『フレンチ・コネクション2』 フランスに渡った狂犬刑事に己の復活を託したジョン・フランケンハイマー監督、怒りの一撃! 町山智浩単行本未収録傑作選26
文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2014年10月号
●60年代のエースから地に堕ちたフランケンハイマー監督
1960年代の終わり、『卒業』『俺たちに明日はない』『イージー・ライダー』で、ハリウッドにニューシネマ革命が始まった。スタジオで作られていた、美男美女の勧善懲悪のおとぎ話ではなく、ニューシネマは、セックスと暴力と政治の生々しいドラマを実際の路上で撮影した。そういう映画を60年代から撮っていたジョン・フランケンハイマーはニューシネマの先駆者といえる。
ところがニューシネマの時代に、フランケンハイマーは迷走していた。最大の原因は1968年6月のロバート・F・ケネディ(RFK)暗殺だ。フランケンハイマーは大統領候補に出馬したRFKを応援し、予備選のためのキャンペーンCMを作っていた。そして、同じくRFKを応援するジャーナリストで作家のピート・ハミル(山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』の原作者)と懇意になった。しかし、そのピート・ハミルはロサンジェルスのアンバサダー・ホテルでRFKが拳銃で撃たれる瞬間の目撃者になった。
エミリオ・エステヴェス監督の『ボビー』(2006年)で描かれたように、ヴェトナム戦争を終結させようとしていたRFKはアメリカの最後の希望だった。彼の死でフランケンハイマーはアメリカに絶望した。
さらに『The Extraordinary Seaman』(1969年)、『さすらいの大空』(1969年)、『I Walk The Line』(1970年)と3本続けて興行的に失敗した。
失意のフランケンハイマーは妻と共にパリに移住した。ハリウッドを離れてからも映画を撮り続けたが、『ホースメン』(1971年)、アート映画『Story of a Love Story』『The Iceman Cometh』(共に1973年)も興行的に惨憺たる有様で、後ろの2本は日本公開すらされていない。
フランケンハイマーの評判は地に落ちた。1971年に『ジャッカルの日』がベストセラーになると、彼は「これを撮れる監督は俺しかいない」と思って、ハリウッドの映画会社にアピールしたが、プロデューサーは会おうともしなかった。代わりにフランケンハイマーは、コミック・ブック風のふざけたギャング映画『殺し屋ハリー/華麗なる暗殺』(1974年)の監督を引き受けたが、またしても壊滅的な失敗に終わった。
キャリアのドン底でフランケンハイマーは酒に溺れ、自問したという。
「俺が上手くやれた映画はどんな映画だったのか? サスペンス、アクション、骨太のストーリーの映画だ」
手に汗握る熱いアクション、俺にはそれしかない。
そこにジーン・ハックマンから連絡があった。
「『フレンチ・コネクション』(1971年)の続編を作ってくれないか?」
『フレンチ・コネクション』は、フランスからニューヨークのマフィアに密輸されるヘロインのルート「フレンチ・コネクション」を叩き潰した刑事たちの実話の映画化。ジーン・ハックマン扮する主人公エディ・ドイルは、喧嘩っ早いので「ポパイ」と仇名されたニューヨーク市警麻薬課の刑事エディ・イーガンをモデルにしている。トレードマークのポークパイ・ハットもそのままに。
前作の監督ウィリアム・フリードキンは「ポパイはたまたま警官になっただけのヤクザだ」と評した。正義感ではない。獲物を見つけたら食らいついて死ぬまで離れないドーベルマンのような男なのだ。
前作の最後でポパイはマフィアたちを逮捕し、独りだけ逃げたフランス側のボス、シャルニエ(フェルナンド・レイ)を追って、精神病院の廃墟に入る。
「あっちだ!」と闇の向こうに駆けて行くポパイ。1発の銃声。
ポパイはシャルニエを仕留めたのか?
それはわからない。『フレンチ・コネクション』は「その後のシャルニエの行方は不明」という字幕が出て終わる。シャルニエのモデルになった麻薬王ジャン・ジュアンは、フリードキンによると、フランスではレジスタンスの勇士だったので逮捕を免れ、静かに天寿を全うしたという。
●『フレンチ・コネクション』の続編?
