「ふいにこの映画のことを思い出してもらえたら」。秋葉美希が亡き父への思いを込めて初メガホンを取ったロードムービー『ラストホール』が公開。共演した田中爽一郎と秋葉へのインタビューで喪失の物語にどう向き合ったのか聞いた
タイトル写真 秋葉美希と田中爽一郎
取材・文:後藤健児
『退屈な日々にさようならを』や『少女邂逅』など、インディーズ映画界を席巻した話題作に出演してきた秋葉美希。昨年も猫目はち監督『赫くなれば其れ』での光る演技を覚えている人は多いだろう。9月に公開されるロードムービー『ラストホール』は秋葉の実体験を元に、約7年の月日を経て完成させた初長編監督作だ。先立って昨年に上映された、第17回田辺・弁慶映画祭では、キネマイスター賞を受賞した話題作。今回、監督・脚本・主演を務めた秋葉と、劇中で旅のバディを組む幼馴染を演じた田中爽一郎にインタビューを行い、物語で描かれる喪失にどう取り組んだのか、うかがった。
数年前に他界した父親の死を受け入れられないでいるダンサーの暖(だん)。いまでは踊ることをやめてしまい、東京で無為に過ごす彼女のもとに、故郷から幼馴染の壮介がやってくる。暖の父・陽平が残した一枚のメモを持って。そしてはじまる旅。暖と壮介の思いを乗せた軽トラックは、陽平にとって思い出深かった場所をめぐっていく。先々で暖と壮介は食べる。味わう。忘れられない人の顔を思い浮かべながら……。
語りたいことの詰まった映画で言葉を抑制したならば、その映画は自然とアクションで語りだす。この映画でのそれは”ダンス”と”食”だった。無心で踊り、無心で食べる。合間に言葉を挟むことはあれど、アクションの瞬間はただそれが起こる。起こした本人でさえそれが何を意味するのかわからなくても、咀嚼して飲み込めばやがて体は暖まり、ああこういうことだったのかと理解する。共感覚者のように色までも見えてくるかもしれない。咀嚼には時として時間がかかる。秋葉が父親を喪ってから、様々な芝居の場でそれぞれの役にぶつかりつつ本作を構想し、旧知の仲間たちの力を得て完成にこぎつけたこの数年間もまた咀嚼だったのではないか。咀嚼とは、よりよくものを噛みしめることで消化をうながし、十分に栄養を摂ることだ。約7年間、秋葉が噛みしめ続けた思いを養分として育ったこの映画には、栄養が満ちあふれている。
そして、上映を控えた8月、秋葉と田中にインタビューを行った。(2024年8月、東京・テアトル新宿にて)
――本日はよろしくお願いします。まずうかがいたいのですが、”食べること”と”ロードムービー”という本作の構成はどのように発想されたのでしょうか。
秋葉 劇中に出てくる”食べたいものリスト”は私の父が亡くなる前、実際に書かれていたものを元にしています。シナリオハンティングをする過程でいろんな場所を見て、それらの場所で撮りたいと思い、食べるために赴く目的地とかけ合わせ、ロードムービーにしたらどうだろうと。私の地元も関西ですし、自分の故郷に戻っていく感じがありました。
――秋葉さんは今泉力哉監督『退屈な日々にさようならを』、枝優花監督『少女邂逅』、鈴木貴士監督『pour』にご出演されております。また、田中さんとは猫目はち監督『花に問う』と『赫くなれば其れ』で共演しました。いま挙げた作品は、どれも喪失が重要な要素になっています。これらの作品での経験が今回の『ラストホール』に与えた影響はございますか。
田中 猫目はち監督作品には、(同じ世界観を有した4部作の2作目となる)『突き刺す』から出させていただいています。あまり同じ人物を演じていく経験をしたことがなかったのですが、4作目では手に取るようにわかったんです、どういう気持ちになるのかが。本当にその人を喪ったような感覚になりました。また、秋葉さんと出会ったのも猫目監督の現場です。秋葉さんは出演しながら、毎日ご飯を全員分、作ってくれて、それが全部おいしい。なんか信じられるなと(笑)。この人はちゃんと生活をしている人なんだと思いました。今回、秋葉さんが監督した『ラストホール』も食べることに関する映画ですよね。喪失ということでいうと、食べものをめぐる旅をするうちに、あの人がいたんだなとか、そういう思いがめぐって、より喪失を感じていく撮影でした。
秋葉 『退屈な日々にさようならを』の撮影中は自分の父が闘病中で、『少女邂逅』では父が亡くなったあとでした。演じたのはその時々の自分です。父親の死を自分の中で消化できない気持ちがずっとあったのですが、芝居をすることで父に触れるような瞬間があり、芝居をするたびに父に対する向き合い方の変化に気づきました。だからこそいま、『ラストホール』を生み出さないといけない焦りがあったんです。
――今回、秋葉さんご自身で監督をするにあたり演出という観点で、過去にご出演された作品の監督から学んだことはありますか?
