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【独占インタビュー】「『小さな悪の華』がめちゃめちゃ好き!」。『水槽』『季節のない愛』で注目の新鋭・中里有希監督の情念ほとばしる作品づくりにかける意気込みを聞いた 取材・文:後藤健児
タイトル写真『季節のない愛』より
大学在学中に作った初作品『水槽』がPFFアワード2022でエンタテインメント賞(ホリプロ賞)を受賞した中里有希監督。大学の卒業制作として手掛けた『季節のない愛』も2024年のPFFやTAMA NEW WAVEで入選し、芳泉文化財団では奨励賞を授与された。また、3月14日より開催される第20回大阪アジアン映画祭でも上映が控えている。現在、東京藝術大学大学院で学んでいる中里監督にインタビューを行い、映画や詩など自身を形づくってきたものたちの記憶を交えながら、お話をうかがった。(2024年12月、オンラインにて)
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●『戦場のピアニスト』に怖がった幼少時
――物心ついたときの映画をはじめとした物語の原体験は?
中里 大学まではあまり映画を観ておらず、月に2~3回観に行く程度でした。でも、レンタルビデオ屋さんには通っていて、主にアニメや特撮番組でしたが、映画もたまに借りました。あとは寝る前に民話や落語のCDをよく聞いていた記憶があります。
――幼少時に観て、印象深かった映画作品は?
中里 親が反戦映画をよく観ていて、『火垂るの墓』(1988年)など自分の中でトラウマになったものがあります。『戦場のピアニスト』(2002年)は小学3、4年生でたまたま家で観てしまい、怖かったですね。こたつに隠れながら観ました。忘れられないシーンがいくつかあり、映画の力は子供の頃から感じていました。
――映画を具体的に作ろうと思ったきっかけは?
中里 高校三年生まで、芸術系に行こうとは考えていませんでしたね。医者になろうと思っていたけど挫折し……。それで、自分探しを含めて将来に対する猶予が欲しかったのかもしれません。表現することで考える時間を得られるんじゃないかと。物語を考えることは以前から好きだったこともあり、東北芸術工科大学の映像学科に入りました。
――元々、監督志望だった?
中里 その大学では制作体制として分業化されているわけではなく、それぞれが作りたいものを作る風土。だから、自分で監督をやるのが自然な流れでしたね。
●爆発したい、壊したいエネルギーに満ちていた
――ここで作られたのが51分の『水槽』。図書室で見かけた男子生徒に心ひかれた、変わり者の女子生徒が周囲と軋轢を生みながら、自己を見つめなおしていく、古風でダークな青春物語。山間の町を舞台に、ボードレールの詩や小説、電話ボックスなど、昭和の邦画を思わせます。
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中里 大学二年生の冬に、授業でひとり一本短編を作る課題で撮りました。その頃、爆発したい、壊したい、そんな強いエネルギーに満ちていて、初期衝動の赴くままに作りました。
――8ミリ自主映画のごとき情念が炸裂する映画でした。
中里 まわりの人たちに言葉では伝わらないと感じていた時期があり、映画を作ることがその人への一番の愛情というか、エネルギーの証明だと思い、勢いで作ったんです。
――劇中でボードレールの詩や『悪の華』が象徴的に使われます。フランス文学へのこだわりが?
中里 小学生の頃、詩の授業で褒められたことがあって、一時期に詩を書いていました。大学に入ってから映画を観始めたとき、『小さな悪の華』がめちゃめちゃ好きになり、わたしもこういう映画を作りたい!と思いました。
――1970年に作られたジョエル・セリア監督のフランス映画ですね。1972年日本公開時のコピー「地獄でも、天国でもいい、未知の世界が見たいの! 悪の楽しさにしびれ 罪を生きがいにし 15才の少女ふたりは 身体に火をつけた」のとおり、背徳的な内容が当時、物議を醸した問題作。
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中里 高校生の頃、押見修造さん原作の映画『惡の華』(2019年)を観ていたのですが、そのあと『小さな悪の華』に出会い、ボードレールの『悪の華』も読みました。その本の中で、ひきつけられた詩を引用させていただいたんです。
――モノローグ風の台詞や、詩をそらんじるような台詞まわしも印象的でした。
中里 逆に会話が書けなくて……。自分自身、うまく会話ができなく、自分の中に言葉がないと悩んでいた時期でした。何を言っても人によって違う捉え方をされるんだなと。そういったことを踏まえて脚本を書いた結果、ああなりました。
――水槽から金魚をつかみ出して食べてしまうなど、ぎょっとするシーンもあります。
中里 本当に勢いですね……感覚的にやりました。
――先生から作品づくりに対する指導は?
中里 自由でした。個別相談の時間が設けられていて。すべて初めての経験だったので、ある意味こわいもの知らずのまま、のびのび取り組むことができました。――撮影時に難しかったことがあればお聞かせください。
中里 大変だったのは雪。日常生活では雪の降り方に関して何も感じていませんでしたが、同じカットを何回も撮ると雪の降り方が違ってしまい、そこは編集でも苦労しました。
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――作品を観た方はどういった反応を?
