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「世代から世代へと受け継がれていく大切さを描きたかったんです」 『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』プロデューサー、ジョン・チョンさんインタビュー

2025年1月17日に公開を控えた『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』。今回、プロデューサーのジョン・チョンさんにインタビューを敢行。ジョンさんは今まで『インファナル・アフェア』(2002年)や『エグザイル/絆』(2006年)などの香港ノワールの傑作を手掛けた敏腕プロデューサーであり、本作も「魔窟」とも呼ばれた九龍城砦を舞台に、明日なき若者たちを鮮烈かつスタイリッシュに描き出していく。この映画で何よりも目を見張るのは細部にまで作り込まれた混沌とした九龍城砦の巨大セットだが、実際にジョンさんは幼少の頃、九龍城砦で暮らしたことがあり、その経験から九龍城のリアルな描写に徹底的にこだわったという。さらに本作を手掛けるにあたって、世代交代を強く打ち出して香港映画業界の活性化を狙ったと語る。
取材・文◎『映画秘宝』編集部(今井)

●一度は頓挫した企画が思わぬ形でリスタート

——まず本作の企画を立ち上げることになった経緯から教えていただけないでしょうか。
ジョン 私は小さい頃に九龍城砦に何年か住んだことがありまして、個人的に九龍城砦に対して、ある種の感情を抱いていたわけです。それで十数年前に九龍城砦を舞台にした映画を企画して、実際に脚本家や監督も適任者を見つけて動いていたんですけど、様々な事情によって、その時は映画を撮ることが出来ませんでした。映画というものは撮影に入るまでに紆余曲折があって、企画を立てても5分の1から10分の1は実現できないのが現実なんです。そういったことで一旦は諦めましたが、8年ほど前にアンガス・チャンという投資家の方が「是非あなたにこの漫画を映画化して、プロデュースしてほしい」とアプローチしてきたんです。その漫画というのが『九龍城寨City of Darkness』という、在りし日の九龍城砦を舞台にした作品でした。日本でも国際漫画賞で銅賞を受賞したことがあり、内容としても申し分のない。十数年前に自分が撮ろうと思って頓挫してしまった過去があるだけに、不思議な縁を感じましたよね。

●ソイ・チェン監督の作家性と、その才能

——本作の監督であるソイ・チェンさんのご印象を教えていただけないでしょうか。「西遊記」シリーズを手掛ける一方で、『SPL/狼よ静かに死ね』(2005年)の特編である『ドラゴン×マッハ!』(2015年)なども担当して、非常に作家性を感じさせる監督ですが。
ジョン 私はソイ・チェンの助監督時代からよく知っていまして、彼は非常に努力家なんですよ。彼が監督を務めた『アクシデント』(2009年)や『モーターウェイ』(2012年)で、私はエグゼクティブプロデューサーを務めていたんですが、彼はとてもエネルギッシュでエモーショナルな作品を手掛けるのに打ってつけの人物であり、カメラワークにしてもシャープな画面設計で目を見張るものがある。『モーターウェイ』で同じくプロデューサーを務めたジョニー・トーも彼を絶賛していました。
——それで本作の監督に起用されたわけですね。
ジョン それに年齢的にも、この映画を手掛けるのに適していると感じました。ご存知だと思いますが、現在香港のいわゆる大物の監督たちはほぼ60歳以上なんですよね。その中でソイ・チェンは50歳を過ぎたばかりで、まだまだ若い。それに彼は九龍城砦があった時代のことも肌感覚で知っている。それよりも若い監督だと、実際の九龍城砦のことをよく知らないんですよ。ソイ・チェンだと、あの当時の九龍城砦をリアルに描ける上に、何かしらの現代的な要素も映画の中に取り込むことが出来る。それだけの才能を持った監督で、彼以外に適任者はいなかった。