秋葉 今泉さんは演出をするとき、役者が二人いたとして本番の前に片方にだけ耳打ちして芝居の演出をすることがあるんです。そこで生まれたナマの反応を抑える。それは印象深かったですね。『ラストホール』は自分が演じる場面が多かったので、演出として自由にするところと、芝居として自由にするところなど、役者だけでは見られていなかった撮影全体の部分、大きな映画の枠の流れ、それを知ってしまったがゆえに、そういうことを考えながらやるっていうバランスが大事だなと思いつつやってました。
――主人公を監督である秋葉さんご自身が演じられております。ご自身が投影された役柄かと思います。
秋葉 作りたい物語があったから映画を撮りました。作りたいという中に自分が演じることは最初から含まれていましたね。演じることで体感したかったんです。目の前にいる父の姿や、幼馴染の存在を。そのときの思いを知りたかったんです。
――田中さんとは過去にも猫目監督の現場でご一緒されておりますが、今回の作品で主人公のバディとなる重要な役を田中さんに依頼した理由をお聞かせください。アテ書きだったんでしょうか。
秋葉 猫目はち監督の現場で田中さんと初めてお会いしました。自分が撮るときには、オープンにコミュニケーションが取れる俳優じゃないとできない、そう思ってたんです。『花に問う』の撮影で必要なお花を田中さんと一緒に買いに行った際、自転車に乗る彼の背中が映像として自分の中に残っていたんです。とても心強い印象がありました。脚本を書いていたときには、もう田中さんのイメージがありましたね。
田中 秋葉さんが監督をやりたいと言っていたときから、参加できたら嬉しいなと思っていました。脚本をもらって読んだときに思い浮かべたのは、僕の大好きな『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。ちゃんと乗り越えられない人たちの物語というか。共通点を感じました。
――父親役を川瀬陽太さんにオファーした理由と、現場での川瀬さんとのやりとりで印象深いエピソードがありましたら教えてください。
秋葉 かつて学んでいた京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)での授業の一環で川瀬さんがいらっしゃって、そのときから交流がありました。それから、2021年頃にある現場で親子役で共演した際に再会したんです。ちょうど『ラストホール』のシナリオハンティングを準備していた時期でした。自分の父親を演じてもらうのは川瀬さんしかいないと思い、撮影が終わったあとにお願いをしました。現場で印象的だったことは……カット割りですね。事前に段取りを決めた想定のカット割りがあったんですが、川瀬さんが演じることによって、割るところはこっちだったんだ!と気づく。俳優によってカット割りが変わってくることを知れたし、現場では川瀬さんのおかげで柔軟に対応することができました。
――作品の作り込みについてもうかがっていきます。本作で印象深いのが色です。特に赤。服装やタバコの箱、ライト、そして夕日と朝焼け。色合いにはかなりこだわったのでしょうか。
秋葉 暖かい陽射しのイメージなど、脚本にも光についての描写は結構ありましたね。自分の記憶に残っている場面で、そういう色合いの記憶が多かったんです。トンネルの照明も白じゃなくてオレンジだったり。そういった色濃い記憶を取り入れていったら、結果として赤の印象が強くなったのかな。
――なるほど。赤々としたライトが照らすダンスシーンも情熱的に見えつつ、おぼろげな記憶が持つやわらかい暖かさも感じられました。主人公はダンサーという設定ですが、これはどういった理由で?
秋葉 私が元々ダンスをやっていたこともあり、自分ができる身体表現としてダンサーという設定になりました。脚本でも、描写の多くを台詞で説明することは意図的に排除したんです。
――銭湯のロッカー前でつい踊ってしまい、番台の女性に実は見られていて恥ずかしがるシーンがよかったです。ああいった場面は実際にそれをやり続けてきた人じゃないと、なかなか思いつかないんじゃないでしょうか。続いて、主人公たちが乗る軽トラックについてうかがいます。あの車がもうひとりの旅の同行者といってもいい強い存在感でした。
秋葉 暖の父が闘病を経て緩和ケアが終わり、終末を迎えるため家に帰ってきた設定なんですけど、病院から帰ってきた描写をする際、軽トラに荷物を載せている場面が浮かんできました。また、何か思いを乗せて走ることを言葉で説明せず撮るためにはどうしたらいいか、そういったことも考えていったところ、軽トラになりました。
――軽トラの撮り方も前、横、後ろと様々なアングルで面白かったです。途中の長回しも印象的でした。夜の道の奥に軽トラが止まっていてライトがついている。暖と壮介が話しながら画面手前に向かって歩いてくる。そのあと、後ろの軽トラまで戻り、発車させて去っていく。そこのシーンで、それまであまり本心を表に出してこなかった暖が泣き笑いのような顔で感情を吐露しており、物語の重要な転換点に思えました。
秋葉 元々そんなにカットを割る想定はありませんでした。時間的都合から一発で撮ることになったけど、結果的に長いストロークを体感することであの芝居が生まれたのかな。自分の中でもどうなるかわからないシーンのひとつだったので、意図と偶然のかけ合わせですね(笑)。
田中 暖の父について直接的に初めて語る大事なシーンでしたから、ドキドキしましたし、現場ではどうなるかわからなくて緊張してました(笑)。
――”食べたいものリスト”に出てくる食べものが、ラーメンもあれば中華まんやパンもある、そんな何気ない感じがよかったです。カレー焼きそばなどのチョイスも独特ですね。
秋葉 実際に父が好きだったお店のメニューがカレー焼きそばだったんです。リストの選定は本当に父が書いていたものですけど、実際のお店で撮影することは難しい場合もあり、そのときは東京で探した別のお店で撮影しました。
――秋葉さんは京都造形芸術大学をご卒業されております。同年代の阪元裕吾監督(『ベイビーわるきゅーれ』等)、工藤梨穂監督(『オーガスト・マイ・ヘヴン』等)も同じ大学の出身ですし、今年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で国内長編コンペティションのグランプリを受賞した『折にふれて』の村田陽奈監督も。俊英たちが巣立ってますね。秋葉さんは俳優コースだったかと思いますが、大学での印象深い学びは?
