TAMA NEW WAVEで話題を呼んだインディーズ映画『ORLIK(オルリック』)』が西湘映画祭で上映。『地獄の黙示録』と『ニュー・シネマ・パラダイス』が融合する狂気のコラージュアニメを手掛けたhaiena監督に話をうかがった
タイトル写真『ORLIK』より
取材・文:後藤健児
『地獄の黙示録』、『素晴らしき戦争』、『ジェイコブス・ラダー』、『未来世紀ブラジル』、『ニュー・シネマ・パラダイス』、そして『ラ・ジュテ』。心を奪われた作品がこの中にひとつでもあるなら、haiena監督のインディーズ映画『ORLIK(オルリック』)』は必見だ。過去とも未来とも言える架空の世界を舞台に、ある売れない映画監督がたどる地獄めぐりをコラージュアニメという奇特な手法で表現した本作は2023年、東京の「第33回映画祭TAMA CINEMA FORUM」の「第24回TAMA NEW WAVE ある視点」で初披露され、話題となる。今月末には、神奈川県の西湘地域で開催されるインディーズ映画のコンペティション、西湘映画祭 Seisho Cinema Fes 7thでの上映を控えている。このたび、haiena監督にインタビューを行い、孤高の映像作家の深層に迫った。
アングラ映画界の鬼才を自称しながら、実際はまともに映画も撮れずにうだつの上がらない日々を送る男・クラレンス。ある日、彼は秘密警察官ミラーから特命を命じられる。それはいつ終わるとも知れない内戦に関する極秘任務だった。そして、新たな映画製作のために悪友フジキが発明した、自己の意識を映像化することのできる装置”ボイルド・ブレイン”をクラレンスは受け取る。人間の思い出、強迫観念、空想をそのまま映像化できる、資金も人手もいらずに映画を作れる夢の機械だという。だが、使用者は装置の副作用により、意識と無意識、現実と虚構がない交ぜの混濁した精神状態となってしまう。戦地へ赴いたクラレンスは、自身の過去や未来と対峙しながらミッションを遂行しようとするが、錯乱した彼はやがて……。
1977年生まれのhaiena(はいえな)監督は、2019年にコラージュ作家ジャン=ピエール・フジイとJ&Hフィルムズを結成し、2020年に第一作『LUGINSKY(ルギンスキー)』を製作。スチールなどを切り抜いて組み合わせた映像に、小説のような独特の語りがかぶさる奇抜な構成だ。登場人物のほとんどが動物の頭部を持ち、首から下は人間という異様なデザインと相まって、唯一無二の世界観を形成。幻覚を見るようになった男がストレンジな人々との出会いを繰り返し、デヴィッド・リンチさながらの不条理世界を旅する63分のアニメーションだ。PFFアワード2020に入選し、映画ファン賞(ぴあニスト賞)を受賞。その後、香港国際映画祭などの各国映画祭で入選を果たし、国内の劇場でも公開された。
最新作となる78分の長編『ORLIK』では、前作と同様の手法を深化させ、映画づくりの狂気と戦争の愚かさをテーマに、映画の戦場がコラージュアニメで展開される。モノクロ写真を連続して映す技法”フォトロマン”で有名なSF映画の傑作『ラ・ジュテ』を思わせる物語構造をベースに、60~70年代のヌーヴェルヴァーグで見られた特徴のひとつ”ジャンプカット”を駆使。自己を失いかけた男が密命を帯びて、殺戮と狂気に満ちた戦場へ赴くストーリーラインは『地獄の黙示録』のようであり、悪夢の管理社会とテクノロジーが人間の脳にまで侵食する恐怖は『未来世紀ブラジル』に通ずる。そして、もう追憶の中にしか存在しない、映画への鎮魂を捧げる男の姿には『ニュー・シネマ・パラダイス』の映画大好き少年トトが重なる。赤貧にあえぎ、食うものも食わずで本作を作り上げたhaiena監督は「『ORLIK』の主人公は、幸せのために映画を作りません。それに身を投じるほど破滅していくけれど、映画づくりをやめない。幸せを手放してもやりたいことをやる、これ以上に人間くさいことはないと思うんです」と筆者に語ってくれた。
