『平坦な戦場で』はカットが比較的少ないシーンが多かったことに着目し、「そのショットは誰が見ているのか、というのがかなり意識的に作られている作品で、その中で俳優さんがきれいに撮られている」と分析。『アクリルの鳥籠で』は内向きなテーマが多い日本勢の中で、社会派の重いテーマを扱っている点を評価、「その中で役づくりも大変だったと思います」とキャラクターにフォーカスした。そして、今回の上映作品全体を振り返り、「海外の作品は、テーマが本当に多様であったりとか、人の想像を超えるスケールのものがたくさんあった」と日本勢との比較をしつつ、「皆さん、自分たちだけで考えるのではなくて、もっとリサーチをしたりとか、もっと海外の作品を観るとか、そういう学びの中で、作品づくりを今後、続けていっていただければ」と総括した。
 それから、各審査員から講評が伝えられたが、そこでも海外勢との比較が目立った。最後にコメントした佐藤は「今年に入ってから、徹底的に海外の短編を観てるんです」と切り出す。「明らかにわかるのが、日本の作品は理屈や人間関係ではなく、情となにわ節で解決しようとしているものが多い。悲しい場面で風景に頼ってしまう」と問題点を指摘。続けて、「海外では、お互いの海外の短編を死ぬほど観てる。その中で、まず脚本が大事だ、キャラクターが大事だ、と。それは2時間の映画を撮るのと変わらない。カットも本当に必要なカットしか撮らない。しかも奇をてらわない。でも、日本はすごく奇をてらう。カメラで芝居しようとしてる。海外では往々にしてスタンダードな撮り方をする。人間がドラマをちゃんと構築している」と説明。百戦錬磨の佐藤が伝える言葉に耳を傾けている新人たちに、海外の短編作品を徹底して観ることを勧めた上で、「海外に向けて勝負していったほうが実力がつく」とアドバイス。最後には、「世界に通じる短編や長編を作っていただきたいなと思います」と締めた。
 授賞式後には恒例の記念撮影。惜しくも受賞を逃した作品の作り手たちも含めて、これからが期待される者たちが壇上に勢ぞろい。代表の小野寺は、賞を授与されなくとも皆が作り上げたのは、153本の応募作品の中から選ばれた作品であることを伝えて今後への期待をかけ、映画祭は幕を閉じた。

 そして、授賞式後に受賞者たちから独占コメントをいただいた。

■「期待の新人俳優賞」『平坦な戦場で』櫻井成美のコメント
「映画を観てくれてありがとうございました。うれしいです。どんなことを感じたんだろう、とここで想像しています。俳優賞ありがとうございます。精進してまいります!」

■「期待の新人俳優賞」『平坦な戦場で』遠上恵未監督のコメント
「テーマ的に、性加害やハラスメントなどの社会的な問題が根底にあるんですけど、それの取り上げ方として、はたしてこれでよかったのかと考え続けているのは事実です。作品のために、それを利用しているんじゃないかみたいな気持ちもずっとあります。本当にこの表現方法、描き方でよかったのかなと。また、今回どう観られるのかというのは非常に気になっていて、櫻井さんの演技を評価していただいたりなど、ありがたかったですが、観客の方とお話があまりできませんでした。これから劇場公開を目指していきますし、もっといろんな方のご感想を聞けるように作品を広げていきたいと思っております」

■「期待の新人俳優賞」『アクリルの鳥籠』愛田天麻のコメント
「映画祭に監督とキャストの方々を連れてきてくれたからこその賞なので、本当に皆さんに感謝したいです」

■「期待の新人俳優賞」『アクリルの鳥籠』蒲生映与監督のコメント
「もちろん、愛田さんもよかったんですけど、皆で獲ったという気がします。読み合わせのところから、皆で絡む中で稽古を重ねるごとに演技がよくなっていきました。だから、皆で賞を獲得したと思っています」

■「期待の新人監督賞」『それでもお前らは平和だった。ボケ』神山大世監督のコメント
「キャストと、関係してくれた方々に、本当に感謝したいです。映画を作り続けたいです」
 今年も、多くの才能ある監督、俳優、スタッフが人々に知られることとなった。来年も、新たな作品や作り手との出会いに期待したい。

カナザワ映画祭2023は、2023年9月8日~10日の間、石川県金沢市にある金沢21世紀美術館のシアター21で開催された。【本文敬称略】(取材・文:後藤健児)

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