中里 PFFでディレクターを務められている荒木啓子さんからは、60年代の映画みたいと言われました。他の方にも「津軽じょんがら節」のような感じと(笑)。
――いい意味での古さが宿る映画でしたから、ある一定の年齢層の方に強く訴えかけるものがあったんでしょうね。少し話は変わりますが、中里さんは「椎井しぇる」という名義にて、講談社主催「ミスiD」のコンテストで表現者賞を受賞されております。
中里 2022年の「ミスiD」に出たときの変名です。まわりの子も応募していたので、自分も出てみたくなりました。オーディションでは短い動画を送ることになっており、わたしは「短編映画を撮ります、これはその予告編です」みたいなことを話している動画を提出しました。ちょうど『水槽』を構想していた時期でした。
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●叶わなかった未来はどんな感じなんだろう
――続いて、2作目の『季節のない愛』についてうかがいます。高校演劇部出身の人生に疲弊した中年女性2人の物語。かつて果たせなかった約束のため、鳴らせば幸福になれるといわれる鐘を探しに山へ入っていく静かなドラマです。
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中里 大学の卒業制作として手掛けました。着想は実話というか、身近な事柄から。わたしの友達の経験をもとに、このままわたしたちが成長して、その年代になったらどうなるんだろうと。思い描いている未来じゃなくなったら、叶わなかった未来はどんな感じなんだろう。それを投影しました。
――本作でも詩が登場します。オリジナルの詩でしょうか。
中里 劇中劇が出てきますけど、その劇と、そこで読まれた詩は、高校時代にわたしの友達が書いた戯曲をもとにしています。
――かなりパーソナルな作品なんですね。
中里 劇中で主人公たちが叶えられなかった約束も、実際にわたしと友達が交わした約束なんです。
――山がもうひとりの主役といってもいい存在感で、鬼や妖精が棲んでいそうな異界を思わせました。
中里 非日常の場所として、山を選びました。それと、わたしの友達も登山サークルに入っていたことがあったんです。わたしも昔、親に連れられて何度も山登りをしたのですが、そのときはちょっと嫌でした。けれど、久しぶりに山に入ったらすごくよかった。いま、一緒に逃げだすなら山だと。
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――山での撮影は大変でしたか?
中里 2つの山で撮影しました。ひとつ目の山は撮影担当の子がいましたが、もうひとつの撮影時は不在だったので、自分と助っ人で撮りました。撮影の際は、この山の全体像を撮るにはどうすればいいか、自分の見ている景色を全部は見せられないけど、どうやったらこの山の雰囲気を伝えられるだろうかと考えました。いろんな画角から撮ってみようと実験しながら。
――主役の方2人は監督と同年代ではありませんが、公募で?
中里 ゼミの先生が山形市役所の文化創造都市課の方に声をかけてくださいました。その方の友達が映画に興味があるということで、紹介していただいたんです。その市役所の方もイメージに近くて、スカウトしました。2人とも演技は未経験でした。
――女性2人の関係性が少ない言葉で表されながらも、微細に変化していく流れが牽引力となり、84分の長編を最後まで引っ張り続けます。韓国のフェミニズム文学やシスターフッド映画の趣きがありました。
中里 韓国映画や韓国文学を特に意識したわけではないのですが、ホン・サンス監督の『逃げた女』(2019年)と『あなたの顔の前に』(2020年)はとても好きです。
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――PFFやTAMA NEW WAVEで上映され好評を博しました。今後の展開は?
中里 芳泉文化財団で奨励賞をいただきました。それを弾みにして、また他の映画祭でもかけられたらいいな。英語字幕をつけていただいているところなので、海外の映画祭にも出したいです。
※本インタビュー後、第20回大阪アジアン映画祭(3月14日より開催)でも上映が決定。
●「わたしのもの」があるのなら
――現在は東京藝術大学大学院に在学されているそうですね。
中里 山形にしかいたことがなかったので、外に出て今まで自分がいた場所を客観的に見てみたかったんです。それまで映画制作の役割がきちんと分かれていることを経験したことがなく、自分にとって本格的な分業だったり、映画の仕組みを学びたいと思いました。
――理事長が根岸吉太郎監督ですよね。中里さんとトークショーもされていました。
中里 緊張しすぎて、お話の内容はあまり覚えていません(笑)。ただ、この映画は注目されていくんじゃないかなと言っていただいたことはよく覚えています。
――山形の大学とは授業も違いますか。
中里 山形ではひとりでなんでもやっていましたが、いまの大学院は領域が分かれているため、自分の分野をずっと続ける感じです。現在は脚本を専攻しています。
――監督コースではないんですね。
中里 誰かの脚本を監督することに、いまの自分には実感が湧かないんです。やっぱり、自分から生まれたものを最後まで作品にしていくのが、わたしとしては映画への関わり方として合っているかなと思い、脚本をあらためてしっかり学ぼうと。
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――次回作などは。
中里 温めているプロットがあり、いつかこれはやりたいですね。これも地方が舞台の女性2人のお話。高校卒業のタイミングで教習所に通っている女の子と、退職して結婚しようとしている教習所の先生が主人公。どこかに行きたいけど、どこにも行けない、みたいなことをテーマに描きたい。
――大学院卒業後も踏まえ、考えている今後のキャリアは?
中里 あくまで自分の生活をしていく中で、自然と出てきたものを作品にしていくのが一番いいなと思っています。小さい作品でもいいから、自分のタイミングで何かを作り続けたい。もし映像業界に行かなくても、作ることを諦めたくはないです。
――先述の「椎井しぇる」さん名義で書かれているnoteの記事から引用させていただきます。”いろいろなものを「わたしのもの」みたいな顔して生きてきたけれど、もしもこの世界に本当に「わたしのもの」があるのなら、それは私と私の言葉と私の映画だけだと思った。”と。その気持ちはいまも変わらない?
中里 はい!
【本文敬称略】
©中里有希