直撃取材! カンフーとブラック・サバスの奇跡の融合! あまりに怪作すぎて話題騒然! 『エストニアの聖なるカンフーマスター』ライナル・サルネット監督インタビュー
1970年代、ソ連領下のエストニアで禁止されているはずのブラック・サバスにハマった主人公が、カンフーの極意を習得するために修道院の扉を叩くという、『エストニアの聖なるカンフーマスター』。一見すれば中二病マインド全開に思える本作だが、監督は『ノベンバー』(2017年)でキリスト教とエストニア土着信仰を掛け合わせて、唯一無二の世界観を提示したライナル・サルネット。本作も10月4日に公開されるや否や、正教会における精神世界を説くなど、思わぬ方向に突き進む内容から話題騒然となっている。今回、映画の宣伝のために来日したライナル・サルネット監督にインタビューを敢行。取材中、本作の深淵なるテーマを激白!?
取材・文◎『映画秘宝』編集部(今井)
●型破りの主人公には、型破りのモデルがいた
――本作の主人公、ラファレルはカンフーとブラック・サバスにハマった、非常に型破りなキャラクターです。ラファエルという人物はどのように生み出されたのでしょうか?
ライナル ラファエルには実在のモデルがいるんだよ。70年代のソ連のペチョールィ修道院で活躍したラファエル神父という人物で、『Not of This World』という正教会に関する書籍に詳細が記されている。彼は修道士であるにも関わらず、様々なアーティストと交流して、女性とも頻繫に付き合っていたらしい。まるでヒッピーのようで、厳格な修道院の中で反逆的に生きる姿は非常にクールだ。彼は最終的に修道院から追い出された挙句、自動車事故で亡くなってしまったけど、僕はそんなラファエルを、ソ連の占領下であらゆるポップカルチャーが禁止されていた70年代のエストニアで暴れさせてみたかったんだ。
●反逆としてのブラック・サバスと宗教
――ヘヴィメタルのブラック・サバスの楽曲「The Wizard」が随所に使用されています。ブラック・サバスをフィーチャーした理由を教えてください。
ライナル この映画を作るにあたって正教会の修道院を訪ねたところ、僧侶たちの物々しい口調と黒いローブ姿が印象的だった。さらに敷地内のカタコンベ(地下墓地)に入ってみると、壁には十字架が掲げられ、死んでいった僧侶たちの髑髏が所狭しと並べられていた。それらが蝋燭の灯りで不気味に照らされている様は、もうブラック・サバスのジャケットそのままだったね(笑)。
――確かにブラック・サバスが好むモチーフは宗教チックではありますね。
ライナル その空間は僕にとってロックンロールの何ものでもなかった。それにロックと宗教はソ連領下で禁止されていたものだ。反逆のシンボルでもある。地獄や十字架などをモチーフにして、物質世界の脱却を目指しているという意味でも同じものだと言える。
――「The Wizard」をメインテーマ曲に据えたのはなぜでしょう?
ライナル ブラック・サバスの中でも「The Wizard」は特にパワフルなリズムで、映画向きの音楽だと思った。通常のロックだと長いイントロが付き物だが、「The Wizard」はいきなり弾丸列車が何百キロで突っ走ってくるような力強さがあり、実に戦闘的だ。さらに魔法使いが悪を薙ぎ払うという歌詞で、福音のような世界観が描かれている。映画の中でもラファエルが自分を奮い立たせるために、この曲の歌詞を口ずさんでいるよ。
●戦う僧侶としてのカンフーマスター
――本作はカンフーも大きなテーマとなります。修道士たちがカンフーの使い手という突拍子もない設定ですが。
ライナル エストニアである舞台演出家が修道院を訪れた際、僧侶たちは「私たちは倒れては立ち上がり、常に欲望といったものと戦っている」と説いたという。自身の内なるものと戦っているという観点から言えば、僧侶の心構えは戦士と同等とも言える。だから、本作ではそのメタファーとして、僧侶をカンフー使いとして設定したんだ。
――修道士たちが超絶なアクションを見せつつ、主人公にカンフーの精神世界を説いていくのも、本作の特長ですね。
ライナル 僕は合気道を習っているんだけど、合気道をはじめアジアの武道はただ戦う技術を習得するのではなく、戦う際の心構えが出来ているかどうか、そのマインドを理解することが重要となる。死を認識して、覚悟をもった上で戦いに挑む。どんな強者であろうとも、その心構えに変化はない。死は別の世界の扉でもあるのだから、武士道はスピリチュアルの世界とも繋がりが深いと思う。
●現代音楽家の日野浩志郎さんが参加
――ブラック・サバス以外にも、本作にはヴァラアム修道院の聖歌が効果的に使われています。本作の音楽を担当されたのは日本の現代音楽家である日野浩志郎さんですが、日野さんを起用した理由を教えてください。
ライナル 日野さんはブラック・サバスと同じようなリズム感を持っていて、タフでパワフルな音楽を刻んでくれる。そういった理由でオファーしたのだが、実際にこの映画で彼が果たした役割は「音響」に近いかな。彼とは打ち合わせの際に歌舞伎について、いろいろと話をしたよ。歌舞伎を観ると、登場人物の感情やテンションを〈音〉で表現していることに気付いた。だから、この映画でもキャラクターが何か行動を起こす際の〈音楽〉を提供してもらった。特に印象深いのはフルートの音楽かな。彼はフルートも吹けるので、ラファエルが道半ばで何かを求めている気持ちを笛で表すようにお願いした。ブラック・サバス、聖歌、日野さんの音楽はそれぞれ、この作品の精神性を担っているんだ。
●祝福のための70年代ポップアート
――監督は前作『ノベンバー』(2017年)で、牛の首を吊るして空を飛ぶ使い魔クラットなど、インパクトのあるビジュアルを提示しました。本作のビジュアル面でこだわったところを教えてください。
ライナル この映画は70年代を舞台にしているから、その当時のポップアートのテイストを意識した。70年代のポップアートはサイケチックな色彩感覚で、際立って明るいフィーリングに満ちている。当時はエストニアやソ連に限らず、ベトナム戦争や第四次中東戦争など、世界的に絶望感に打ちのめされていた。そういった中でカウンターカルチャーとして、ポップアートは暗い世相を打破する役割があった。それは正教会のイコンに通じるものだと個人的に捉えている。
――それはどういうことでしょうか?
