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人生を変える映画体験はある!『ヒストリー・オブ・マッドマックス』著者が記録した「マッドマックス博物館」を作り続ける男のドキュメンタリー『荒野のマッドミュージアム』
『荒野のマッドミュージアム』
Archeologist Of the Wasteland
2019年/55分/フランス
監督 脚本 メルヴィン・ゼッド
出演 エイドリアン・ベネット、マックス・アスペン、デニス・ウィリアムズ
1月25日、立川シネマシティ・シネマ2にて、日本中の『マッドマックス』ファンが集う「マッドマックス・コンベンション」が5年ぶりに開催された。K&Bパブリッシャーズより刊行された『マッドマックス』研究書『ヒストリー・オブ・マッドマックス』の著者メルヴィン・ゼッドをゲストに迎え、1979年に上映されたオーストラリア英語版『マッドマックス』と、メルヴィンが製作したドキュメンタリー『荒野のマッドミュージアム』(原題:Archeologist of the WASTELAND)が上映され、「マッドマックス・コン」主催のマクラウド白石氏とメルヴィンとのトーク・セッションも行われた。
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今回のコンベンションは『ヒストリー・オブ・マッドマックス』刊行記念でもあり、またアシェットから1/8スケールのフォード・ファルコンXB GTのモデル発売の告知も行われた。これは『マッドマックス』に登場するインターセプターの組み立てモデルなのだが、“マッドマックス”の呼称は入らない。白石氏によると「1作目に関しては著作権がとても複雑で、その壁は高く、クリアが大変」なのだという。これはアメリカで発売されたミニカーも同様で、“マッドマックス”の呼称のかわりに“LAST OF THE V8”フォード・ファルコンの商品名で発売されていた。ジョージ・ミラーと故バイロン・ケネディによって作られた最強のインディーズ映画としての『マッドマックス』ゆえに出てくる問題でもある。
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『マッドマックス』をはじめ、世の中には観客の人生を大きく変えてしまう映画が存在する。ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』やトビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』、セルジオ・レオーネの『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』といったマスターピースだ。日本での『ゾンビ』人気は1979年の日本オリジナル・オープニングをファンがクラウドファウンディングで再現した。『悪魔のいけにえ』が創造の起点になったクリエイターたちにインタビューした『The Chain Reactions』や、『続・夕陽のガンマン』を愛好する世界中のファンが映画のクライマックスとなる墓場サッドヒルを撮影現場に再現してしまう『サッドヒルを掘り返せ!』は東京国際映画祭で上映された。
これらの映画に記録された人たちのように、イギリスの工業都市で生まれ育ったエイドリアン・ベネットはもともとがバイク少年だったが、『マッドマックス』と『マッドマックス2』の2本立て上映に誘われて、人生をウエストランドに生きることに決めた。彼は『マッドマックス2』でパッパガーロが立て籠る製油所があった場所にまだ撮影遺物が残っていると信じて地面を掘り起こす。そしてこのマニア魂の執念が“あるもの”を発見する。ヨーロッパ中から応援が集まってサッドヒル墓地を再現する『サッドヒルを掘り起こせ!』と共通する熱意が記録されている。映画ファンにとって夢のような奇跡が刻まれたドキュメンタリーだ。
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『ヒストリー・オブ・マッドマックス』は膨大な資料と図版が封じ込められたような432ページの宝物のような書籍だ。
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当日の話題にも出たが、メルヴィンは『マッドマックス2』『マッドマックス サンダードーム』の3部作の1冊目として10年をかけて本書を書き上げた。そこには子供時代に『遊星よりの物体X』をスクリーンの後ろから耳を側立てて聞いていた幼い日のジョージ・ミラーが如何にしてフィルム・メイカーになっていったかが細部にわたって語られる。ミラー&ケネディが注目を集めた『映画における暴力 パート1』についても詳しく記載されている(日本では2021年のカナザワ映画祭で一回のみ上映された)。これは映画制作当時に流行していたペキンパーの暴力西部劇やマカロニウエスタンが精神に深刻な影響を与えるという話題を医療フィルムのパロディとして描いたものだが、バイロン&ケネディが主張した映画の影響力は『マッドマックス』を体現する魅力そのものになっている。
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今回上映された『荒野のマッドミュージアム』の主人公エイドリアン・ベネットは『マッドマックス2』に魂を奪われ、この映画に家族ぐるみで取り込まれていき、遂にはイギリスからオーストラリアの撮影現場に移住。そこで小さな村の住民たちから映画関係者まで協力が集まり、世界中のマッドマックス・ファンの聖地になっていく過程をメルヴィンが55分のドキュメンタリーにまとめた、現象としての『マッドマックス』の貴重な記録となっている。
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上映後のトークでメルヴィンと白石氏が著作についての話から日本の吹替版が面白かったことなど様々な話題が披露されたが、やはり最もエキサイティングだった発言はメルヴィンが『マッドマックス2』本の執筆に取りかかっていることで、当時のスタントマンへの取材や撮影資料の提供もあり、また濃厚な“マッドマックス”書籍が生み出される時間が近づいてきたことである。
対して白石氏も自ら発行している「季刊マクラウド」で『マッドマックス:怒りのデス・ロード』をめぐるプロモーションや若い層のファンがたくさん生まれた2015年を振り返るVol.23「フューリーロード2015〜マッドマックス狂騒記〜」と『マッドマックス:フュリオサ』についての再検証と1985年に人気を集めたアクション・ヒーローの話題といった内容のVol.24『フュリオサ 2024』の2冊のZINEを刊行している。こちらは現在、ネットショップ「マクラウド」のBOOK販売ページ
https://www.macleod.jp/category/product/books/
で購入可能だ。共にそれぞれの時代に刻印された映画をはじめとするサブカルチャーを丁寧に拾い集めていく白石氏の活動姿勢が興味深い。
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ちなみに25日に白石氏よりご恵贈いただいた季刊マクラウドの最新刊Vol.25「ゾンビのいないゾンビ映画〜無人の街と心地よい破滅〜」(電子版あり)は極めて興味深い内容になっている。『トリフィド時代』を映画化した『人類SOS』やロメロのゾンビ・サーガの精神的支柱となっているリチャード・マシスンの『地球最後の男』、日本からは『吸血鬼ゴケミドロ』から漫画『ワースト』『少年の街ZF』といったコミックまで、人類滅亡をテーマにした作品を振り返り、まとめ直した1冊だ。
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この本のキーワード“心地よい破滅”は我々が『マッドマックス』に惹かれる感情に通じていることがわかる。『マッドマックス』で流れているエンジンの爆音から無線のノイズまで、映画の前半は凄まじい轟音が流れているが、「今から少し前」の未来には破滅が忍び寄っている。これもまたゾンビが出ないゾンビ映画として一本のルートにつながっている。今回のコンベンションに参加できなかった人も『マッドマックス』観に新しい刺激をくらう「ゾンビのいないゾンビ映画〜無人の街と心地よい破滅〜」を読むことをお勧めする。(田野辺筆)