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【独占インタビュー】「現実世界と隣り合わせのゾンビコメディです」。第18回田辺・弁慶映画祭で『噛む家族』がグランプリを受賞した馬渕ありさ監督にすこし・ふしぎ世界への思いを聞いた。 取材・文:後藤健児

※タイトル写真 馬渕ありさ監督

 和歌山で映画を使った街おこしとして名高い、田辺市の田辺・弁慶映画祭。インディーズ映画作家たちが挑戦する登竜門でもある本映画祭で、2024年にグランプリ他、複数の受賞を果たした馬渕ありさ監督。出品した『噛む家族』はあるゾンビ家族を中心にSNSや炎上などのテーマが盛り込まれたブラックユーモアあふれる作品だ。これまでも非日常な世界で生きる人々のおかしくも愛おしい、すこし・ふしぎな物語を描いてきた馬渕監督。このたびの独占インタビューにて、馬渕ワールドの片鱗を覗かせてくれた。(2024年12月、オンラインにて)

●受験より映画づくりにハマった青春時代

――映像制作を意識するようになったのは?
馬渕 高校生のとき、休み時間にスマホでショートムービーを撮り、友達から面白がってもらえたりしました。内容はいまだと炎上しそうな、きわどいコメディ(笑)。
――高校卒業後は青山学院大学に入学されます。
馬渕 一浪して入りました。これはちょっと言いわけになってしまいますが、現役の受験生のとき、長い映画を撮ろうとしていて、受験より映画づくりにハマってしまい、あまり勉強をしていなかったんです……。
――早くも映画の魔にとらわれてしまったと。そうして入った青山学院大学では映画部で部長を務められていたとか。
馬渕 受験のときは具体的に将来のことを考えられていませんでした。でも、大学では映画部に入ろうとは思っていました。青山学院大学はキラキラしているイメージがあると思うんですが、映画部は、はみ出し者が多い、小さな内輪の部活でした。部長もやりたい人がいなかったから、結果としてわたしがやることに(笑)。

馬渕ありさ監督

●ゴリ押しで励まされる生命力

――ここから具体的な作品についてうかがいます。2019年に作られた20分の短編『山田』は生きることを諦めて森で自死しようとした青年と、彼の前に現れた謎の男・山田が織り成すバディもの。
馬渕 大学四年生のとき、卒業制作作品に位置づけて作りました。撮影担当は映像制作会社で働いていた方ですが、他のスタッフ、キャストは映画部の仲間たち。

『山田』ポスタービジュアル

――どう見てもおもちゃの拳銃を持ち、見えない”連中”と戦っているという山田と森で過ごすうちに青年の中で何かが変化していく物語。コミカルでありつつ、自死に関する作品でもあります。どのように着想を?
馬渕 いつもお話を作るとき、最初に面白そうな画や構図を思いついて、そこからストーリーを作っていきます。『山田』では人生を諦めている人と、生き抜くことに固執している人の対比が面白いと思いました。強く生死を意識して取り入れたわけではないですけど、当時の自分のメンタルもそこまで健全ではなかったかもしれません。大学を卒業したあと、就職をせずにフリーの道に進みました。不安たっぷりの中、よくわからないけどゴリ押しで励まされる生命力ある映画を撮ってみたかったのかもしれません。
――自分自身を鼓舞するために撮った作品でもあるわけですね。本作は森が舞台となりますが、撮影はどちらで?
馬渕 富士の青木ヶ原樹海です。雪も降る2月の森の中、人生で一番寒い思いをしました。
――カナザワ映画祭2019などで上映され、新人監督映画祭では短編部門グランプリを受賞します。
馬渕 うれしかったです。お客さんにも笑って観ていただけました。『山田』がなかったら、そのあとも映画の道を頑張ろうとは思ってなかったですね。

『山田』より山田(演:辻智輝)

●命を食らわないと生物は生きていけない

――大学を卒業後に手掛けられたのが43分の『ホモ・アミークス』。新薬開発のために”ホモ・アミークス”と呼ばれる人型生物が飼育されている世界で、ある個体と奇妙な情で結ばれる管理職員の物語。
他者を生かすために存在する生命体という重たいテーマです。