秋葉 水上竜士さんからはスタニスラフスキー・システムなどの芝居のメソッドを教えてもらいました。鈴木卓爾さんの授業はちょっと変で、俳優を芝居の場に入れて「ここは電車です。何もしないでください」みたいなことを言ってきたり(笑)。芝居って自由なんだと。こんなに自由に息ができるなんて芝居は面白い!と衝撃的でした。そこから私の芝居の軸が構成されていったような気がします。
——鈴木卓爾さんも船乗り場のおじさん役で出演していますね。とぼけた、いい味わいでした。続いて、踏み込んだ質問をさせていただきます。誰かや何かを失くした、あるいは自分が傷ついた経験を元にした作品では、制作のプロセスを通して、作り手の中での感情の浄化が起きるなど、一種の心理療法的な効果があった話を聞くことがあります。今回の『ラストホール』を作り上げたことで、秋葉さんご自身の中で変化はございましたか?
秋葉 そうですね……この映画を撮ったのは変わるためじゃなくて、知りたかったというか。いま、自分のこの体で感じることを残しておかなきゃというタイミングでもあったんです。撮る前はどうやっても父親の死は受け入れられないし、変われないだろうと思っていました。それはネガティブな意味ではないんですけど。それで撮ったあとのことなんですが、撮る前には想像していなかったことが起こったんです。父親はもういなくなってしまったし、直接触れ合うことはできないけれど、完成した作品を観ていただき、感想をもらったりすることで、映画を通してこの愛情は続いていくんだなと。そういうことを経た上で、いままではどうしても消化できない思いを抱えながら芝居をしてきたけど、その形が変わって、これからはより一層、自分の芝居ができるようになるのかな。楽しみでもあります。
――最後に、これから作品をご覧になるお客さんへメッセージをお願いします。
田中 この映画は”秋葉美希”という人間にとって、なければならなかった作品だと思っています。実人生を使って、ここまでやり遂げた。それはすごく意義のあること。やっぱり、喪失は誰にでもあるものですし、それに対して、どうにかしようとするのではなく、自分は乗り越えられないんだなとか、このままでもいいのかなと思える映画なんだと。でも、そんなに重たい話ではありませんから、気軽に観に来てほしいですね!
秋葉 喪失は誰にでもいつかはやってくるし、渦中にいなかったとしても、観てくれた人の記憶の中でどこかで接点をもって、そこに寄り添えるようなものが作れていたらいいなと思っています。観てくれた人の人生の中でそういうことがあったとき、ふいにこの映画のことを思い出してもらえたら。それと……私はこう思うんです、相手のことをすべてわかってあげることはできないなと。自分のことすらわかりきってないのに。相手をわかりたい気持ちはあっても、わかりきるって正解がないなと。それに対して、どれだけ寄り添えるかということなのかもしれません。喪失を抱えた人にも観てほしいですし、日常的な生活の中でも触れられる部分がある作品だと思います。
――お二人とも本日はありがとうございました。この映画を多くのお客さんが味わえることを願っております。【本文敬称略】
『ラストホール』は、2024年9月6日(金)~12日(木)に東京・テアトル新宿、9月22日(日)~23日(月)にテアトル梅田で上映。
出演:秋葉美希 田中爽一郎 高尾悠希 優美早紀 吉行由実 森羅万象 鈴木卓爾 川瀬陽太
監督・脚本:秋葉美希/撮影:松田亘/照明:藤井光咲/録音・整音:竹内勝一郎/助監督:可児正光
制作:鹿江莉生/宣伝デザイン:喜多美織/宣伝協力:工藤憂哉/音楽:春木真里
2023年/71分/G/カラー/日本/ARTS for the future!2 助成作品