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「『ブレインデッド』を観たバッハが酒を飲みながら作ったような曲」とは何か? 第25回東京フィルメックスで宇賀那健一監督『ザ・ゲスイドウズ』が上映。ホラー映画と音楽への愛にあふれるマッドムービーに観客が沸いた!

タイトル写真:『ザ・ゲスイドウズ』より
取材・文:後藤健児

 11月23日~12月1日の期間、第25回東京フィルメックスが開催された。今年の会場となったのはヒューマントラストシネマ有楽町と、60年以上の歴史を持ち、来夏に閉館が発表された丸の内TOEI。プログラミング・ディレクターを務める神谷直希によるセレクトは今回も映画通をうならせた。変わりゆく中国社会の中でひとりの女性が生きる苛烈な20年を見つめた、ジャジャン・クー監督の『新世紀ロマンティクス』や、ロウ・イエ監督によるコロナ禍での悲喜劇をドキュフィクションの手法で綴った『未完成の映画』など、これぞフィルメックスなラインナップ。アジア映画だけではなく、南北戦争期のアメリカを舞台に北軍の寄せ集め部隊が辺境の地で神の存在を問う『地獄に落ちた者たち』や、イスラエルのハイファに住むパレスチナ人家族の多様な人間模様をときにユーモラスに、ときにひりついたタッチで描く『ハッピー・ホリデーズ』など現在の世界情勢ともリンクするワールドワイドな映画がそろった。
 特別上映作品として、宇賀那健一監督の『ザ・ゲスイドウズ』が上映。もうあとがない無名パンクバンドが田舎で新曲づくりに没頭するロック・ムービーの本作は、宇賀那監督のホラー映画愛に満ちており、ワールド・プレミアとなったトロント国際映画祭「ミッドナイト・マッドネス」部門での上映に続き、東京でも観客を熱狂させた。上映後には、主演の夏子、共演の遠藤雄弥、エグゼクティブプロデューサーを務めた鈴木祐介が登壇。宇賀那監督は残念ながら仕事の都合で不在となったが、登壇した3人が宇賀那ワールドの魅力を存分に語り合った。

「第25回東京フィルメックス」メインビジュアル

『ザ・ゲスイドウズ』は忘れられたものたちの物語だ。まったく売れない崖っぷちパンクバンド「ザ・ゲスイドウズ」のボーカルを務めるハナコは”伝説のミュージシャンは27歳で死ぬ”ジンクスにとり憑かれている。26歳になったばかりの彼女は、早逝したレジェンドたちに自分を重ね合わせ、自分はあと一年で死ぬだろうと信じていた。そんな中、事務所のマネージャー高村はハナコたちバンドメンバー4人を田舎へ移住させ、野菜づくりと曲づくりを命じる。一癖もふた癖もあるメンバーたちは村人たちと奇妙な交流を経ながら田舎暮らしを続ける。「ザ・ゲスイドウズ」は現状を打開する新曲を作り上げることができるのか。そして、ハナコは本当に27歳でその生涯を閉じてしまうのか……。
 ロック・ムービーではあるが、アキ・カウリスマキ監督『レニングラード・カウボーイズ』にオマージュを捧げるかのような、オフビートでとぼけた味わいが全編を彩る。曲づくりの風景も、ホラー映画からインスピレーションを受けたハナコが素っ頓狂なことを言いだし、他のメンバーがそれに呼応する。例えば、「『ブレインデッド』を観たバッハが酒を飲みながら作ったような曲にしたい」とこんな具合。音楽家ジョン・ケージや『処刑軍団ザップ』など、好き者にはたまらないワードが飛び交いつつ、しかし本作は決して単なるオタク趣味のなれ合いに終始することはない。血へどを吐くような苦しみの果てに生み出されながらも、いずれ忘れられていく大衆文化に最大限の敬意を払う本作からは、宇賀那監督による、自身を育ててくれたあらゆるカルチャーへの愛がほとばしる。そして、すべての”しょうもないもの”への存在賛歌が謳い上げられるに至り、観客は気づけば涙を流しているはずだ。

