【独占インタビュー】男二人のやるせない会話劇が気づけば異次元の領域へ! 怪奇で奇天烈な2作のビヨンド映画を手掛けた石川泰地監督の特集「一部屋、二人、三次元のその先」がテアトル新宿で上映!
タイトル写真:テアトル新宿でポスターの前に立つ石川泰地監督
取材・文 後藤健児
昨年、第 45 回ぴあフィルムフェスティバルで『じゃ、また。』が映画ファン賞(ぴあニスト賞)を受賞した、新鋭監督・石川泰地。過去作『巨人の惑星』に続いて、本作もまたアパートの一室を舞台に男二人のしょぼくれた会話劇がいつしかSF的展開の様相を見せ始め、果ては次元を超えたその先を垣間見せるビヨンドなインディーズ映画だ。この2作が「一部屋、二人、三次元のその先」と題した特集企画として5月3日より、石川がスタッフとして働いてもいるテアトル新宿で上映される。このたび、石川にインタビューを行い、創作の原点に迫った。
25分の短編『巨人の惑星』は無気力に暮らす男・ホンダ(国本太周)の住むアパートに大学時代の友人・カワイ(石川泰地が演じる)が訪ねてくるところから始まる。唐突にホンダが口にしたのは“巨人”の存在。彼によれば、皆は気づいていないが、この世には巨人が確実に存在し、我々人間ごときは蹂躙されるしかないのだという。ホンダは狂っているのか? しかし、彼との問答を繰り返すうち、カワイの価値観は揺らいでいく。そして、二人は“それ”の存在を感じ取る……。
アパートの一室というミニマムな世界が4:3のスタンダードサイズでさらに狭められた印象を与える。だが、そこで言及されるのは巨人というスケールの大きな超次元の存在であり、その対比が面白い。もはや人間ではなくなってしまったかのような現実感のない雰囲気を漂わせる友人がメフィストフェレスよろしく、平凡な男をあちらの世界へ誘う。会話の端々に漂う男二人のやるせなさには、いましろたかしの漫画『デメキング』を想起する。PFF アワード 2021に初入選を果たした、意欲作だ。
そして、密室の会話劇が異空間に突入していくスタイルをより深化させたのが、52分の中編『じゃ、また。』。大学も卒業しないまま引きこもり生活を続ける男・ナリヤス(石川泰地)のもとに、学生時代の映画サークル仲間だったシュウタ(国本太周)がやってくる。異様な雰囲気をまとい、つかみどころのないシュウタの態度や言動に戸惑うナリヤスは、いつしか部屋全体も何かがおかしいことに気づく。どこからか聴こえてくる東京音頭をBGMにねじれる時間と空間の中、脳裏に去来するのは完成しなかった映画のこと。シュウタの来訪が、固定された人生を生きるナリヤスに変化を与える……。
『巨人の惑星』の硬質なハードSF感から一転、郷愁を感じさせるオレンジの陽射しが差す畳張りのアパートで、またも男二人のオフビートなダイアローグがじわりじわりと未知の世界への扉を開けていく。石川がコロナ禍で感じた死生観が多分に反映された本作は、それまで常識だと思っていたものがいとも簡単に崩れてしまう不安感を描出。突如、差し挟まれる怪談話のパートはユーモラスでありながら、うすら寒い厭世観にも覆われていて怖い。写真家、映像カメラマンの新藤早代による撮影とグレーディングがもたらした功績は大きく、狭い室内をカメラが縦横無尽に動き、始点を変え、その時々のキャラクターの印象に合わせて画面の色合いも変容する。“すこし・ふしぎ”と“かなり・ふしぎ”の境界線を這う、新しいセンス・オブ・ワンダーな映画だ。
そして、特集上映を控えた4月、石川監督にインタビューを行った。
(2024年4月、東京・テアトル新宿にて)
――1995年生まれということですが、幼少時における映画の原体験は?
石川 ピクサー映画が好きでしたね。物心つくかつかないかの頃に『トイ・ストーリー』のVHSを観たのが最初の体験です。100回くらいは観たような(笑)。そのあともピクサー作品は欠かさず観てました。実写ではテレビの洋画番組でスピルバーグやシュワちゃんなどを。
――映画の他には?
石川 子供の頃から怪談好きで、「学校の怪談」シリーズの本は小学校の図書館にあったものを片っ端から読みました。テレビでも「ほんとにあった怖い話」や「世にも奇妙な物語」、それに「怪談新耳袋」とか。
――その頃に吸収したものが時を経て、映画づくりの作風に反映されていくわけですね。映画の世界に関わろうと思ったきっかけは?
