見出し画像

舞台挨拶ルポ 「MOOSIC LAB 2023」で中井友望主演、平波亘監督『サーチライト-遊星散歩-』が先行プレミア上映。「私の初主演がこの作品でよかった」と中井が思いを語った

 平波亘監督、小野周子脚本による『サーチライト-遊星散歩-』が単独公開を前に「MOOSIC LAB 2023」の上映作品の1つとして先行プレミア上映された。1月9日、東京・シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』での上映後、平波とキャストらが登壇し、制作秘話などを語った。

巻頭写真 フォトセッションの様子。(左から)スーパーの店員役・柴山美保、監督の平波亘、果歩役・中井友望、輝之役・山脇辰哉、音楽の合田口洸、教師役・橋野純平


『サーチライト-遊星散歩-』は、病を患う母親との貧しい二人暮らしに苦しみながらも、希望を捨てずにもがき続ける女子高生・果歩の物語だ。介護が必要な母の面倒を見ながらの生活では食費を捻出することすらままならない。彼女はやがて、生活のためにコンセプトカフェや「JK散歩」の世界にまで足を踏み入れるようになる。果歩を心配する同級生・輝之もどうすれば彼女を助け出せるのかわからず、2人の関係にも亀裂が生じていく。彼らが住む荒涼とした冷たい街の空を照らすサーチライト。はたして、その光の筋は、果歩たちを輝く未来へと導いてくれるのか。

『サーチライト-遊星散歩-』ポスタービジュアル

 主演を務めるのは、本作で映画初主演を飾る中井友望。ミスiD2019でグランプリを獲得し、『かそけきサンカヨウ』や『シノノメ色の週末』などの作品に出演、今年2月には『少女は卒業しない』の公開が控える期待の新鋭だ。不条理な社会を必死に生き抜こうとする健気な若者の姿を、真っ直ぐな感情で力強く体現した。果歩を気遣いながらも、自身も彼女と同様に貧困家庭で暮らし、新聞配達やウェイターのアルバイトに精を出す同級生・輝之役に、『光の輪郭と踊るダンス』やNHKドラマ『きれいのくに』などで目覚ましい活躍を見せている山脇辰哉。ときとして間の抜けた愛嬌あるそのキャラクターは、息が詰まりそうな物語の一服の清涼剤として観客に安心感を与えてくれる。果歩を闇の世界へ誘い入れる先輩役に都丸紗也華。西本まりん、詩野などフレッシュな若手の顔ぶれがそろった他、果歩の母・貴子を演じた安藤聖、果歩とJK散歩をするサラリーマン役・山中崇らベテランが脇を固めた。

主人公の果歩(演:中井友望)
果歩の母・貴子(演:安藤聖)


 監督の平波亘は2008年のPFFアワードで『スケルツォ』が入選、MOOSIC LABでは2012年に『労働者階級の悪役』、2013年に『トムソーヤーとハックルベリーフィンは死んだ』が上映された。『東京戯曲』や『the believers ビリーバーズ』、都丸紗也華が主演を務めた『イースターナイトメア~死のイースターバニー』などの作品の他、多数の短編や舞台演出、ミュージックビデオも手掛ける。そして、田中俊介主演の『餓鬼が笑う』が2022年12月24日より全国順次公開中だ。
 脚本家・小野周子の企画・脚本による『サーチライト-遊星散歩-』は、「MOOSIC LAB」を仕掛けるSPOTTED PRODUCTIONSの代表・直井卓俊から平波へ監督の打診があったことから本格的に動きだしたが、平波が引き受けた理由にはコロナ禍の状況も関係していたという。「2020年、コロナが蔓延したくらいの夏、直井さんからご連絡をいただきまして、企画・脚本の小野周子さんが書かれた脚本があり、それの監督を探しているということで。こういう十代の若者が主人公の話を意外と僕はやってこなかったことや、果歩のお母さんへの思いだったり、そういう部分、”家族”ということに作品としてはあまり向き合ってこなかったなと。コロナで塞ぎこみがちな時期でもあったので、そういう題材にチャレンジしたいなと思い、この企画を受けさせていただきました」と自身としても挑戦の一作だったことを明かした。
 人けのない街を果歩は駆ける。自分をがんじがらめにするあらゆる束縛から解き放たれることを願うように。一方、輝之も新聞配達に使う自転車で街を疾走する。当初はすれ違う2人だったが、ある事件を境に互いの人生が交錯していく。そのきっかけとなるシーンで、輝之が駆けだすところを平波は躍動感あるBGMに乗せ、スローモーションで捉える。孤独な青年がふとしたことから文字どおりの地獄めぐりの体験をする『餓鬼が笑う』でも、映画にドライブがかかり始める転換点で、主人公がロックバンド「eastern youth」の激しい曲を背中に浴びながらスローモーションで駆けだす場面があり、『餓鬼が笑う』に続き、本作でも平波節といっていいドライブ演出が印象的だ。
 音楽と映画の祭典「MOOSIC LAB」内の企画製作である本作は、撮影開始前から音楽との密接な関係にあった。音楽・主題歌を担当したのはシンガーソングライター・合田口洸。ポエトリーを基調とした音色と、昔懐かしいフォークソングの趣きも感じさせる歌い方で等身大の若者に響く表現が人気の歌手だ。2021年にはアルバム『after words』がリリースされた。平波の『the believers ビリーバーズ』でも終曲を担っており、今回は楽曲だけでなく、さらには謎の男・4番さん役で出演もこなした。果歩や輝之の住む街のいたるところに現われるその男は、風来坊のようにも、街を見守る守護神のようにも見える。彼がギターを奏でて歌う曲は、作品を彩るBGMでありながら、劇中で実際に演奏され、登場人物が耳にする。その歌もまた、果歩たち住人と同じ、街を構成する生きた要素のひとつだ。
 台本を読んだ合田口が撮影前に作った曲が、撮影をする上での重要なイメージとして役立ったという。平波は、劇中歌として歌われる曲はこの作品の核になると話し、エンディング曲については「未来に開かれていくような」と形容。この二つの曲を最初に書いてもらったそうで、それをデモ音源の段階からとても気に入り、曲によって作品のイメージもより固まっていったという。役者も撮影前に曲を渡されていたとのこと。中井は曲について、「(安藤聖演じる)お母さんが歌っていた歌ということなので、聴いたことあるくらいにしようと思いました」とあえて深く聴き込むことはしなかったそうだが、それについて平波は「果歩が得る情報としてはそれくらい」と意図どおりの聴き込み具合だったことを説明した。
 中井が自身の演じた役について話しだす。「果歩の役は私とそんなに遠くない役柄だったので……その、なんか……私の初主演がこの作品でよかった」と当時を振り返り、言い淀みながらも感慨深げに言葉を継いでいった。
 平波も「すごく自然に果歩だったんですよ。現場では果歩だった。だから、脚本に対してもそんなにディスカッションはなかったんです」と明かす。スーパーの店員を演じた柴山も「すごいオドオドしてて、まさに果歩で。最初から(役に)入ってたんだなって。ちょっと心配になるくらい」と共演者が現場で心配してしまうほどに中井は心寂しい果歩の役と同化していたことが、現場でのエピソードからうかがえた。