本作ポスターの横に立つ遠藤雄弥と夏子

 上映後の熱気冷めやらぬ会場に夏子たちが姿を現すと、客席からは盛大な拍手が起こった。進行を務める神谷直希から撮影中のエピソードを聞かれた夏子が口を開く。「高崎と東京で大きく二つに分かれて撮影しました。高崎のほうが最初で、一週間くらい泊まり込んでの撮影でした。最終日にはわたしたちの仲もものすごく深まってて。明日から東京に入ってまた撮影があるのに、バラバラになって会えないんじゃないか」といっときの別れを惜しむほどの絆が生まれていたことを明かした。
 鬼マネージャー高村役の遠藤は「ザ・ゲスイドウズ」の演奏について、「一番いいポジションで皆さんのパフォーマンスを目の当たりにできて、よい経験をさせてもらいました」とオーディエンスの立場としても現場を楽しめたことを伝えた。演奏シーンの撮影では、曲に牛舎の牛たちが反応を示していたそうで、夏子は「牛が大盛り上がりで、モーモー鳴いてて(笑)。すごい光景でした」と高崎での撮影を笑顔で振り返った。
 観客とのQ&Aタイムが始まり、最初に手をあげたある観客は、本作に出演したロッコ・ゼヴェンベルゲンの知人だという。ロッコが演じた三太郎はバンドメンバーのドラムを担当しつつ、劇中で皆がおいしそうに食べる和食をこしらえる愛すべきキャラクター。いまはアメリカにいるというロッコから託されたメッセージが読み上げられると、そこには「今回、東京フィルメックスに来られなくて残念です。もし、今度あったかい味噌汁をのむときはゲスイドウズを思い出してください。パンクは絶対、死なない!」と綴られていた。それを聞いた夏子は高崎の撮影中にロッコを交えて皆で一緒に食事をしたときのことを思い出し、「皆がロッコに合わせて拙い英語でしゃべってたんです。将来、何になりたいか、どんなことをしたいかを語り合いました」としみじみ話した。
 続いて、キャスティングについての質問が投げかけられる。プロデューサーの鈴木によれば、ハナコ役の夏子は皆より先に決まっていたそうで、他のバンドメンバー役に関しては宇賀那監督と鈴木の知り合いたちを集めたのだとか。「役者さんじゃない感じの人が多いのはそういうことで、お芝居というよりかは”画映え”をする人を選んだ感じです」と説明するとおり、「ゴールデンボンバー」の喜矢武豊や多国籍バンド「ALI」の今村怜央らが集った。脇を固めるために、遠藤をはじめ、水沢林太郎伊澤彩織などの達者な役者陣もそろった。さらに宇賀那監督の『悪魔がはらわたでいけにえで私』に続き本作にも、トロマ映画の総帥ロイド・カウフマンがあっと驚く登場をしてマニアをニヤリとさせる。
 各キャラクターはあてがきなのかとの問いに、鈴木は宇賀那監督の現場での自由さについて触れ、結果として「本人と役が合わさった感じが出ました」と回答した。

上映後のトークで盛り上がる3人。(左から)遠藤雄弥、夏子、エグゼクティブプロデューサーの鈴木祐介

 ハナコの自宅や、田舎でハナコたちが暮らす家には「27クラブ」(カート・コバーンやジャニス・ジョップリンら27歳で死亡したアーティストたちを指す総称のひとつ)の面々の写真に加え、『悪魔のいけにえ』やら『サスペリア』やらの名作ホラー映画のポスターがあちこちに貼られている。それらの装飾に関して、鈴木は「完全に宇賀那監督の好みです」とキッパリ。セットと同じくらいに目を引くのがハナコたちの衣装。和洋折衷な奇抜さがとても印象に残ったという観客からも、それについての言及がなされた。鈴木は「過去、何十本とプロデュースしてるんですけど、一番盛り上がった衣装合わせ」と振り返る。夏子もそれに同調し、「和服を入れるかどうかなど、いろんな要素を持ってきて。楽しい衣装合わせでした」とコメント。
 ハナコたちが飼うことになる犬、ジョン・ケージの声を斎藤工が担当し、人語を解する謎のカセットテープ(その異物感は宇賀那作品の真骨頂)の声をマキタスポーツがあてる。この人選について鈴木は「そこでそうやって使うのがもったいないよね、というのが結構狙いでした」と意外性を狙ったことを明かす。
 個性的な登場人物ばかりの本作。誰と友達になってみたいかとの質問に対し、それぞれが答える。遠藤は「三太郎と友達になって、彼が作るご飯を食べてみたいですね」と言い、対する夏子は遠藤が演じたマネージャー高村の名をあげる。「一番憎めないのはマネージャーでした(笑)。腐れ縁みたいな感じで生涯続いていきそうな人物」と評した。宇賀那監督と共に作品を作り上げてきた鈴木は「僕は全員が好きなんですけど」と言いながら、「強いて言うなら、(斎藤工が声をあてた犬の)ジョン・ケージを飼いたいです(笑)」と冗談っぽく答えた。
 夏子があらためてハナコ役についての思いを述べる。「27歳になったらレジェンドは死ぬとハナコは思い込んでいる。自分もいくつになったら死ぬとは思ってないですけど、こうなったらここまでだなとか、自分で課しているものはあります。ちょうど台本をもらったのが、ハナコと同じ26歳のときでした」と語り、人生の崖っぷちで切羽詰まったハナコに共鳴しながら役に入り込んだ撮影だったことを伝えた。
 そうして、いち早く鑑賞した観客との対話を楽しんだ夏子たちは盛大な拍手を受けながら壇上を降りていった。本作は2025年2月28日より劇場公開が予定されている。この日、「ザ・ゲスイドウズ」と会えなかった観客たちも来年、彼らに出会えることだろう。【本文敬称略】Ⓒ2024「ザ・ゲスイドウズ」製作委員会

第25回東京フィルメックスは11月23日~12月1日の期間に開催。以下は各受賞作品。

■最優秀作品賞:『四月』(デア・クルムベガスヴィリ監督)
■審査員特別賞:『サントーシュ』(サンディヤ・スリ監督)
■学生審査員賞:『サントーシュ』(サンディヤ・スリ監督)
■スペシャル・メンション:『白衣蒼狗』(チャン・ウェイリャン監督)
■観客賞:『未完成の映画』(ロウ・イエ監督)
■タレンツ・トーキョー・アワード2024:『The Rivers Know Our Names』(マイ・フエン・チー)

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