見出し画像

第23回東京フィルメックス取材。審査員特別賞受賞の韓国映画『Next Sohee』が描く若者の孤独。「なぜ一人で死ななければならなかったのか」と監督が思いを語った


審査員特別賞を受賞した感想を述べる、監督のチョン・ジュリ

取材・文:後藤健児

 第23回東京フィルメックスのコンペティションに選ばれた、チョン・ジュリ監督の韓国映画『Next Sohee(英題)』。11月5日、映画祭の上映会場となる東京・有楽町の朝日ホールで行われた授賞式にて、本作が審査員特別賞を受賞した(ダビ・シュー監督の『ソウルに帰る』との二作受賞)。
 これに先立つ11月2日の上映後、Q&Aが行われ、登壇した監督のチョン・ジュリが本作に込めた思いを観客に伝えた。
『Next Sohee(英題)』が描くのは、韓国社会で若者が直面している労働問題。韓国では、高校生を搾取する現場実習制度が社会問題化している。就職率を上げるため、本人の適性など構わず人材派遣会社さながらにどんな過酷な現場でも送り込む学校側と、無垢な若者を正規スタッフ以下の低賃金で働かせる企業側、そして、その関係を黙認する行政。就職難の中、家族にも相談できず、大人のような判断力もない若者たちがいいように使われ、心身を壊されているあまりにも悲惨な実態。そのような労働搾取が横行する状況下で実際に起こった、10代のある一人の若者の自殺事件から着想を得たのが本作だ。
 チョン・ジュリが東京フィルメックスの舞台に立つのは二度目。2014年に発表した長編第一作となる、ペ・ドゥナ主演の『私の少女』は、第15回東京フィルメックスで上映された(『扉の少女(仮題)』というタイトルで上映)。新作を携えたチョン・ジュリは「再びここを訪れることができて、うれしく思っています」と8年ぶりにこの映画祭に帰ってきた喜びを口にした。それから、本作の制作経緯について話しだす。数年前、コールセンター会社で実習中だった高校生が死亡した事件が起こり、それを元にした映画化企画を提案されたことがきっかけだったという。しかし、チョン・ジュリは当時そのような事件が起きたことを知らなかった。「当時の韓国は大統領の弾劾に(自分を含めた)国民の関心が集まっており、その中で起きた事件でした」と語る。当時は知らなかったが、提案されたことを機に、その事件について調査を重ねていったという。
 本作の前半パートは高校生のソヒを中心にして展開される。明るく勝気な性格で、ダンス好きの活発だった少女が、実習先として派遣されたコールセンターでの過度な実績圧迫、顧客や上司からの度重なる罵倒、そして見合わない賃金による労働搾取で疲弊し、笑顔を失っていく様子が綴られる。キャラクターの細かな設定などは創作されているが、コールセンターの壁に掲げられたスローガンや勤務をする席の状況などのディテールはできるかぎり事実に基づいて作ったそうだ。
 ソヒ役には、多くの人にとって馴染みのある役者ではない、新たな顔となる人物を探していた。そのため、長期的なオーディションを覚悟していたそうだが、助監督から紹介されたキム・シウンに会ってすぐ、彼女に決めたという。はじめは軽い気持ちで会い、特にオーディションもせず、会話をしただけだったというが、キム・シウンが発した言葉がチョン・ジュリの心を捉えた。「彼女はこう仰いました。”この話は必ず映画化したほうがいい”、”ソヒという人物を世の中に絶対に知らせたほうがいい”と。”私だったらうまくできる”というようなことは言いませんでした。そして、他にもいろいろ彼女と話をし、自分の知らない間にソヒ役にはこの子しかいないと思うようになりました」とキム・シウンに魅了されたことを明かした。
 後半からはもう一人の主人公である、ペ・ドゥナ演じる刑事ユジンが登場。観客はユジンの捜査過程を通して、彼女と共に、労働搾取のさらなる深い闇を知っていく。現実の社会において、ソヒのモデルとなった人物だけではなく、多くの若者が現場実習という制度の名の下に、悲惨な目に遭っていることを、労務士などが声を上げて問題提起していったそうだ。「そのような方々に尊敬の念を抱き、それを形として表したのがペ・ドゥナさん演じる刑事ユジンだった」と語った。