果歩を救おうとする同級生・輝之(演:山脇辰哉)

 もうひとりの主役ともいえる輝之を演じた山脇は、見る者の目を引く印象的なマッシュルームカットで舞台に登壇。自身の役柄について、「(自分からは)だいぶ遠いですね。久しぶりに普通の髪型でお芝居できた作品なんです(笑)」と言い、観客の笑いを誘った。「『きれいのくに』というドラマ以降、基本的にこの髪型を求められるスタイル」と苦笑いをする彼が舞台挨拶で見せた茶目っ気は役柄にも活かされた。平波は「友達を心配するカッコイイやつになってしまいがちなところを、彼はブレーキをかけて入り込んでいく」と紋切り型のキャラクターではない、硬軟ある人間味あふれた輝之を演じた山脇を称賛。続けて、「編集中は役者の真似をしたりするんですが、輝之の真似はしづらかった」と笑いを交えながら山脇の特異性を語った。
 最後に登壇者から観客へ、作品に込めた思いが伝えられる。柴山は「主演はもちろんのこと、その他も生きてる人たちがいっぱい出てて、皆が生きてる映画だなと思います」とコメント。教師役の橋野は「小さい映画だと思うんですけど、そういう映画に皆さんが足を運んでくれるおかげで、こういう映画が撮れてます。ぜひ、また劇場に足を運んでいただけると、僕たち映画を作ってる側としてはすごい嬉しいです」と感謝の言葉を述べた。合田口は「こんなにすてきな人たちがたくさん出てる映画で、監督もすごく優しい人。優しい映画になっているのかなと思います。僕も少しだけお力添えができる音楽が作れたのかな」と謙遜しながら語った。
 そして、平波が締めくくる。「創作におけるフィクションにすごくこだわってきたんですけど、こういう自分とは違う世代の話でありながらも、ある種のリアリティであったりとか、そこに自分なりのファンタジー性を乗せたりもして、自分の中ではすごく挑戦した作品でした。空の向こうでサーチライトが光ってるかもしれないし、道を歩けば果歩が走ってるかもしれないとか、それくらいの距離感で試行錯誤しながら作りました。もっと広めていけるように頑張りたいと思います」と街の片隅でひっそり生きる若者たちの物語が拡がっていくことを願った。

『サーチライト-遊星散歩-』は「MOOSIC LAB 2023」上映作品として、2022年の12月に東京・K's cinemaで上映。2023年には、東京・シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』で1月9、16日に上映され、2月に東京・アップリンク吉祥寺で上映予定。その後、単独での全国順次公開も予定されている。【本文敬称略】
(取材・文:後藤健児)

こちらもよろしかったら 町山智浩アメリカ特電『イニシェリン島の精霊』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?