石川 一番最初に映画監督になりたいと口にしたのは10歳の頃ですが、そのときは子供の夢で。ただ、言った手前、それに縛られるというか、漠然とした思いはずっとありましたね。大学生になってから映画サークルに入って、映画を作り始めました。
――是枝裕和監督、映画研究者・土田環さんから制作実習の指導を受けたとか。
石川 そこで自分の企画が通りました。
――『亡霊は笑う』と題された32分の短編ですね。幼い息子と暮らす売れない芸人の男が主人公の物語。黒沢清監督テイストのゾクっとする幽霊描写も出てきます。そして、題字を手掛けたのは稲川淳二さん。
石川 『泣く子はいねぇが』の佐藤快磨監督が授業の見学に来られたとき、企画の相談をしたら、その人にしかできない企画のほうが強いでしょうと助言をいただいて。自分が人より多少好きなものはなんだろうと思ったときに、お笑いと幽霊かなと(笑)。
――早稲田松竹でも上映され、好評を博したと聞きます。
石川 それまでは無邪気に自主映画を作っていたんですが、是枝監督や土田さんら年上のプロの方からの言葉をいただいて、映画づくりの難しさがわかりました。悔しくて、これで終わりたくないなと思ったりもしたんですが、そのときはまだ映画監督としての腹は括れていませんでした。
――宣伝のお仕事などもされたあと、テアトル新宿のスタッフになられます。
石川 お客さんとしてもよく来ていた思い出深い映画館です。仕事内容はチケット売りから飲食やグッズ販売、掃除や入れ替え、映写機の立ち上げなどなんでも。過去に大きなシネコンでの勤務経験もありましたが、ミニシアターはやらせてもらえる範囲が広くてとても楽しい。あと、山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京事務局でも働いています。先輩方の皆さんによくしていただいて、これも本当にやりがいがあります。
――創作のご活動では、東京フィルメックスで「縊の木(くびれのき)」が「New Director Award」のファイナリストにまで残ります。タイトルからして素晴らしいですね。
石川 ゴリゴリのホラーです。「怪談新耳袋」の「柿の木」(目にしていると首を吊りたくなる木の話)のアイデアをもとに、異様な木が生えた団地を舞台に、そこに住む人々が翻弄されていくお話。
――「柿の木」版『カリスマ』みたいですね。いつか何かしら形になることを願います。そして、今回の特集2作につながっていくわけですが。
石川 今回の上映作はどちらも同時期の着想でした。コロナ禍での緊急事態宣言が明けた直後くらいに、アテネ・フランセのペドロ・コスタ特集を観て、映画を作りたいという気持ちが爆発したんです。ただ、コロナ禍の状況下でもあるので、少人数で作れる内容はなんだろうと考え、密室での二人の会話劇、さらに映画的に面白くなる要素をそれぞれに思いつきました。子供の頃から怖い話や不思議な話が好きだったので、そういった要素を。
――国本太周さん演じる、友人の得体の知れなさが不気味です。この世ならざる存在というか。
石川 彼は高校の同級生で、以前から作品に出てもらっていました。彼の芝居は特徴的なところがあって、そのある種の不自然さがプラスに働くような役をあて書きしました。
――4:3のスタンダードサイズが面白いです。
石川 二人っきりの密室の会話劇で、狭い中に情報が詰め込まれている圧迫感が内容とリンクするかなと。
――前半のブルー調、後半のオレンジ調のカラー対比も印象的でした。
石川 照明を作り込んだりはできなかったんですが、その中でもインパクトを出そうと考えたとき、振り切った色にしてしまおうと編集した結果です。
――突然、主人公の頭部にビニール袋が被せられるスラッシャー風味な演出にゾクゾクしました。
石川 どこかでアクションを入れたくて。拷問シーンのある映画からの影響が強いかもしれません。
――マーラーの「巨人」が流れます。クラシックへのこだわりが?
