嘱託殺人でつながった男女3人による魂の彷徨。『YUMENO ユメノ』から17年を経て、新作長編『TOCKA [タスカー]』で鎌田義孝監督が描きたかったものとは
ある理由で死にたがる男と、彼の事情を知り、その願いを叶えてやろうとする2人の男女。北海道を舞台に、彼らが織り成す物語『TOCKA [タスカー]』。2月18日、東京・ユーロスペースでの公開初日、上映前舞台挨拶に、監督とキャストの面々が登壇し、作品の見どころを語った。
北海道、オホーツク海岸の街でロシア人相手の中古電器店を営む孤独な男・章二は死を決意している。だが、彼は自死ではなく、”殺される”ことを望んでいた。章二が自殺サイトに書き込んだ殺人依頼に反応したのは、夢破れて故郷に戻ってきた、生きる意味を失った女・早紀。二人は偶然に知り合った、廃品回収業の青年・幸人と共に、北の大地を彷徨う。希望が潰え、夢すら見られない者同士が、それでも、もがいた末にたどり着いた場所とは。
企画・監督・脚本を務めた鎌田義孝は北海道名寄市出身。1991年に、テレビ東京の深夜番組『水着でKISS ME』で演出家デビュー。その後、テレビドラマやドキュメンタリーなどの多数の番組に携わり、97年よりフリーランスに。サトウトシキ、瀬々敬久らの下で映画演出を学び、98年に『若妻 不倫の香り』で商業映画を初監督。2005年に発表した監督・脚本作『YUMENO ユメノ』(共同脚本:井土紀州)はモントリオール世界映画祭ほか、各国の映画祭に出品された。それから17年後に撮影された『TOCKA [タスカー]』が新作長編となる。
ある殺人事件を通して、3人の若者による心の旅路を描いた『YUMENO ユメノ』に続き、『TOCKA [タスカー]』でも形は違えど、”殺人”により奇しくもつながった3人の男女が北海道の大地を彷徨う。両作品共、実際に起きた事件を基にした点も共通している。『TOCKA [タスカー]』の企画・脚本協力にも名を連ねている、井土紀州が脚本を手掛けた、1997年の作品『黒い下着の女 雷魚』(監督:瀬々敬久)では、北関東の寂しい土地を舞台に、うらぶれた者たちが物言わぬ鬱屈を抱え、もがく様が描かれていたが、『TOCKA [タスカー]』も90年代のピンク映画を思わせる寂寥感が画面に充満していた。16ミリフィルムで撮影し、あえてモノラル音声での仕上げにこだわり、クリアさを排した作りからは、登場人物たちの体をまとうやるせなさが残滓となってまぶされたように感じられ、その粒子のザラつきが味わい深い。
2006年頃に企画を考え始めてから、長い時間をかけてようやく完成させたという鎌田が、東京での公開初日を迎えた感想を語る。「北海道の根室、釧路、室蘭で撮影しました。企画を考えている時間がすごく長くて、いろんな方に助けられ、やっとここまできた。撮影も低予算だったから厳しい状況でしたが、スタッフ、キャストの方々に助けられて、なんとかたどり着いたという感じです」とコメント。その言葉からは苦心の跡がうかがえた。
主人子の”死にたがる男”章二を演じたのは金子清文。1984年に初舞台を踏み、以降、発見の会や大人計画などの舞台をはじめ、映画、ドラマにて活躍。映画化もされたテレビドラマシリーズ『深夜食堂』に準レギュラーで出演。本作が映画初主演となる。一切の希望を失った、世捨て人のような男を険しい顔で演じながらも、時折に見せる、間の抜けた仕草には愛らしさすら感じさせる。登壇した金子は口を開くや、「どんよりした映画なので、明るい服を着てまいりました」と言い、観客を笑わせた。「18歳でアングラ俳優を始め、40年目で初主演映画を撮っていただきました。40年に一回だと、次は97歳なので、最初で最後の主演映画だと思って、観ていただけると」とまたも笑いを交えながらも、本作が自身にとっていかに特別な映画であるかを伝えた。北海道ロケに関する印象深いエピソードとして、「49歳のときに運転免許を取ったんです、マニュアルで。東京にいると運転する機会がないので、撮影でしこたま運転させてもらいまして」と語り、北海道の釧路湿原を車で疾走しているシーンが見どころと紹介。
“死にたがる男”から殺人を依頼される女・早紀役には菜葉菜。自身もまた未来への展望など抱くことができず、心を削りながら生きる女を、芯のある演技で体現。寒々しい地方の土地での、暗い過去を背負った男たちとの関係性には、『黒い下着の女 雷魚』の佐倉萌と伊藤猛のつながりが重なる。かつて、鎌田監督作で初主演を飾った菜葉菜は「17年前、鎌田監督の『YUMENO ユメノ』という作品で、初主演デビューをさせていただきました。こうして、鎌田作品にまた戻ってきて、無事公開を迎えることができ、本当に嬉しいです」と感慨深げに語った。「16ミリのフィルムで撮ったんですけど、根室、釧路、室蘭と独特な風景が刻み込まれています。登場人物が不器用ながらも、もがきながら生きていて、愛おしくもある。登場人物が必死に生きる姿とか、そういうものが映ってると思います」と『YUMENO ユメノ』から17年が経過した北海道の風景と、そこで生きる人々の営みについて触れた。