そんな実録映画の続編を作るという。今度は完全にフィクションで。──シャルニエはやはり生きていた。その宿敵を追ってポパイが今度はフランスに乗り込むのだ! フランスのアメリカ人、フランケンハイマーはこの『フレンチ・コネクション2』(1973年)に再起を賭けた。
舞台は南仏のマルセイユ。フレンチ・コネクションの拠点だ。その歴史は古く、第二次大戦前にさかのぼる(『ボルサリーノ』の項を参照)。ヘロインの原料である阿片は、もともと仏領インドシナから輸入していたが、インドシナ独立後は、トルコからになった。
ポパイがマルセイユに着くと、麻薬課の刑事たちは大量の魚を解体していた。麻薬を魚の体内に隠して密輸している、という通報があったのだ。ポパイが乗るタクシーにも、野次馬の背中にも、切り紙の魚が貼られている。
地元の刑事アンリ・バルテルミ(ベルナール・フレッソン)は、ポパイを迎えて、魚のはらわたでぐちゃぐちゃの手で握手する。
「四月の魚だ」
フランスではエイプリル・フールをそう呼ぶ。紙の魚を人の背中に貼りつけるのも四月馬鹿のイタズラだ。通報はイタズラだったのだ。
ポパイはシャルニエの顔を知る唯一の男としてここに派遣された。麻薬王シャルニエは本名ではない。彼の実名は誰も知らない。その顔はポパイだけが知っている。
「あんた、史上最大の量のヘロインを押収したんだって?」
「俺の資料をなんで便所で読むんだ?」
「でも、そのヘロインは警察で紛失した」
麻薬課の警官が盗み出して売ったのだ。『セルピコ』『プリンス・オブ・ザ・シティ』、それに『アメリカン・ギャングスター』で描かれているように、当時のニューヨーク市警の麻薬課は腐敗しきっていた。アンリはポパイに「あんたがやったんじゃないのか?」と疑いの目を向ける。実際、エディ・イーガンも疑われたが、嫌疑は晴れた。
さらにポパイの資料を読み込んでアンリは呆れる。「あんた、今まで5人も射殺したのか。そのうち2人は警官……」
前作のラストでポパイはシャルニエと間違えてFBI捜査官を射殺したが、もう1人はどこで殺したんだろう? アメリカから来た狂犬刑事は、トイレの裏の部屋をあてがわれる。
ポパイはアラブ人街のガサ入れに同行する。麻薬精製所が突然爆発! 外連味のある展開がいかにもフランケンハイマーらしい。現場から逃げた黒人を全力疾走で追うポパイ。42歳のポパイは若い黒人に追いついて捕まえる(これは伏線)。
黒人を殴りつけるポパイに追いついたアンリたちは、なんとポパイを羽交い絞めにして黒人を逃がす。
「なんであのクロンボを!」
エディ・イーガンはひどい差別主義者で、黒人をニガー、フランス人をフロッグと呼ぶ。カエルを食べるからだ。
「ここは黒人と見れば殴っていいニューヨークじゃないぞ」アンリは叱る。「彼は警官だ」しかし、正体がバレた潜入捜査官は、ポパイたちの目前で刺殺されてしまう。
「さっさとニューヨークに帰って警官殺してろ! あんたはそれがいちばん得意なんだから」
アンリたちに疎んじられたポパイはマルセイユの街をうろつく。フランス語もできないのに二十歳そこそこの女の子に次々とちょっかいを出す(エディ・イーガンは実際、十代の女の子が大好きなロリコン親父だった)。異国で誰にも相手にされないポパイはカフェのバーテン相手に酒を飲む。言葉は通じないのに。
「俺は1人で飲むのが嫌いなんだ」