『ホモ・アミークス』ポスタービジュアル

馬渕 摂食障害の一種なのかもしれないですが、2~3年ほどの一時期にお肉を食べられなかったんです。生きて動いて、神経が通り、痛みを感じていた部分なんだよなと考えると……でも、命を食らわないと生物は生きていけない。そういう残酷さも含めた”命の価値”を描きたかった。とはいえ、説教臭くはせずに、娯楽作品として楽しめるようにしたくて、コメディにしました。
――『わたしを離さないで』(2010 年)や『約束のネバーランド』(2020年)など、近しいテーマは過去にも語られてきました。
馬渕 ポン・ジュノ監督の『オクジャ』(2017年)からの影響はあります。自分にとっての特別な命と、世間一般的に定義される命の違いなどを意識して作りました。低予算の作品で、ホモ・アミークスを閉じ込める檻も百均ショップで買った材料で手づくり。人を閉じ込めるだけの強度があるようには見えなくて、あれは失敗でしたけど(笑)。
――ホモ・アミークスたちが見た目は人間と変わらないのに、おとなしい小動物のようにじっとして、口から発せられるのが常に「やめろ」という言葉(?)なのが可笑しい。
馬渕 本作を思いついてから完成までには2年くらい経っていますが、「やめろ」などの奇抜な部分は最初から決まっていました。「やめろ」は覚えやすいキャッチフレーズだったようで、映画祭での上映後、ホモ・アミークス役の辻智輝さん(『山田』での山田役に続いての本作メインキャスト)に映画を観たお客さんが「やめろ、やめろ」と話しかけてました(笑)。
――狙いどころがうまく伝わっていたようですね。ただ、ユーモラスな部分は多いけれど、ストーリーや世界観は命に関わるハードなものです。
馬渕 泣いてくれたお客さんもいました。そういう反応にはビックリしつつ、うれしかったです。

『ホモ・アミークス』より

●生きてても死んでてもやってることは同じ

――そして、最新作が一風変わったゾンビもの『噛む家族』。49分の中編です。ゾンビになっても知性と良心を忘れず、つつましく暮らすゾンビ共同体の疑似家族が世間と折り合いをつけていこうと四苦八苦する悲喜劇。『万引き家族』(2018年)や『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のリビングデッド版のようでした。これまでは完全自主制作でしたが、本作はワークショップでの座組とか。
馬渕 いままでは顔なじみの方々と作ってきました。今回はキャストもほとんど全員初めましてで、居合わせた方たちに合わせたアテ書きです。それぞれの見せ場も持たせて。でも、その結果で出来上がった作品は配役も含め満足しています。
――人によっては短いシーンながらも全員が印象深く残ります。プロ根性を感じました。
馬渕 この人の出番は少なかったなと思っていても、映画にしてみると目立ってたりとか。映画にしてみるまで何が印象に残るかわからないものだなと。14人のキャストがいたので苦労はしましたが、自分だけだったら考えつかなかった役も出てきたり。完全な自由より、制約があったほうがいいものができたりすることに気づきました。

『噛む家族』クランクアップ日の様子

――ゾンビ家長役の阿部能丸さんもイイ味でした。石川県出身の彼は能登地震で潰れた家屋の下敷きになりながらも生還したそうで、そのあとに本作で不死者を演じている。そのつながりにも感じ入るものがありました。この映画は主要人物がほぼすべてゾンビですが、馬渕さんはゾンビものを元々お好きでしたか?
馬渕 好きですね。ただ、コアなゾンビ映画好きの方たちからすれば劣ると思います。ヨン・サンホ監督の『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)が一番好きで、ゾンビの動きの参考にもしました。
――体をえび反らせてコチコチ動き、獲物を見つけた途端に猛ダッシュして襲いかかる。
馬渕 現場でキャストの皆さんに「ゾンビの動きをお願いします」と伝えたら、皆それぞれが思い描くゾンビ像の動きをされるんです(笑)。
――ゾンビ哲学、ゾンビ思想は皆、異なりますから。
馬渕 のろのろ系が多かったかな。そこから動きを整えていきました。