 ペ・ドゥナのキャスティングについて。刑事のキャラクターは当初からペ・ドゥナを念頭に置いてシナリオを執筆していたという。後半をリードする第二の主人公となるが、「説明なく途中から登場しても、最後まで観客をひきつけることのできる俳優はペ・ドゥナさんしかいない。ペ・ドゥナさんであれば、自分が思っている以上のことをやってくれるだろうと信じていた」と振り返った。シナリオを書き終えたあと、まっさきに送った相手がペ・ドゥナだったという。彼女と会ったときのことを語る。「私の心の中に入ってきたのかなと思うくらいに、自分がどのように作品を作っていきたいのかを、シナリオを読んだだけで全部把握されていた」とペ・ドゥナの洞察力に驚いたそう。続けて、「再びペ・ドゥナさんと一緒に仕事をすることになって、私としては本当に光栄だなと思いましたし、この映画にとっても非常に素晴らしいことだったのではないかなと思いました」とコメント。
 タイトルの『Next Sohee』には本作で描きたかったことが凝縮されているという。それは、ソヒのような弱い立場にいる人たちのことだ。「未成年者であったり、実業系の高校に通っているような、社会的に弱い立場にいる人たちが、なぜ一人で死ななければならなかったかを扱っています」と監督からの思いが観客に伝えられた。
 そして、11月5日、授賞式で審査員特別賞が授与された。審査員の一人、映画プログラマーのキキ・ファンが本作について、「企業文化や資本主義が効率や経済的成果を追求する冷酷な世界では、人の命やその他の価値がどのように犠牲になっていくかが考察されることで、人を搾取するメカニズムに光が当てられている」と評した。
 チョン・ジュリは11月2日の上映後、韓国に帰っていたそうだが、受賞の知らせを聞いて、再度来日したという。笑顔で喜びをこう語った。「シナリオを書いて、撮影をして、編集をしているときには、ここ東京フィルメックスに来て、皆様と会えるとは想像もしていませんでした。韓国社会に限られる小さな話だと思ったからです。しかし、この前、この場で上映されまして、観客の皆様が心から共感して映画を観てくださり、その姿を見て、感動しました」。続けて、「この映画に着手した瞬間から、完成して、いまここに至る瞬間まで、私の最も力強い同志であり、最高の俳優であるペ・ドゥナさん、そして、私と最初に会った瞬間からソヒそのものの姿で会ってくださいましたキム・シウンさんにこの光栄を捧げたいと思います」と満面の笑みを浮かべながら、二人のキャストへあふれる感謝の言葉を口にした。
 最後には「私の映画の中で描かれている悲しみよりも、もっと惨憺たる現実があり、私は映画祭の間、ずっと心を痛めておりました。今日いただきましたこの格別な感激に勇気をもらい、そして私たちを結びつけてくれた映画の力というものを信じ、韓国に戻りましたら、自分のいる場所で全力を尽くして映画を作っていきたいと思います。本当にありがとうございました」と述べた。

 第23回東京フィルメックスは10月29日から11月6日まで開催。以下、受賞した各作品。

■最優秀作品賞:『自叙伝』(マクバル・ムバラク監督)
■審査員特別賞:『ソウルに帰る』(ダビ・シュー)、『Next Sohee(英題)』(チョン・ジュリ監督)
■スペシャル・メンション:『ダム』(アリ・チェリ監督)
■学生審査員賞:『地中海熱』(マハ・ハジ監督)
■観客賞:『遠いところ』(工藤将亮監督)
■タレンツ・トーキョー・アワード:『Forte』(ソン・ヘソン監督)

こちらもよろしかったら 町山智浩アメリカ特電『イニシェリン島の精霊』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?