石川 怪獣映画っぽくしたかったんです。巨人に対する恐怖の原点は54年版の初代『ゴジラ』。自分の中では密室の会話劇で怪獣映画を作れないかなという挑戦でした。でも、いちから作曲するのは大変なので、いろいろ探しているときに見つけたマーラーの「巨人」がマッチしました。
――『じゃ、また。』のお話をうかがいます。映画サークル仲間の話ですが、自伝的要素もあるんでしょうか。生き死にに関するシリアスな内容でもありますけれど。
石川 描かれていることを実際に経験したわけではないんですが……コロナ禍に自死で亡くなっていく人のニュースを多く聞いて、それをどう受け止めて生きていけばいいんだと当時、悩んでいたんです。その中で、何食わぬ顔して生きていけるのかと考えていたときに、この作品を作ろうと思いました。自死してしまった人がいる、という事実を知った上で、まだ生きている我々は明日からどう生きていけばいいのか、大きな問いを立てたはいいけど、それに対する大きな答えを出すのは難しい。自分の話にすることでしか誠実な形にはできないのではないかと。
――結果としてパーソナルな要素も含んだ内容になったんですね。続いて、技巧的な部分についてもうかがいます。色使いやコントラストも『巨人の惑星』からさらに深化している気がします。
石川 『トイ・ストーリー』は人間視点だと狭い範囲の話なんですが、おもちゃたちが大冒険をしている感じがするのはなんでだろうと考えたときに、アンディの家やシドの部屋などシーンごとにトーンの異なる色合いを見せてくれるからなんだろうなと思って。そのテクニックを自分でも取り入れ、同じ部屋の中でも色合いを工夫しました。
――『巨人の惑星』ではクラシックが効果的でしたが、こちらの作品では「東京音頭」が印象深く耳に残ります。
石川 実家の目と鼻の先に神社がありまして、夏祭りのときは盆踊りの音楽が自分の部屋にいても聴こえてくるんです。僕にはそれが当たり前のことだと思っていたんですが、わりと最近になって、それが特殊な環境だったと気づきました。僕にとっての夏の原風景を再現したかった。あとは映画全体で丸くて回るもの……時計や扇風機、人生ゲームのルーレットなどが出てくるんですが、盆踊りも回るものなので、つながるかなと。
――本作は”時間”が重要なテーマのひとつです。
石川 コロナ禍でテアトル新宿が二か月間休業していたとき、他にアルバイトもしていなかったので、ずっと家にいました。そうしたら、時間の感覚が狂ってしまって。毎日同じことをして、自分がタイムリープしているような感覚になった経験を表現しようとしました。引きこもっている人の生活ってまるでタイムリープもののようなんじゃないかと思ったんです。
――今後についても教えてください。第2回講談社シネマクリエイターズラボで、応募総数1,126企画の中から選ばれた3企画の中に入りました。
石川 面談もあったのですが、企画の内容だけでなく、撮影現場で監督として仕事を全うできるかどうかも見られていると感じました。そういったところの評価は『巨人の惑星』や『じゃ、また。』など、これまでに積み上げきた経験があったからこそですね。
――企画された作品タイトルは『エンパシーの岸辺』。可能な範囲で内容を教えていただけますか。
石川 次は女性二人が主人公で、部屋からは出ます(笑)。でも、車中での会話劇なんです。移動する車内に変わりますが、密室での会話という点では、今回の2作から構造を引き継いでいると言えます。
――密室での会話劇の他にやりたい作風などは?
石川 本気でホラーに挑んでみたい気もありますし、明るめの作品もやりたい。会話劇に関しては、『亡霊は笑う』を上映していただいたときに、観てくださったお客さんからの感想で一番多かったのがコンビニでの会話シーンだったんです。でも、自分としては肩に力を入れずに何気なく書いたもので。当時は意外な反応だと思ったんですが、こういう会話劇が自分は得意なのではと気づかされました。今後も会話劇の方向性も突き詰めながら、大きな規模の長編にもしていければというのが近いところの目標です。
――本日はありとうございました。新作が楽しみですし、特集上映も実りある上映の場となることを祈念しております。
石川泰地監督特集「一部屋、二人、三次元のその先」は5月3日(金)~5月9日(木)、東京・テアトル新宿にて1週間限定上映。
【作品情報】
『巨人の惑星』
脚本・監督・撮影・編集:石川泰地 音響:佐藤恵太 VFX:癸生川稜 出演:石川泰地、国本太周、高取生
2021年/25分/スタンダード/カラー/英題:Planet of the Giants
『じゃ、また。』
脚本・監督・編集:石川泰地 撮影・グレーディング:新藤早代 録音・MA:寒川聖美 音楽:関口諭
出演:石川泰地、国本太周
2023年/52分/ヨーロピアンビスタ/カラー/英題:See You Then.
©Ishikawa Taichi
【本文敬称略】
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