●日本に残された資料に基づいて建てられた九龍城砦のセット

——本作の目玉の1つは美術監督マック・コッキョンさんが手掛けられた、総製作費の6分1にあたる5000万香港ドルもの九龍城砦のセットです。この精微で巨大なセットはどのように制作されたのでしょうか?
ジョン 実を言うと、もともと巨大なセットを作る予定ではなかったんです。当初は中国で似たような場所を借りて撮影する手筈でしたが、ちょうどコロナ禍に見舞われてしまい、やむを得ず香港で撮影するしか方法がなかった。そういった経緯でセットを作ることになったんですけど、九龍城砦は改築や増築を繰り返して、建物が複雑に入り組んだ空間なんです。だから、映画でリアリティを出すためには4階建てほどのサイズのものを幾つも拵えなければならない。そういった難題に直面してしまいました。その状況下で監督のソイ・チェンと美術監督マック・コッキョンは強いこだわりを持って、文献や写真といった資料をいろいろと漁っていました。実は九龍城についての資料は、現地である香港よりも日本の方が多く残されていたんですね。日本は歴史や伝統を重んじる習慣から、他国の文化に関しても実に研究熱心なんです。その姿勢にいつも感心しております。
——ジョンさんが九龍城砦のセットで特にこだわった部分を教えてください。
ジョン 私自身、実際に子どもの頃に何年間か住んだことがありますから、九龍城砦のことはよく覚えているんですよね。だから、私の要求としては、とにかくリアルでなければならないということでした。それで完成したセットを見に行くと、もう本物そっくりでひたすら驚きました。撮影のために若干作り直した箇所はありますが、95%は当時の九龍城砦を細かい部分に至るまで完全に再現している。やはり美術監督のマックは大変優れたアーティストだと改めて感じましたし、その手腕が余すところなく発揮されています。
——ジョンさんが実際に九龍城砦で暮らしていたとのことですが、当時の思い出を教えていただけないでしょうか。
ジョン 私は3歳から7歳までの4年間、九龍城砦に住んでいました。もちろん両親と一緒に暮らしていたわけですけど、部屋の外で何が起こるのか分からないので、両親はまだ幼い私が勝手に出歩くことを許さなかったんですよね。そういったことから外部にいる人間からすれば、まさに犯罪の巣のような混沌としたイメージが常に付きまとう場所ではあったわけです。けれど、私の実感としては、隣り近所の人たちはいずれも良い人たちでした。みんなが肩を寄せ合って暮らしていて、何かあると互いに助け合う。確かな人情があったのを覚えています。今回の映画でも困っている人に手を差し伸べるシーンを入れていて、それがごく自然に描かれているはずです。

●アクション監督・谷垣健治について

——本作のアクション監督は谷垣健治さんで、九龍城砦のセットを目の当たりにされて大いに刺激を受けたと仰っていました。谷垣さんのご印象を教えていただけないでしょうか。
ジョン 私たち香港映画界では谷垣さんを外国人として扱っておりません。流暢に香港の言葉を喋れることもあって、もう香港人として一緒に仕事をしているわけなんですね。香港の映画業界で谷垣健治と言うと、みんな親指を出して彼を褒めます。それぐらい彼の仕事に対する態度は非常に素晴らしい。私が思うに、谷垣さんはアクション監督として、いま世界でトップ3に入るほどのレベルだと思っています。彼は元々香港映画ファンで、そこからアクション監督になられた。そのたゆまぬ努力が現在の世界的成功へと導いた。我々も彼のことを非常に誇りに思っているんです。
——本作でも谷垣さんは薄暗くて狭い九龍城砦独自の空間を活かして、密度の高いアクションを繰り広げられました。ジョンさんから見て、本作の谷垣さんのアクション演出はどのように感じられましたでしょうか?
ジョン 九龍城砦のセットを設計する際に、ソイ・チェン監督とマック・コッキョン美術監督は谷垣さんのアクションを念頭に置いていたと思うんですよね。なぜかと言いますと、谷垣さんは常にドラマに立脚したアクションを組み立てるからです。例えば、攻撃を食らった人物が3、4回も回転してぶっ飛ぶシーンがよくあるじゃないですか。特に最近はCGによって、いくらでもオーバーに見せることが可能ですけど、谷垣さんはCGやワイヤーを極力使わず、どのようにすればリアルな人間のアクションに見えるのかを一生懸命考えるわけですよ。単にアクションを見せるためにデザインしているわけではない。この映画は香港をはじめ東南アジア、またイギリスでも公開されて、各国でそれぞれ非常に良い反応をいただきましたが、それも谷垣さんのスタンスが常に観客の立場になって物事を見ているからです。ドラマのリアリティラインから逸脱せず、その上でカッコ良くて力強いアクションを提示する。それこそが谷垣さんの良さなんです。