ライナル カトリックなどの宗派では十字架に磔となったキリストは痛みを伴って描かれるのに対して、正教会で描かれる十字架上のキリストは血や涙を流しておらず、ネガティブな要素を避けている。つまり正教会にとって十字架は死のメタファーではなくて、キリストが蘇ることを象徴しており、永遠の喜びがもたらされることを意味しているんだ。この映画ではラファエルの自宅をはじめ、ポップアート特有の明るさに満ちているが、それはラファエルが童心を持つ者だからだ。彼は神によって全てを許された〈聖なる愚者〉であり、彼の行く先には明るい未来が約束されていることを提示している。
●エストニアが抱える事情
――近年、『1944 独ソ・エストニア戦線』(2015年)でもエストニアという国が抱える特殊な事情が描かれました。第二次世界大戦下でのドイツ侵攻、また戦後のソ連領下など、エストニアをとりまく環境や歴史は、監督にどのような影響を与えたでしょうか?
ライナル ソ連領下時代、僕はまだ子供だったけど、非常に冷酷なことが行われていて、どの家庭にも何かしら逮捕された者や殺された者がいた。いま現在ロシアで起きていることを聞くと、それがいかに恐ろしいことなのか手に取るように分かる。プーチンが支配する現在のロシアも、非民主主義的な監獄であることに変わりはない。ロシアがウクライナとの戦争に勝てば、次はエストニアが狙われると言われている。我々は常にその恐怖心と隣り合わせにいるんだ。
――この映画の中でもソ連のKGBが出てきて、自由を脅かす存在として描かれますね。
ライナル 僕より上の世代はロシアへの恐怖心が強かったが、僕の世代になるとフィンランドのテレビ局の電波が入ってくるので、西側の情報は絶えず追っていた。だから、僕のアイデンティティはロシアではなくて、あくまでヨーロッパ人であり、ヨーロッパ的な視点で国家との関係性を見ることができる。ヨーロッパでは国家と同じぐらいに個人が尊重される。しかし、ロシアでは国家が絶対的な存在なんだ。
●オープニングに込められた意図
ライナル 僕が子供の頃、ソ連と中国は緊張状態にあって、絶えず「中国が攻めてくるぞ」と恐怖心を煽られていた。プロパガンダの一種でもあったのだが、実際にソ連の国境警備隊は何度も中国の盗賊団に襲われたという。この映画のモデルになったラファエル神父もかつては軍隊に所属していて、中国の盗賊に襲われたところ、彼だけが生き残ったと言われている。僕はこの映画を作るにあたって、どうしてもそのシーンを撮りたかった。
――映画の冒頭で、3人のカンフーマスターとソ連兵が戦うところですね。あれは実際にあったことを元にされていたのですか!
ライナル プロデューサーとキャメラマンに「こんなオープニングにしたい」と説明したら、大笑いされたけどね(笑)。3人のカンフーマスターが空から舞い降りて、ソ連の軍人と戦うことになる。あのシーンのファイトコレオグラファーは台湾のエディー・ツァイさんという方で、3人のカンフーマスターのうち1人はエディーさん本人が演じているんだ。あとの2人もエディーさんが連れてきた友人。僕は画コンテの段階から「天使のように降りてくる」と書いていて、彼らは天使を思わせるような優雅で洗練されたアクションを見事に見せてくれたよ。
――この映画のラファエルも独り生き残り、あの3人に“生かされた”ことで、カンフーに目覚めて物語が動き出します。
ライナル 3人のカンフーマスターは中国の盗賊なのだが、僕は天使と想定して撮っている。天使が中国の盗賊の姿で現れて、ラファエルにヌンチャクを託した。それは秘密の扉を開く鍵を渡したということだけど、当初ラファエルはその意味が分からず、現世を彷徨う内に、やっとのことで修道院に辿りつく。あのヌンチャクが映画の中で輝いて映し出されたのも、それが聖なるものだからだ。時によっては、悪とされている者も自分の進むべき道標になることもある。だから、この世に起きることは何かしら意味があるんだ。
『エストニアの聖なるカンフーマスター』
原題:NAHTAMATU VOITLUS
2023 年/ 115 分/エストニア、フィンランド、ラトビア、ギリシャ、日本 監督・脚本:ライナル・サルネット 出演:ウルセル・ティルク、エステル・クントゥ、カーレル・ポガ、インドレク・サムール ほか
配給:フラッグ・鈴正/宣伝:ポニーキャニオン
絶賛公開中
公式 HP:https://www.flag-pictures.co.jp/estonia-kungfumaster/
© Homeless Bob Production / White Picture / Neda Film / Helsinki Filmi
ライナル・サルネット
映画学校では「神童」と呼ばれ、フョードル・ドストエフスキーの「白 痴」を映画化した「The Idiot」(2011年)で注目を浴びる。監督作『ノ ベンバー』(2017 年 ) は日本でも 2022 年に公開され、スマッシュヒッ トを記録した。民謡や古典文学などをストーリーのベースに、アニメー ション、広告、出版業界で培ったビジュアルセンスでオリジナリティ に溢れる作品を生み出す大注目のエストニア人監督である。