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脚本家・港岳彦による初戯曲作品が遂に公演!中身もあり方もバリアフリー!?~夜を超える演劇『マルコとグリーンの海』 文◎切通理作

 映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(2024年)『正欲』(2023年)『ゴールド・ボーイ』(2024年)など、話題作が次々と公開されている脚本家・港岳彦の初演劇作品『マルコとグリーンの海』が1月の連休11~13日に、1日2回、計6回上演される。主催の「ヒコ・カンパニー」の「ヒコ」とは岳彦の「彦」である。
 場所は神保町のブックカフェ二十世紀。そう。筆者のネオ書房が運営する場所だが、当店を筆者が担当するようになってからの演劇公演は初めてだ。

◉俳優・桜木梨奈との再会

 元々この件は、映画『すばらしき世界』(2020年)やテレビ『相棒』(2000年~)、CMなどで活躍の俳優・桜木梨奈さんがオフの日にブックカフェ二十世紀を訪ねてくださった事から始まる。筆者は桜木さんが『花と蛇ZERO』(2014年)に出演された時点で、それまでの足跡を伺うインタビューをお願いして以来の知人。所属事務所を退所し、フリーランスになったばかりの桜木さんに、筆者はあらためて、活動の中間総括的なトークイベントをお願いしてみた。
 2部構成にし、第1部はトークタイムで、第2部には桜木さんに20~30分程度の1人芝居をして頂くのはどうだろう。その1人芝居はあえて映画畑の人に戯曲をお願いしたら、芸能活動第2章の幕開けを予感させる、ちょっと面白い試みになるんじゃないだろうか。
 筆者の脳裏には、80年代、22歳で小劇団の座長かつ、映画女優としても注目され始めた前川麻子が、『私をスキーにつれてって』(1987年)『木村家の人びと』(1988)年等で当時最も勢いのあった映画脚本家・一色伸幸の戯曲で1人芝居(『はたらく・くるぶし』1989年)を演じて話題になった時の事が蘇えった。
 たとえば、桜木さんの出演した『赤×ピンク』(2014年)や『花と蛇ZERO』で脚本を書いた港岳彦さんにお願いするのはどうだろう……と思いついた時、ほぼ同時に、桜木さんの方からも港さんの名前が出た。
 ほどなく、港さんと会う機会があった。そこで話を切り出したところ「桜木さんのためなら」と2つ返事でOKを頂いた。観客としても『フィギュアなあなた』(2013年)以来、桜木さんの天衣無縫な演技に魅了されてきたという。

◉一転して港岳彦作の本格オリジナルへ

 早速3人で会合を持った。その席で港さんは、1人芝居ではなく2~3人の登場人物(やがて「2人芝居」に落ち着く)で、80~90分の内容にしたいと自ら申し出た。ここから、港さん自身がプロデュースする本格的な芝居の公演にフェーズが変わり、桜木さんも身震いしていたようである。
 高校時代から演劇に関心があり、いつか取り組みたいと、普段から舞台をよく観ていた港さんから話題に出た芝居の一つが、デイヴィッド・ヘア作で、日本では蒼井優主演で公演された『スカイライト』(米/1995年・初演)だった。3名の登場人物だがメインはかつて不倫関係にあった男女で、その緊張感あふれる再会が描かれる。もうお互い、ロマンを抱き合う関係ではなく、それぞれ相手の態度や行動で引っかかったことを容赦なく蒸し返し、言葉で斬り付け合うのだが、格差社会の問題などのトピックが当意即妙にちりばめられ、そういうくだりでは、意を酌んだ観客からドッカンドッカン反応が起きていた……という本国の公演での逸話を、港さんは教えてくれた。
 男女のコノテーションとしてのジェンダー・バイアスをひっくり返す、辛辣でありながらエンタメ性もある、いまの日本に根差した、絵空事ではないオリジナル演劇が、港さんの手によって書かれる期待に、筆者もまた身震いしたのは言うまでもない。
 果たして、書かれた戯曲を読んで驚嘆した。バイト先で出会った行きずりの男性「ハルト」を、自らが店員として出入りするブックカフェ二十世紀に深夜、連れ込んだのは、桜木さん演じる「ルカ」。
 その場でイタそうとするが、ハルトは中折れ。朝勃ちの勢いで再戦を約束するも、ハルトがひと眠りから起きた時、ルカはパソコンに向かって原稿書きにいそしんでいた。もはや昨晩の続きをする気もなくなっている。
 その原稿とは、企業人などの自伝を代わりに書くゴーストライターとしてのものだった。かつてルカは劇団の座長だったが、女性劇団員へのパワハラ疑惑で新作の公演が中止となり、借金だけが残った。いまはその金を返すために、昼はタイミー経由のバイト、夜はゴーストライターをする日々。
 かつての「パワハラ」をどう解釈するのかをめぐって、次第に2人の間の価値観の違いがあらわになる。ハルトはパワハラの「被害者」として職場を辞めなければならなかった過去を語り、同衾しようとしていた相手が「加害者」の側に居ることに、動揺を隠さない。
 だが、ルカにも言い分はあった。女性劇団員を障碍者呼ばわりした事が問題行動としての決定打になったのだが、ルカにも障碍者の兄がいたのだ。そして彼女自身、いつか直面し直さなければならない、拭い去れない過去があった……。
「あれが加害だったとは思いたくない。あれが被害だったことを認めたくない。『害した/害された』を認めてしまうことで、気が遠くなったり、胸騒ぎが起きたり、足元がガラガラと崩れるような不安に襲われる者がいる。そしてまた、害したことを認めない者と、害されたことを認めた者との間には、深い溝が横たわる。行為者がそれを加害と認めないことで、傷を自覚した被害者は、害された場にいつまでも置き去りにされてしまう」
 港さんはプレスシートにそう記している。
 芸事や職場でのパワハラ、セクハラ問題から、障碍者との共生がはらむ問題にまで通底するものに目を凝らす。映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』でも、聾啞者の母と暮らすが故の葛藤をはらむ息子のドラマを通して、身近にいるが抱えている問題が違う者同士の共生のありように取り組んだ港さんは、この公演では内容のみならず、当初は全回バリアフリー上演も射程に入れていた(結果的に2公演で対応)。キービジュアルとなる絵(ポスター、チラシにも使用)は、障碍を持つ作家たちの表現活動を仕事とするアトリエブラヴォ(福岡県)所属の小林泰寛の作品『マレッティモ島の海』で、港さんはこの絵にインスパイアされて本作を執筆したという。

