秘宝秘史3 宇宙人は必ず存在します。『宇宙探索編集部』と秘宝探索編集部
現在、全国順次ロードショー中のコン・タージャン監督の『宇宙探索編集部』は、日本でいったら大森一樹や森田芳光、そして何より石井岳龍が成し遂げた新人のプロデビュー作が高く評価された流れと同じように成功した1本だ。卒業制作がそのまま商業映画としてブレイクした『狂い咲きサンダーロード』と同じく、コン・タージャンはコロナ禍の中で2年間シナリオを練り、完成した映画の面白さからプロの映画人も激賛、商業作品として公開され、各国の映画祭でも話題になった。
しかし、そんな凄い映画を僕はノーチェックでいた。体調が極めて悪く、映画に対するアンテナが鈍っていた。そんな最中に番組構成を手伝っていた宇川直宏くんのDOMMUNE MOVIE CYPHERが復活することになり、出演者の高橋ヨシキくん、柳下毅一郎さん、三留まゆみさんにレビューで取り上げる作品をあげてもらった際、柳下さんが「田野辺くんに絶対見てほしい」と一筆プッシュされて『宇宙探索編集部』の存在を教えてくれたのだ。
「絶対に見てほしい」とあれば、これは翌日には劇場に行かなくてはならない。ロビーには映画を観た人たちの賛辞コメントがたくさん貼り出されていた。そのいずれもが「笑ってしまうが最後は泣ける」といったもので、これは『少林サッカー』みたいな汗と涙と熱血のUFO探索映画なのかな? とも思った。それに日本で最後のオカルト雑誌となった『ムー』とのコラボレーションもやっているが、ロゴがチラシに印刷されているくらいで、中国のUFO事情について詳細な情報があるわけでなし、パンフレットを買うとこの映画のモチーフになった中国の空飛ぶ円盤研究雑誌『飛碟探索』(80〜90 年代に世界一売れたUFO雑誌として評判になったが2019年に休刊。嗚呼)についての説明が載っていた。
売れていないUFO雑誌『宇宙探索』の編集長が、山奥に宇宙人が現れたという噂を掴み、編集部を引き連れてドタバタ調査に赴き、遂には第三種接近遭遇……こう書くと燃えるSF的展開に期待してしまうのだが、実際は違った。少なくとも俺の中では。
廃刊寸前の『宇宙探索』編集部で半分廃人のような体裁の編集長のタン(ヤン・ハオユー)はひとり残った編集者のチン(アイ・リーヤー)に「暖房が壊れた!」と文句をつけられる。80年代には宇宙人との遭遇を目指し、UFO景気も良かったが、ブームは去ってしまうとさみしいだけである。チンは編集部のシンボルである宇宙服を新しいビジネスパートナーとして名をあげたアポロ社に売りつけようとする。
「アポロの本当の意味は……」
「あんたは黙ってて!」
廃刊寸前雑誌の編集長の辛いところである。壁に梱包も解かれていない雑誌のストックが置いてある。わかる人が笑うところなのかもしれないが、こちらは観ていてゾッとする。
タン編集長はテレビの砂嵐に宇宙人がメッセージを送ってくると信じている。その砂嵐が乱れたとき、ヨーロッパの天文台からペテルギウス座に異常な反応があり、さらには中国西部の山奥に宇宙人が出現し狛犬の口に嵌めてあった玉が盗まれたという事件が飛び込んでくる。
これはもう行くしかない!
タン編集長はチンとビデオカメラマンのナリス、かつて『宇宙探索』を熱心に読んでいたという若い女性ボランティアのシャオシャオの4人の陣容で事件の起こった村に行く。この展開を監督のコン・ダーシャンはフェイク・ドキュメンタリーの手法で撮っている。映画のノリとしては、コメディSFというより、白石晃士監督の「コワすぎ!」シリーズの作り方に近い。
『宇宙探索』の面々は宇宙人の死体を保存しているというオヤジに不出来なモデルを見せつけられ、大いなる空振りをしてしまう。しかし村の放送係をしている、頭に鍋を被った少年スン(演じるワン・イートンは本作の共同脚本も務めた)に導かれるように空飛ぶ円盤の墜落地点へあれこれドジを踏みながら近づいていく。果たしてタン編集長は空飛ぶ円盤と宇宙人に遭遇することができるのか!
『三体』のブレイク以降、中国のSFの認知度も上がり、空飛ぶ円盤と宇宙人というテーマも、超常現象にうるさい中国共産党の厳しい目線を逃れることができたのだろう。コン・ダーシャンはその意味でもラッキーなスタートを切ることができた。何しろUFOというSFガシェットをテーマに不思議な映画を撮ることができたのだから。さらに加えるなら、『宇宙探索編集部』は潰れる寸前の雑誌の編集部が最後のあがきを見せる、『グッドバイ・バッド・マガジンズ』に通じる出版残酷物語でもあるのだ。
『宇宙探索編集部』の魅力を、先に「コワすぎ!」シリーズに喩えたが、もう1本、同じ心意気を持って作られた映画があった。アレックス・コックスの『レポマン』だ。宇宙人の死体を積んで走るシボレー・マリブの強奪戦を繰り広げるレポマンたちもどこかで人生に引っかかっている。その中でスリルと金がきっかけにレポマンになったエミリオ・エステベスと運転免許を持っていないはぐれレポマンの2人がUFOと化したシボレー・マリブに乗り込み、ロスの夜空を駆け巡り、宇宙へと旅立って行く。タン編集長は最高の車シボレー・マリブには乗れなかったが、河原で出会ったロバの背中に乗ることができた。疾走するロバにまたがり、空飛ぶ円盤の墜落地に向かって疾走するタン編集長。その嬉しそうな顔。『レポマン』でマリブに乗ることができた者はUFOに選ばれている。『宇宙探索編集部』でもタン編集長は遂に選ばれたのだ。確かにこの瞬間、猛烈に感動するのだ。散々な目にあって取材の旅に出て、いよいよ宇宙人に会えるかもしれないという高揚感はハンパではない。俺だってロバに乗れるんだ。
そう思えるほど、この映画は細かいところでリアルを醸し出すのだ。例えばビデオカメラマンのナリスは何かあるごとにストロング・ゼロみたいな酒をがぶ飲みしている。俺はこれと同じ人種がいることを知っている。『映画秘宝』で編集長をやっていたとき、映画だけじゃこの世の中に穴を開けられないと思って、スキあらばオカルト・ネタを盛り込んでいたからだ。
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?