『映画秘宝』インタビュー傑作選10 デイヴィッド・フィンチャー 『ファイト・クラブ』の監督が撮った、『ホーム・アローン』が裸足で逃げ出す母娘対強盗の攻防戦『パニック・ルーム』と、ハリウッド版“ファイト・クラブ”結成計画までを語る。
取材・文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2002年6月号
『パニック・ルーム』。NYはマンハッタンのアッパー・イーストサイドにある高級住宅地には、泥棒が侵入したときに籠城する「金庫部屋(セイフ・ルーム)」があった。中に飛び込んでドアを閉めたら、爆弾でも開けることができない鋼鉄の箱だ。
離婚したばかりの母(ジョディ・フォスター)と娘は、慰謝料でその家を買って新しい生活を始めるが、引っ越した夜に強盗に入られる。さっそく2人はパニック・ルームに逃げ込むが、3人組の強盗の1人(フォレスト・ウィテカー)はパニック・ルームを作った技術者で、電話線を切ってしまう。孤立無援になったジョディ。さらに彼女の娘は持病の発作を起こすが、薬はパニック・ルームの外だ。
いっぽう、強盗たちの狙いは前の家主がパニック・ルームに隠した“あるもの”だった。かくしてパニック・ルームを巡って知力を尽くした攻防戦が始まる……。
ロサンゼルスのソニー・スタジオに現れたデイヴィッド・フィンチャーは坊主頭にヒゲ、それにベースボール・キャップというお馴染みの格好だった。見本として渡した『映画秘宝』は古いのしかなくて、『JAWS/ジョーズ』特集の号だったが、フィンチャーは大喜び。
フィンチャー オレ、『JAWS/ジョーズ』大好きなんだ!
−−『JAWS/ジョーズ』のどこが?
フィンチャー まず、すごくショッキングだ。トラウマになるくらい。サメを最後まで見せないというのもうまい。それに主人公3人のキャラクターが本当によく描けている。あらゆる要素が最高の形で絡み合ってるね。
−−スピルバーグとは『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』で仕事してますよね。
フィンチャー ああ、でもオレは当時ILMでマット合成の仕事をしてただけだから、直接会ってないけどね。『映画秘宝』ってどんな読者向けなの?
−−『ファイト・クラブ』が大好きな連中ばかりですよ!
●クレジットカード会社ってムカつく!
フィンチャー ホント? 日本では興行的にあまり当たらなかったと聞いたんだけど。
−−でも、ジワジワと効いてきた。テレビでは『ファイト・クラブ』のパクリが次々に登場するし、街中で実際に殴り合いする連中まで出てきました。
フィンチャー ワオ、それは素晴らしい。
−−この消費社会に飼い慣らされてフヌケになる前に、殴られる痛みで生きる実感を取り戻せ! というメッセージにみんな共感したんですよ。
フィンチャー それは大事なことだ。本当に大事なことだよ。
−−だからその監督といえば導師みたいなもので……。
フィンチャー ちょっと待って、『ファイト・クラブ』の思想は僕じゃなくて、原作を書いたチャック・パラニュークのものだよ。
−−でも、映画のラストはパラニュークの原作よりも過激でしょ。
フィンチャー ああ、テロが成功しちゃうから(笑)。あれはメタファーであって現実ではないけど、最後にムカつく企業を全部ブチ壊しちゃおうと思ったんだ。
−−はっきりとは言ってないけれど、スターバックスとアップル・コンピュータ(笑)。
フィンチャー それとクレジット会社だ。
−−同時多発テロのニュースを見て『ファイト・クラブ』のラストを思い出したんですが。
フィンチャー そうかもね。世界貿易センタービルも金融会社がいっぱい入った資本主義の象徴だから。
−−あのテロ以来、資本主義独裁やグローバリズムを批判しにくいムードですね。
フィンチャー いや、オレは気にしないよ(笑)。
−−『セブン』『ゲーム』『ファイト・クラブ』と、あなたの3部作はストーリーこそ全部違う人が書いてますが、通底する強烈なメッセージがありますね。
フィンチャー んー。でも政治的メッセージじゃない。もっと個人的で……。
−−実存主義?