◉乗り越えるべきハードル

 共演のハルト役だが、港さんが筆頭に挙げたのはカトウシンスケさん。オーストラ・マコンドーの劇団員であり、映画『ケンとカズ』(2016年)で高崎映画祭最優秀新進俳優賞を受賞、『どうしようもない恋の唄』(2018年)『誰かの花』(2021年)等で主演を務める。アメリカン・ニューシネマの俳優たちを思わせる、独特の抒情と繊細さが港さんの心を捉えていた。
 しかし当初の2024年10月の連休公演ではスケジュールに合わず、やむなく他の俳優の模索も考えたが、桜木さんもカトウさんで一度イメージがインプットされてしまい、動揺を隠せなかった。それもあり、カトウさんにスケジュールを合わせた2025年1月の連休公演として実現する事になった。
 港さんが繰り返し観ていた『小鳥の水浴』というレナード・メルフィ作の2人芝居があった。当初その芝居に出演していた里見瑤子さんは、次第に演出にも回るようになる。現在『小鳥の水浴』は、演技未経験者や、かつて芝居経験はあるけれどブランクの長い者から希望を受け付けるかたちでの公演も行われてる。そのかたちでの公演が始まって以降も、里見さんは演出として毎回成功に導いてきた。舞台俳優として月蝕歌劇団、深海洋燈等多くの劇団に出演していた他、劇場スタッフの経験も長く、演劇の現場を知り尽くしている。たまたまブックカフェ二十世紀で金曜日にアルバイトをお願いしていたので、舞台となる店の事も熟知している。港さんにとっても、里見さんに演出をお願いする事に異存はなかった。
 戯曲を読む限りでは、この演目には、役者が80分ひたすらしゃべり続けるということ以外にも、ハードルがある。ひとつは、4幕ものの構成の中で、最初の2幕はブックカフェ二十世紀をそのままの場所として用いるのだが、後半の2幕では違う場所として再構築しなければならない事だ。そこに違和感を感じさせないためには、イメージの跳躍を共有させる説得力が問われるだろう。
 そしてもうひとつは、カトウシンスケさんが演じる役にまつわる、「男」としての多様な文脈、というハードルである。これについては、本公演の日まで伏せておきたい。
「果たして、うまくいくのだろうか?」という不安は「これをどうクリアするのか」という楽しみでもある。結果をもし見届けて下されば幸いである。

<公演概要>
ヒコ・カンパニー
『マルコとグリーンの海』
出演:桜木梨奈、カトウシンスケ
作:港岳彦/演出:里見瑤子
企画:切通理作 ( ネオ書房 ) /主催・プロデュース:ヒコ・カンパニー

◎会場
ブックカフェ 20 世紀
料金(自由席)
学生 2500 円+ 1drink
一般 3500 円+ 1drink
障害者割引 1500 円+1drink ※第一種障害者手帳をお持ちの方は付き添いの方 1 名のみ無料となります。

◎日程
2025 年
1 月 10 日(金) 19:00 ※追加公演
1 月 11 日(土) 13:00 / 18:00
12 日(日) 13:00(満席)/ 18:00
13 日(月・祝) 13:00(満席)/ 18:00(満席)

チケット取扱・問い合わせ:https://ticket.corich.jp/apply/344473

ブックカフェ 20 世紀
電話番号:03-5213-4853
e-mail kirira@nifty.com
13 日 ( 月・祝 )13:00 回、18:00 回は舞台手話通訳がございます!
事前の台本提供・退席しやすいお席の指定、車椅子エリアの設置など、ご要望によって対応をさせていた だきます。
必要な情報保障の内容を、名前・観劇希望日とともにご明記いただき、ブックカフェ 20 世紀の mail にご連絡ください。電話対応も承っております。


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