この孤独な中年は寂しがり屋なのだ。フランケンハイマーによると、ポパイとバーテンのトンチンカンな会話シーンは完全に台本なしのアドリブで、2人は実際に酔っぱらっているそうだ。
そのポパイをずっと尾行している2人組がいる。彼らはアンリの部下だ。実はポパイを爪はじきにして街を徘徊させたのは作戦だった。ポパイをエサにしてシャルニエを釣り出す魂胆だったのだ。
シャルニエはポパイに食いついた。ポパイはS&WM36チーフ・スペシャルを旅行鞄の底に隠して持ち込み(当時はセキュリティが甘かった!)愛用のアンクル(足首)ホルスターに入れて歩いていたが、それを抜く暇もなく、一瞬で敵に拉致され、尾行の刑事は殺されてしまった。
「ポパイ君、君にだけは会いたくなかったよ」
シャルニエは007の敵役と同じ貴族的な物腰。FUCKを連発する粗野で下品なポパイにとって不倶戴天の仇。シャルニエは安ホテルにポパイを監禁し、何週間もヘロインを注射し続けて、シャルニエにクスリを懇願するほどの中毒にして、警察署の前に捨てる。しかし、なんで映画の悪役はいつも主人公を生かしておくのかね。「殺しておけばよかった」と後で後悔するのに。
「コールド・ターキーだ」ポパイは言う。「冷たい七面鳥」とはジョン・レノンの歌にもあるように、中毒患者が麻薬を抜くこと。留置所の檻の中で禁断症状と戦うポパイにアンリが付き添う。
「ヘンリー(ポパイはアンリを英語読みする)、俺はエサだったんだな」
「もっと早く気づけよ」
アンリは罪悪感を抱いている。ヘロインへの渇きを紛らわすため、ポパイはアンリ相手にとりとめもない話を始める。
「俺は野球選手になりたかったんだ。ヤンキーズ知ってるか」
「ヤンキー・ゴー・ホームか?」フランス人にメジャー・リーグのことがわかるわけないのだが、アンリは精一杯ついていこうとする。
「俺はヤンキーズの2軍に入ったんだけど、ファッキンなショートがいたんだよ。そいつがあまりに強打者だったんで、俺は野球をあきらめて警察官のテストを受けたのさ。そいつはミッキー・マントルだよ」
これはエディ・イーガンに起こった本当の話だ。マントルはヤンキーズで536本のホームランを叩き出した。しかしアンリは知らない。
「じゃあ、ウィリー・メイズは? 頼む、知ってると言ってくれ。そうだマックス・ラニアーは? あいつは確かフロッグだ」
万能選手だったメイズは黒人。ラニアーは本当にフランス系だ。ポパイは差別意識に凝り固まっているくせに、スポーツを通して黒人やマイノリティを尊敬する、典型的な白人労働階級だ。
「ホワイティ・フォード(ヤンキーズの左腕投手)は? いかしたサウスポーだったぜ」
「南の手のひら?」野球場は1塁側が南向きに作られるから。
「レフティ(左利き)のことだよ」
「左翼か?」
「いや、あいつは共和党だった」
死ぬほどかみ合わない(笑)。アドリブのように見えるが、この抱腹絶倒の会話は、ニューヨーカーであるピート・ハミルが書いたものだ。フランケンハイマーは撮影直前に電話でピート・ハミルをフランスに呼びつけ、ホテルに3日間カンヅメにして、全セリフを書き変えさせた。脚本にクレジットされていないのは、彼が脚本家組合に入っていないからだ。
このコールド・ターキーは本当にいいシーンだ。米仏の異文化交流を通じて、アンリはポパイという男の粗野だが人のいいアメリカン・スピリットを知り、それにとことん付き合うアンリにポパイは漢気を感じ、2人は友情で固く熱く結ばれる。
●ポパイ、怒りの大反撃!
