見出し画像

『ヘザース/ベロニカの熱い日』町山智浩単行本未収録傑作選17 ショック編1 イジメ、貧富の差、暴力……「コロンバイン高校乱射事件」を予感した、アメリカの高校で起こっていた歪みを描いたカルト映画

文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2004年3月号

「青春が美しい季節だなんて決して言わせない」−−ポール・ニザン

 拳銃に弾を込めて、友達を連れてきな
 負け犬になるのも楽しいぜ
 ハロー、ハロー、憂鬱かい? ニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーンエイジ・スピリット」91年

 1999年4月20日午前11時少し前、コロラド州の郊外住宅地リトルトンにある公立コロンバイン高校のカフェテリア(食堂)はランチをとる生徒で満員だった。
 そこに、長く黒いトレンチコートを着た生徒エリック・ハリスとディラン・クレボールドが入ってきた。彼らはいつもそんなコートを着ていたので誰も気に留めなかった。2人は大きなダッフルバッグを置いて、また外に出て行った。
 バッグの中身は時限爆弾だった。しかし、セットされた11時になっても作動しなかった。2人はショットガンとテック9(サブマシンガン型の自動拳銃)を取り出すと、まず芝生に座っていたカップルを撃った。学生劇のヒロインだったレイチェル・スコットは即死。彼女と一緒に食事をしていたリチャード・カスタルドは全身に5発の弾丸を受けた。彼は下半身不随となり、『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02年)に出演する。
 ディランとエリックは校舎に入っていった。12時5分までの1時間足らずの間に、2人は合計15人を射殺し、26人に重傷を負わせた。やっと突入した警官隊は、図書室で自ら頭を撃ち抜いて死んでいる2人を発見した。
 犯人のディランとエリックは日頃から黒のロングコートを着て「トレンチコート・マフィア」を自称する「変わり者」で、JOCKS(体育会系)の生徒から執拗なイジメを受けていた。特にイジメを先導したのはフットボール部員だった。コロンバイン高校のあるデンバー周辺はNFLの強豪チーム、デンバー・ブロンコスがあることでフットボール人気が高く、高校でも選手は特権階級だった。図書室に入ったディランとエリックが真っ先にショットガンで撃ったのは、フットボール部員、エヴァン・トッドとマット・ケッチャーだった。トッドは重傷、ケッチャーは即死した。エヴァン・トッドは『TIME』誌の取材に対して、ディランとエリックをFaggot(オカマ)呼ばわりしてイジメた事実を認めた。
「だって、あいつら変な格好してるからさ。チンポのいじりっこしてるホモ野郎に決まってるんだ。オカマはイジメられて当然さ」
 ディランたちの自宅から銃撃前に撮影したビデオが押収された。犯行声明でもあり、遺書でもあるそのビデオの中で2人は「最近、学校で銃撃事件が続いているけど、僕らはもっと前から計画していた。これは誰かのマネじゃない」と強調していた。
 しかし、コロンバイン事件は何本かの映画から強い影響を受けている。特にちょうど10年前の1989年に作られた1本の低予算コメディに。
 昼時で賑わう高校のカフェテリア。隅っこで1人ぽつんと離れてたたずむ転校生クリスチャン・スレイター。そこにスタジャンを着た2人のフットボール部員が因縁をつけに来る。
「ここはオカマは立ち入り禁止だぜ」
 スレイターはニヤリと笑って言い返す。
「低脳君は入ってもいいのか?」
 そして黒のロングコートからコルト・パイソン357マグナムを抜き出し、驚いて口も利けないアメフト馬鹿コンビに向けてぶっ放した!
 この映画『ヘザース』がトレンチコート・マフィアにヒントを与えたのは間違いない。しかし、それだけではない。『ヘザース』は、惨劇の原因となるアメリカの高校の問題点を的確に指摘した重要な作品である。

●キューブリックのためのシナリオ

「僕は『ヘザース』をキューブリックのために書いた」
 脚本家のダニエル・ウォーターズは語る。彼は学校を卒業するとレンタル・ビデオ屋で働きながら、『ヘザース』のシナリオを書いた。
「キューブリックはいつもジャンルの墓掘人だった。ホラー映画ブームの頂点で『シャイニング』を作り、ベトナム戦争映画ブームでは『フルメタル・ジャケット』を作った。彼はジャンルのブームをじっと静観していて、後からそのジャンルの決定版を作ってブームを終わらせてしまうんだ」
 そう語るウォーターズがキューブリックに送ったシナリオ『ヘザース』は、80年代当時ブームだったティーンエイジャー映画だ。
「『ヘザース』はティーン映画の集大成で、特にジョン・ヒューズ映画のパロディなんだ」
 84年、『すてきな片思い』を初監督したジョン・ヒューズは『ブレックファスト・クラブ』(85年)、『プリティ・イン・ピンク』(86年)、『フェリスはある朝突然に』(86年)と高校を舞台にした映画を作り続け、ティーンエイジャーから熱狂的に支持された。
 もちろんそれ以前にも80年代に高校を描いた映画はあった。『13日の金曜日』(80年)などのスラッシャー映画や、21歳で高校に潜入したキャメロン・クロウが書いた手記を原作にした『初体験リッチモンド・ハイ』(82年)などである。しかし、どの映画もセックス、ドラッグ、それにバイオレンスに満ちていた。「13金」での高校生は酒に酔って不純異性交遊にふけっているところをジェイソンに刺し殺される。また、『リッチモンド・ハイ』の高校生は、マリファナのやりすぎで常にボンヤリして、授業中にピザを配達させるショーン・ペン、セックス経験豊富で「15歳で処女なんて遅れてるー」と言うフィービー・ケイツ、そして初体験を焦って妊娠中絶するジェニファー・ジェイソン・リーだった。これらの映画はR指定(18歳未満は成人の同伴ナシに入場不可)だった。高校生の話なのに高校生は観られなかったのだ。
 しかし85年頃、ついに中高生のセックスとドラッグが大きな社会問題として浮上した。学校と親、地域ぐるみでドラッグ・フリー運動を展開し、10代の妊婦を防止するために避妊の指導が始まった。エイズ・パニックも重なり、学校では生徒にコンドームが無料配布された。
 そして登場したジョン・ヒューズの監督作は、セックス&ドラッグ描写がなく、PG指定なので高校生同士が観にいける初めての高校生映画だった。それに何よりも高校生の気持ちをかつてないほど代弁していた。なかでも『ヘザース』に大きな影響を及ぼしたのが『ブレックファスト・クラブ』だ。

ここから先は

11,236字

¥ 200

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?