フィンチャー うん。まさにそれだ! オレが魅了されるドラマは「なぜ我々はここにいるのか」「何のために我々は生きるのか」という問いを突きつける話なんだよ。
●『パニック・ルーム』は徹底的にシンプルな映画だ
−−今回の『パニック・ルーム』は今までと違って強いテーマ性はないような……。
フィンチャー 『パニック・ルーム』を選んだのは純粋に映像的な動機だ。デヴィッド・コープが書いた脚本を薦められたんだが、「君の好きなタイプのシナリオじゃないよ。1つの部屋で一晩に起こる話で、登場人物はたった6人だから」と言われた。でも、だからこそ、やろうと思った。なにしろ『ファイト・クラブ』は350シーンもあって、撮影するとバックして移動の繰り返しで、死ぬほどキツかったから、『パニック・ルーム』の「1つの部屋から一歩も出ない」というシンプルさが気に入ったんだ。
−−それは『ファイト・クラブ』よりも楽に撮りたかったから?
フィンチャー 決して楽したかったわけじゃない(笑)。シンプルだからそのぶん大変だよ。部屋の中だけで観客を飽きさせないにはどうするか、とか。シナリオを読んでる間、こうして撮ろう、ああして撮ろうと映像のアイデアが次々浮かんできて撮りたくなったのさ。監督としての技術鍛錬にはもってこいだ。もちろん『ファイト・クラブ』のように強いメッセージがあるわけじゃないけど、映像的に楽しい体験にしたかったんだ。
−−前半の映像は凄まじかった。特にフォレスト・ウィテカーたち強盗3人組が部屋に入ってくる場面。部屋の中にいるジョディ・フォスターと強盗の間をカメラが行ったり来たりするのを2分以上のワンショットで見せる。カメラが鍵の穴に入ったり、ポットのハンドルのハンドルの中をくぐり抜けたり。
フィンチャー でも実際はワンショットじゃなくてCGでつないでワンカットにしてる。本来はカットバックするところをひとつのカットにつなげちゃったわけだ。
−−ブライアン・デ・パルマが卒倒しそうなカット(笑)。そういえば、パニック・ルームの中から部屋中に仕掛けた防犯用ビデオの映像がモニターできるわけですが、あれもデ・パルマがよくやっていたマルチ・スクリーンみたいですね。
フィンチャー あれは面倒くさいんだ。防犯カメラは超広角レンズつけてるから、俳優たちの周りが全部写ってしまう。だから、いったん普通のカメラで強盗たちの演技を撮影した後、もう一回防犯カメラの前で同じシーンを通しで演じなきゃならない。普通の撮影の何倍も手間と時間がかかった。でも、それ以上に大変だったのは主役の交代だな。
●ヒロイン変更の理由
−−ヒロインは当初、ニコール・キッドマンで撮影を始めていた?
フィンチャー そうなんだが、『ムーラン・ルージュ』で痛めた膝をまた痛めちゃって撮影中断。しばらくニコールの復帰を待ったけど、当分ダメそうだとわかった。でも、すでにセットは組んでるし、何百万ドルも突っ込んでるから中止するわけにいかない。あわてて、代役を探したら、ジョディ・フォスターがOKしてくれた。で、スタッフとキャストをもう一度集めて撮影を始めたら、ジョディが妊娠してることが判明した。
−−踏んだり蹴ったり(笑)。
フィンチャー そうだよ。だって、たった一晩、たった数時間の出来事なんだよ。それなのにジョディのお腹はどんどん大きくなるんだ(笑)。
−−ジョディは前の子供と同じく、今度の赤ちゃんも人工授精だそうですが、父親は誰でしょうねえ。
フィンチャー 知らないよ(笑)。知ってても言えないし。
−−『パニック・ルーム』のジョディってオッパイがすごく大きくない?
フィンチャー だろ(笑)。妊娠してた証拠だよ。あのまま大きくなってパメラ・アンダーソンの代わりに『ベイ・ウォッチ』に出る前に(笑)、オレたちは撮影を終らなくちゃならなかったんだ。コーヒーでも飲むかい? 僕が入れるよ。
−−ども。フィンチャー監督は大量のテイクを撮るという悪評がありますが、今回、いちばん沢山取り直したのはどの場面ですか?
フィンチャーが走ってきて、強盗に捕まって床に叩きつけられるショットは夜10時に撮影を始めて、OK出したのは2時過ぎだったかな? 107回撮り直したよ。
−−妊婦を107回も床に叩き付けたんですか?
フィンチャー ジョディじゃないよ(笑)! 彼女のスタント・ダブルさ。でもジョディ自身でも40や50テイク出したシーンもあったな(笑)。
−−それで「完全主義者」と言われるわけですね。
●オレのことを「完全主義者」という奴は怠け者だ!