●映画の枠組みそのものが世代交代だった

——主人公、陳洛軍(チャン・ロッグワン)役のレイモンド・ラムをはじめ、信一(ソンヤッ)役テレンス・ラウ、AVこと四仔(セイジャイ)役ジャーマン・チャン、十二少(サップイー)役トニー・ウーの4人が物語のメインとなります。九龍城砦で逞しく生きる若者をジョンさんはどのように捉えましたか?
ジョン 若者たちの物語ということで、この4人を主要人物に配役しましたが、その理由に関してソイ・チェン監督も私も同じ考えでした。どういうことかと言いますと、香港の映画業界において、我々がいま直面している問題があって、やはり世代交代を促して、新鮮な血にどんどん入れ替えていかなければならない。それぐらい若い世代が必要なんです。この映画でもルイス・クーやサモ・ハンといったベテランの俳優が出演していますが、映画全体がこういったベテランの役者だけでキャスティングしてしまうと、映画を作る意味がないのではと。
——この映画はオールド世代と若者たちの世代交代の物語でもありましたが、それはそのまま今の映画業界の状況と重なっていたわけなんですね。
ジョン ストーリー中盤でベテラン俳優が演じる人物たちが、それぞれ何かしらの形で物語から退場していきます。九龍城砦の運命は残された若者たちに託されたわけです。ずばり言って、世代から世代へと受け継がれていく意味、伝承していくことの大切さを描きたかったんですね。それはソイ・チェン監督の考え方でもあって、彼はこのままでは映画業界そのものが停滞してしまうと強い危機感を抱いていて、なんとかこの現状を突破したかった。この映画が多くの観客に歓迎されたのも、今は無き九龍城砦を描いたことで香港人の郷愁を誘ったのもありますが、それ以上にハッキリと世代交代を打ち出したのが大きかったからだと思います。

●本作で描きたかった真と善と美の3つの人間性

——本作の敵役となるフィリップ・ン演じるキング、サモ・ハン演じる大ボスは九龍城の権利を狙う暗黒社会の人間ですが、人物描写でこだわった点を教えてください。
ジョン ひと口に悪人と言っても、様々なタイプがいて悪の度合いも異なってくるわけですが、今回の映画でのキングと大ボスの2人は極めて悪質な人間として設定しました。その上で悪人たちも世代交代して、より凶悪な人物が最終的に主人公たちの前に立ち塞がるという展開を描きたかったんです。主人公はルイス・クー演じるロンギュンフォンとの交流から人間らしい熱き魂を受け継ぐわけですが、それに対して、キングと大ボスの間にはそのような情緒は一切ない。彼らはいつ寝首を掻かれるのか分からない力関係の上で成り立っている。本作ではそういった悪人たちがどのように世代交代を果たすのかも見どころのひとつとなっています。
——世代交代の描き方が、主人公たちと見事な対比となっていますね。
ジョン 本作で4人の若者たちを通して描くのは、真と善と美の3つの人間性です。非常に極悪な存在を前にして、若者たちはその3つが試されるわけです。一度は完膚なきまでに叩きのめされてしまいますが、彼らは傷だらけになっても必死に這い上がっていく。ボロボロの姿でも人間性の尊さが浮き彫りになるように意識しました。特にキングは気功によって刃物や銃弾すら通用しない強靭な肉体の持ち主なんですが、4人は踏ん張り続けてキングに食らいつきます。それは何度現実に打ちのめされようとも必死に立ち上がってほしいという、全ての若者たちに向けたメッセージでもあるんです。
——最後に、これからこの本作を鑑賞する日本の香港アクション映画ファンに向けてメッセージをお願いします。
ジョン この映画をご覧になられる際、是非以下の点についてご留意ください。本作には2人の日本人が関わっているんです。1人はアクション監督の谷垣健治さん、もう1人は音楽を担当してくださった川井憲次さん。この2人がいなければ、この映画は完成しなかった。あともう1点、素晴らしい九龍城のセットとエモーショナルなアクションが見どころではあるんですが、それだけではなくて、我々はこの作品を通して「人間性における真、善、美」を探求したかったんです。映画をご覧になって気に入っていただけると大変嬉しく思います。

<告知>
2024年12月20日発売の『映画秘宝』2025年2月号にて、『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』でアクション監督を務めた谷垣健治さんのインタビュー記事を掲載!

<プロフィール>
ジョン・チョン

ジョン・チョン

プロデューサー。代表作に『インファナル・アフェア』(2002年)、『頭文字D THE MOVIE』(2005年)、『エグザイル/絆』(2006年)など多数。香港映画界の第一線で活躍。アクション、ノワール、サスペンスなど、数々の作品の製作に携わる。

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』上映情報
2024年/125分/PG12/香港
監督:ソイ・チェン
出演:ルイス・クー、サモ・ハン、リッチー・レン、レイモンド・ラム、フィリップ・ン
配給:クロックワークス
2025年1月17日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
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