『噛む家族』より馬渕流ゾンビ

――SNS社会の闇とゾンビものをかけ合わせた発想はどこから?
馬渕 ジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画も風刺的というか、「お前ら、生きてても死んでてもやってることは同じじゃねーか」みたいな、人間に対する皮肉のようなものがあったと思います。そういったところにリスペクトして、現代のSNS社会の人たちの立ち回りの醜悪さをゾンビ映画でできたら面白いなと。最初はそこまで考えていなかったのですが、ゾンビものをやるなら、あれもできる、これもできる、と共同脚本の辻智輝さんと話し合って、こういった皮肉めいた作品ができました。
――ゾンビものにすると広がるんですよね、SFにもホラーにもコメディだって成り立つ。鉱脈だと思います。
馬渕 ゾンビを使わないと感染症の話で重たくなりそうなのを、ゾンビに助けられて明るくなってる部分もあります。
――本作のゾンビは普段、分別がつく善良な市民なのに、生者を目にすると我を失い凶暴化する。そのため、生者の前では目隠しをしているという設定は斬新でした。
馬渕 物語上の都合で生まれた設定ではあるんですけど、意外と気に入ったというか。絵柄的にも面白いなと。あと、『呪術廻戦』のキャラクター、五条悟を意識したところも(笑)。
――ゾンビが人に噛みつくシーンはあるものの、特段の血しぶきや人体損壊描写はありません。ここは予算の関係?
馬渕 それもありますが、この作品では強く描写するところではないと思いました。ただ、ゾンビメイクはもっとこだわりたかったですね。メイクさんがいない日もあり、そういう日はわたしと(ゾンビ役のひとり)濱名香璃さんの2人でメイクをして、手づくり感あるメイクになってしまいました。
――でも、一見は生者と見分けがつかない人々が日常の社会でひっそりと暮らしている設定ですから、過度な特殊メイクがないほうがむしろ世界観としてはマッチしていた気がします。
馬渕 そう言っていただけて、とてもありがたいです。

『噛む家族』よりゾンビ系アイドル・みーちゃん(演:濱名香璃)

●作り手を大事にしてくれる映画祭

――『噛む家族』は第18回田辺・弁慶映画祭で弁慶グランプリ、観客賞、キネマイスター賞、フィルミネーション賞、わいず倶楽部賞を受賞の快挙を成し遂げます。前年にも『ホモ・アミークス』で参加していましたが、そのときは無冠でした。念願叶ったという感じでしょうか。
馬渕 授賞式では授賞者と授賞しなかった人が皆で同じ壇上に上がるんです。正直、昨年は壇上で悔しい思いをしました。だから、2度目の挑戦でのリベンジ成功のほうが喜びも大きかったかな。
――2年連続の参加もすごいですね。
馬渕 撮影終わりが6月で、映画祭への応募締め切りが7月。寝ずに徹夜で仕上げました。
――それだけ思い入れがある映画祭なんですね。
馬渕 授賞しなかったとしても、作り手を大事にしてくれる映画祭。行ったときの感覚として、観客としても関係者でもすごい楽しめる。おもてなし精神があり、好きな映画祭です。皆で朝から晩まで映画を観て、晩から朝までお酒を飲む(笑)。

第18回「田辺・弁慶映画祭」授賞式の様子

――キネマイスター審査員も独特な制度だとか。
馬渕 映画をたくさん観ている人がなれる審査員なんです。審査員になるのも審査があるんですけど、なれなくてもお客さんとして参加される方が多くいらっしゃる。映画祭自体にファンをつけています。
――そのような映画祭で受賞したんですから、格別な体験でしたね。
馬渕 本当にうれしかったです。

ひとりよがりにはならず

――あらためて、馬渕作品を振り返ります。リアリズムに徹したものよりは、SFやファンタジーの要素が現代社会に入ってくる作品が多い。藤子・F・不二雄のSF短編漫画のような。
馬渕 非日常やファンタジックな要素があると作りやすいのと、面白い構図や絵柄が好きなので、そこから構想していくと非日常なストーリーになりがちですね。藤子先生のSF漫画も好きです。
――馬渕さんはかつて子役として活動されていた時期があったそうですが、そこでの経験が現在の演出家としての立場に与えている影響は?
馬渕 立場が違うと視点がまったく変わります。当時、これって製作者側からするとやめてほしいのかなということをしていたと気づいたり。いまでは、出演する側の気持ちがよりわかるようになりました。

『噛む家族』は「第25回TAMA NEW WAVE」でも上映されて好評を博した

――商業、非商業に対するスタンスの違いはありますか。
馬渕 『噛む家族』はワークショップ形式で監督依頼を受けて作った作品。そのチャレンジで気づいたのは、観る人を意識すること。無駄にわかりづらくはしない。少しでも退屈させてしまうシーンは入れない、それをより意識するようになりました。自主でも商業でも、ひとりよがりにはならずに。
――今後の活動など。
馬渕 次は長編を撮りたいですね。20分、40分、50分弱と段々長くなってきているので(笑)。あと最近の流行である縦型の作品を撮る予定があります。
――最後にメッセージをいただけますか。
馬渕 お知らせになりますが、『ホモ・アミークス』がU-NEXTで配信開始されました。また、チバテレビとTOKYO MX 2での放映が決定しました。そして、『噛む家族』が2025年にテアトル新宿とテアトル梅田で上映されます。現実世界と隣り合わせのゾンビコメディです。ぜひご覧になってください!【本文敬称略】
©馬渕ありさ

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