フィンチャー オレのことを完全主義者という奴らはよっぽど凡庸か怠け者だ。いいかい。映画ってのは物凄く複雑なんだ。オレは必要もないのに何度も撮り直したり、自己満足で凝りすぎたりしてるわけじゃない。あるシーンを表現する時、その本質を最もシンプルに実現した撮り方を求めてるだけなんだ。オレの中にあるヴィジョンを実現しようとしてるわけじゃない。だから、オレが考えた表現が他の人から見ればくだらないときもあるだろう。それを指摘されたら、オレは素直に考え直す。そして「うん、確かにオレが間違っていた」と認めるさ。オレはただ傲慢に自分を押し通そうとしてるわけじゃないんだ。
−−カメラマンのダリウス・コンジを撮影途中で降ろしたのは?
フィンチャー コンジは『セブン』でも組んだけど、彼こそ完全主義者だ。妥協せずに凝りまくるんで時間がものすごくかかった。普通ならいいけど、今回は山のようなトラブルで押しまくられていたから時間がなかった。それに、これは芸術的なFilmじゃない。商業的なMovieなんだ。まず予算内で完成させなくちゃならないんだ。で、コンジには降りてもらって、彼のパートナーだったコナード・W・ホールが引き継いだんだ。
−−あと、ソニー・ピクチャーズは『パニック・ルーム』を観てエンディングの撮り直しを要求したがフィンチャーに拒否された、と報道されていますが。
フィンチャー いや、オレは拒否してない。スタジオ側はフォレスト・ウィテカーにとってハッピーエンドにして欲しいと言って来たんだ。彼は悪い人間じゃないからって。で、オレは「別にいいけど、今から撮り直すとまた100万ドル以上かかるよ」と言ったら、「だったらいいんだ。忘れてくれ」って諦めた。
−−善人は最後に救われるという結末にしたがるのはハリウッドの悪い癖ですね。
フィンチャー いい人間だって幸福になれるとは限らない、オレはそう思っている。それが現実さ。
−−エンディングといえば、『パニック・ルーム』のラストでジョディ・フォスターと前の夫は最後によりを戻したんですか?
フィンチャー それはわからない。ただ、この映画にテーマがあるとすれば「離婚」だと思う。離婚はどういう結果に終わろうと勝者はいない。離婚した時点で夫婦は両方とも敗者だということさ。
−−いつも非常にリアルな大人のドラマを描いていますが、『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』のSFXで映画業界に入った頃とは傾向がずいぶん違いますが。
フィンチャー うーん。ファンタジーというのは「もし、自分がこうだったら」と空想するわけだけど、今のオレはそういうものには興味がない。現実の人間を描きたいんだ。
●60年代生まれの監督たちと“ディレクターズ・カンパニー”を作る!
−−でも、何年も前から企画している『宇宙のランデブー』は?
フィンチャー あれはファンタジーじゃなくてリアルなSFだ。
−−アーサー・C・クラークの小説が原作で、地球外の超生命体ラーマと人間が遭遇する話ですね。
フィンチャー ラーマを表現するためには今より進んだSFX技術が必要だな。それにきっと超、超、超大作になる(笑)。実現までには時間がかかるよ。
−−以前、報道された『ブラック・ダリア』は?
フィンチャー シナリオ待ちの状態。ジェイムズ・エルロイの描くダークでバイオレントなロサンゼルスにはすごく惹かれる。他にも『ドッグタウン』と題したスケボー映画や、レストラン映画の企画が動いてるよ。
−−スティーヴン・ソダーバーグや60年前後生まれの監督たちとディレクターズ・カンパニーみたいなグループを結成しようとしているそうですが。
フィンチャー うん。ソダーバーグとオレの他にはスパイク・ジョーンズやアレクサンダー・ペインが参加する。ペインは本当にすごい監督だ。
−−“Election”(ビデオ邦題『ハイスクール白書』)は物凄い傑作でしたね。
フィンチャー ペインの新作『アバウト・シュミット』(原題)は観たかい? これまた大傑作だったよ。
−−そのグループの目的は何ですか?
フィンチャー 中くらいの規模の映画を作るためだ。今の映画界ではメジャー・スタジオ製の超大作か、超低予算のインディペンデント映画しか作られなくなってるだろ? 超大作はテレビで派手に宣伝して全国で何千という劇場数でブロックバスター公開するから大失敗する危険性が低い。ビデオで回収できるし。もちろん超低予算ならリスクは小さい。その中間の規模の映画は誰も作りたがらない。ハリウッドのメジャーはGOサインを出さない。
−−本当にいい映画はその規模から生まれるのにね。
フィンチャー そうだよ。だからオレたちで会社を作るんだ。
町山智浩のデイヴィッド・フィンチャー論
『ファイト・クラブ』
『セブン』