2人の旅路に同行することになる青年・幸人を演じた佐野弘樹は「映画というものは皆さんの目に届いて初めて完成するものだと思っております。ここまで多くの人に観ていただける機会をくださって本当に嬉しいです」と笑顔で話す。続けて、「テーマは重いですが、作風はそんなことないので、純粋に楽しんでいただけたら嬉しいです」と作品のテイストを説明する。佐野が言うように、嘱託殺人という重いテーマを扱いながら、どこかしらユーモラスな雰囲気も漂わせるのが本作の特徴。鎌田が助監督として奔走した90年代のピンク映画では、実際に起きた事件を基にしていたりとストーリー自体は陰惨でも、そこで右往左往する愚か者たちの滑稽さをときに可笑しさを込めて描いていた。本作での鎌田演出においても、そういった片隅にいる人間に対する、切なくも温かい目線を持った視点で描写されていた。
佐野演じる幸人の妹を演じたイトウハルヒは、本作の東京での上映劇場が渋谷のユーロスペースであることに特別な思いがあったそうだ。「2年くらい前にここ(ユーロスペースが入るビル、KINOHAUS)の地下で初めてオーディションを受けて、東京の初日がここで始まるんだってことに、すごく個人的にも嬉しく思っています。テーマは嘱託殺人ということで重いんですけど、キャラクターの一人ひとりは人間臭さだったりとか、不器用だから空回ってしまったり、愛おしい部分が見られます」と作品の見どころと合わせて語った。
スポーツショップの店員役・小林敏和は「監督の『YUMENO ユメノ』を観ていたので、感慨深い。かつステキなキャストとご一緒させていただき、すごく嬉しく思います」と本作に参加できた喜びを口にした。
取り立て屋役の内藤正記は「俳優陣の芝居ももちろんなんですけど、根室、釧路、室蘭の映像美も贅沢に使われてますので、楽しんでいただけたなら」と他の登壇者と同じく、風景にも注目してほしいことをアピール。
その北海道ロケにおいて、根室と釧路のロケ地めぐりを担当した田中飄は「本編にも中盤で(自分が)出てくるので、観てください」とコメント。
舞台上には、昨年、物議を醸した新作『REVOLUTION+1』を発表した、映画監督・足立正生の姿も。本作に役者として参加した足立が演じたのは、主人公・章二の父親。足立は自身の役について、「世間の全員から恨まれる役なんですね。それは楽しんでやらせてもらいました」と笑みを浮かべて語る。そして、本作に出演したことが、自身の新作にも影響を与えたという。「監督の鎌田さん、俺をわざわざ根室まで呼んでさ、撮影するわけでしょ。なんで俺を呼ぶんだって。今度は(自分が)『REVOLUTION+1』を作るんですけど、助監督もいない中で大変だったんですが、“お前の映画に出たじゃないか、恩を返せ”と、他の仕事やってるのをもぎとって、鎌田さんに助監督をやっていただきました」と秘話を明かした。
また、本作には松浦裕也、川瀬陽太も出演しており、北端の町で暮らす住人を、地に足の着いた生活感ある佇まいで好演。彼らを含めた、バイプレーヤーたちの演技も見どころだ。
あらためて、菜葉菜が作品のテーマを語る。「生きることってすごく当たり前すぎて、あまり深く考えなかったりすると思うんですけど。その裏にある死というものも、いつか人は死ぬんであって、どういう死に方をするかは人それぞれで、そういうことは、普段生きているのに必死で、私もそうなんですが、目を向けることがない。この作品を通して、皆さんに、観終わったあとにいろんなことを感じて、いろいろ語り合っていただけたら嬉しいです。本当にありがとうございました」と場内に集う観客の顔を眺めながら、感謝の言葉を述べた。
最後に、鎌田が締めくくる。「『TOCKA [タスカー]』というタイトルは、絶望的な気持ちなどの意味があり、一方では故郷を思う気持ちとか、まったく反対に新しいものを探し求める魂の探求みたいな意味もあります。この映画自体も新しい出会いを求めてますし、僕らスタッフ、キャストも今日、皆さんに観ていただくのがありがたいです。世代を問わず観てほしいので、お孫さんですとか、お友達とか、この映画、いま渋谷でやってるよっていうのを伝えていただければ。本当に皆さん、ありがとうございました」と東京での初お披露目を前にして、思いを伝えた。
『TOCKA [タスカー]』は北海道・サツゲキで先行上映(上映終了)、2023年2月18日(土)より、東京・ユーロスペースほか全国順次ロードショー。
【本文敬称略】©2022 KAMADA FILM
(取材・文:後藤健児)
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