『映画秘宝』レビュー傑作選 昭和のお茶の間を震撼させた『水曜スペシャル』恐怖・残酷・ショック映画大特集
文:山崎圭司
初出:『別冊映画秘宝 怖いテレビ』
「人間が考え得る限界を超えた残酷! 史上最悪の映画『サンゲリア』でございます!」「世界を恐怖のドン底に落し入れた魔の『ジャンク』! カメラの前で人間がただの肉の塊になってしまうわけですねぇ!」。思わず耳を疑う台詞が夕食を終えた一家団欒のお茶の間を直撃する。ブラウン管には満面の笑みを浮かべた司会者の桂三枝。『サンゲリア』と『ジャンク/死と惨劇』を軸に、『13日の金曜日』『ゴースト/血のシャワー(これはちょっと……シャンプーしにくいですね By三枝)』などの新作映画を紹介した『水曜スペシャル/恐怖!残酷!世界大ショックシーン特集』(1980年)でのひとコマだ。昭和の夏といえば、テレビの怪奇映画特集は定番。看護婦が待機するスタジオに花の女子大生軍団を招き、眼玉に木片が突き刺さり、斬首処刑で生首がブッ飛ぶ惨状を見せてキャーキャー騒がせるウィリアム・キャッスル宣伝のキワモノ企画だが、実際はヤラセとはいえ「本物の死の瞬間」を売りにした『ジャンク』が番組の肝になるなんて……。人の死で度胸試しをしていた野蛮な時代の記憶が生々しく蘇る瞬間だ。
この種の番組の必須アイテムは『エクソシスト』『オーメン』『ゾンビ』等々、今や不朽の名作ホラー群。現代社会における恐怖が突発的かつ不条理であることを強調すべく、「アメリカでは33分に1人が、日本でも1日に5人が殺されている」と必殺の煽り文句が連打され、血も凍るトラウマ級キラーショットの数々が、地獄の底から沸き上がる閻魔大王の怒声の如き千葉耕市の重低音ナレーションで解説されてゆく。本編から無作為に抜粋されたショックシーンは、物語上の役割とは完全に切り離され、ひたすら視聴者を叩きのめすべく、つるべ打ちに襲いかかる。当時のテレビ放送は一期一会。一瞬の通り魔的恐怖映像が脳内で発酵し、悪夢の種子となることが多々あった。この魔力が薄れたのはやはりビデオで繰り返し観て、「確認」ができるようになってから。実は心霊体験と同様、何度も映像をリプレイして霊の存在を把握するより、1回ぽっきりで確認不可能な怪現象の方が実は何倍も怖いのだ。
更に衝撃映像の編集方法も決定的瞬間をギリギリまで見せ、素早くカットするサブリミナル型で、これまた網膜への残留度が抜群。プールの水面が厚いガラス状に硬化して水中に閉じ込められる女、池に突き落とされて巨大ワニにガブリと齧られる男。幽鬼の相を浮かべた死人の老婆が警官の目玉を貪り、太い鉤針に人間を吊し、唸る自動ノコギリが車椅子の青年に突き刺さる。画面の隅に表示された映画の題名は忘れても、決して脳裏から消えない猛烈な地獄絵図。番組終了後、子供たちは呪われた置き土産を抱えて、蚊取り線香の煙に包まれつつ「明日プールの水が固まったら……」「学校に人食い死人が来たら……」と、寝苦しい夏の夜を悶々と過ごすことになった。昭和の恐怖映画は、近所の煙草工場の寂しい裏路地に出るという口裂け女の噂と似ていた。所詮は作り話ながら、我が身に起こり得る万一の危険性を残した、現実と地続きな恐怖の源泉だったのだ。
1985年、同じ『水曜スペシャル』枠、桂三枝司会で新作『スペースバンパイア』の公開に向けた特番『特撮恐怖映画を100倍楽しむ方法』が放映されたが、こちらは最新SFXから恐怖の舞台裏を紐解く内容。僅か5年でホラー映画の話題は革新的表現技術へと移り、純粋なコケ脅かし史上主義の時代は去った。幼児的感性に訴えるショック映像を見て漠然と感じた不安、終末へと続く暗い穴は、成長と共に経験や理性で埋め立てられていったが、現実生活が揺らぐ大事件の頻発で再び足元の大穴が露呈した今、無差別に「おっかない」瞬間を連打するこうした番組への郷愁が、いっそう強く心を掴んで離さない。
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