ここからポパイの大反攻が始まる。だが、その前に俺をヘロイン漬けにしたチンピラどもにはこの手で落とし前をつけてやる。ポパイは監禁されたホテルの名前を憶えていたが、アンリには言わず、独りでそこに戻って来た。公衆電話でアンリに場所を告げる。
「ちょっと水を持ってきてくれ。沢山な」
ポパイはホテルに入るとジェリ缶でガソリンを撒いて火を点けた。たちまち燃え上がるホテル。他の客もいるのにムチャクチャだ。放火は重罪だが、ま、これは映画だから、最高に燃える復讐だ。
ポパイに注射したチンピラの1人は炎に吹き飛ばされて地面に落下。もう1人をボコボコにして、麻薬積み込みの現場を白状させる。
それは乾ドック入りしているオランダ行きの貨物船だった。急襲した警官隊にシャルニエ一味は機関銃で応戦して激しい銃撃戦。フランケンハイマーらしいアクション、アクションの畳みかけ。シャルニエ一味は乾ドックに注水して刑事たちを溺死させようとする。何万トンもの水と戦う刑事たちの上に、船を支えていた材木が次々に降ってくる。材木に直撃されて水に飲まれたアンリを今度はポパイが助ける。何度も言うが、この頃の映画にはCGなんかない。みんな本当に命がけでやっている。かつて映画作りとは工事やカーレースやプロレスや戦争と似たような仕事だった。だからこそ、手に汗握るのだ。
ヘロインは押収したが、一味には逃げられた。フランス警察はもうポパイをアメリカに返そうとする。シャルニエとの決着をつけないで帰れるはずがない。
「ヘンリー、俺はお前の命の恩人だぞ」
アンリは、ポパイ誘拐現場に落ちていた彼のチーフ・スペシャルを返す。ドーベルマンは牙を取り戻した。
貨物船の船長の尾行。彼に報酬を渡したシャルニエの部下を追って、アンリたちは麻薬工場を突き止めた。警官隊の突入! 激しい銃撃戦のなか、シャルニエが脱出するのをポパイは見逃さなかった。シャルニエは路面電車に飛び乗る。エディ・イーガンは実際、NYでジャン・ジュアンに地下鉄で逃げられた。2度と逃がさないぜ。路面電車を猛然と走って追いかけるポパイ。車が行き交う車道のど真ん中を突っ走るポパイを避けようとした自動車がクラッシュ。このチェイスがゲリラ的に撮影されたことは、ポパイを見て驚いている通行人の顔を見ればわかる。
前作でフリードキンが地下鉄対自動車で見せたチェイスにフランケンハイマーは路面電車対ポパイの足で挑戦したのだ。
路面電車の終点は港だった。遅れてたどり着いたポパイは降りて来た客の中にシャルニエを探すがいない。港から1隻のヨットが出て行く。それは前半で登場したシャルニエのヨットだが、ポパイはそれを知らない。だが、猟犬のカンが彼にそれを追わせる。ヨットと並行して桟橋を走る。いつしかポパイは片足を引きずっている。ハックマンは実際にひざを痛めたのだ。カメラはポパイの視点になる。足元がふらつく。ゼイゼイという息切れだけが聴こえる。次々と柵や扉がハードルのようにポパイの行く手を阻む。スピードが落ちる。桟橋の突端が近づいた。そこから先は海だ。もう逃げ切ったと安心したのか、シャルニエはヨットのキャビンから甲板に出た。
「シャルニエ!」
その絶叫に振り向くと、桟橋の突端に片膝立ててチーフ・スペシャルを構えたポパイ。弾丸は1発でシャルニエの心臓をぶち抜いた! さらにもう1発。崩れ落ちるシャルニエ。
画面暗転。前作同様、今度も銃声で終わるが、完全決着。筆者はこれを立ち見の日比谷映画で観たが、暗転して一瞬間を置いて、拍手が沸き起こった。
シャルニエを殺した瞬間でスパっと幕を閉じたことについてフランケンハイマーは、インタビューで「あれしかなかった」と言っている。シャルニエを仕留めた後、ポパイとアンリの別れの場面なども実際に撮影して編集して、試写にかけたが観客の評判も良くなかったという。
「ポパイにはシャルニエを倒した後、どこへも行く場所はない。あれで終わりなんだ」
ポパイはエイハブ船長だ。白鯨を倒すことだけが人生のすべてなのだ。
フランスでヘロイン中毒のどん底を見るポパイには、フランスでキャリアのどん底を見たフランケンハイマー自身が重ねられているのだろう。しかし『フレンチ・コネクション2』でアクション映画監督フランケンハイマーは復活し、ハリウッドに帰って来た。新たなエイハブ船長の物語『ブラック・サンデー』を監督するために。
『フレンチ・コネクション2』は今、観直すと『ブラック・レイン』(89年)の下敷きになっているのがわかる。ニューヨーク刑事(マイケル・ダグラス)と日本の刑事(高倉健)が反発しながら友情を育てていく過程などに、大きな影響を与えている。だが、『ブラック・レイン』のころから、アメリカや日本の映画はダラダラと長いエピローグで泣かせるようになってきた。『フレンチ・コネクション2』のように、ダーン! ズバッ! と映画が終わってた時代が懐かしい。