そして、『ORLIK』にいたるこれまでの道について、詳細をうかがった。(2024年3月、都内某所にて)
--1977年生まれとのことですが、物心ついたときは一般家庭にもビデオが普及していた時代ですよね。
haiena 父親の買ったデッキが「ベータマックス」だったんです。家族でレンタルビデオ店に行ったら、VHSしか置いてなくて(笑)。その後、VHSのデッキが導入されてからはベータコンプレックスの反動からか、小遣いでジャンルを問わずに片っ端からあらゆる作品を借りまくり。あとはテレビの洋画劇場枠でも映画を浴びていました。
--いまはもう「金曜ロードショー」だけになってしまいましたが、当時だと「水曜ロードショー」や、もちろん「ゴールデン洋画劇場」、「日曜洋画劇場」もありましたよね。
haiena 60~70年代のフランス映画、いわゆるヌーヴェルヴァーグ作品が好きだったんですけど、同時にテレビの洋画枠ではジャンル映画も楽しんでいました。アーノルド・シュワルツェネッガーの『ゴリラ』とか。
--あえて『ゴリラ』を出しますか(笑)。
haiena 『ゴリラ』はハードボイルド潜入捜査ものの傑作と言いますか、ノワール感が(笑)。
--シュワちゃんのオールバックの髪型はよく覚えています。映画づくりはいつ頃から意識するようになりましたか?
haiena 学生時代は音楽のほうに傾倒していたんですが、大学中退後に入学した音楽系の専門学校では、新設されたばかりの映像学科に籍を置きました。ただし、具体的なカリキュラムがなく、これといって教わったことはありません。卒業後の進路も、万引きGメンの仕事の内定をもらっていました。身長が高いので、上からバッグの中身が覗けるからと(笑)。
--そこからどのように映画づくりの道へ?
haiena 内定後、学校関係者から一緒に映画を作ろうと声をかけられました。気をよくして、内定も辞退したんですが、いろいろあって結局、映画づくりは頓挫してしまい……。自分の性格の問題もあり、ひとりでできる創作活動として小説家の道を志しました。
--なるほど。小説はどういったものを読んでいたんでしょうか。
haiena ドフトエフスキーやトルストイなどのロシア文学が好きでしたね。だけどもそれを日本の小説に置き換えるのは困難でした。ある日、チャールズ・ブコウスキーの小説に出会い、その頃の自堕落な自分とフィットして、これだ!と。和製ブコウスキー風の小説を書いたら、新潮社新人賞で最終候補まで残りました。審査員の書評で「狂い方が足りない」と書かれてて、それを真に受け、ひたすら暗く陰惨で狂った小説ばかりを書くようになりましたが、鳴かず飛ばずで。執筆は諦めました。
--飲んだくれでプライドだけは高い男というキャラ造型は『LUGINSKY』や『ORLIK』につながっていくわけですね。小説家を断念したあと、映画の道を?
haiena 楽曲制作でそこそこ小遣いを得られていた時期があり、その関係でコラージュ作家のジャン=ピエール・フジイと知り合いました。彼の特殊異端の映像なら、自分の作風を表現できるのではないかと思いました。コラージュアーティストである彼との共同作業となるため、静止画像を用いる『ラ・ジュテ』のようなスタイルに。時制の使い方はヌーヴェルヴァーグ、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』から影響を受けています。
--本作はPFFアワードや各国映画祭での入選を成し遂げます。奇抜な作風ですが、そこに描かれる、人間存在のどうしようもなさは普遍的なメッセージを持っていると思います。劇中、神(のような存在)が真に自由意志を勝ち取った人間として認めたのがアメリカの犯罪王ジョン・デリンジャーだったというのに大ウケしました。
haiena アメリカン・ニューシネマも大好きでして。合理主義一辺倒の現代において、あの時代に作られた希望なきアウトローたちの破滅の美学、そうした物語は却って新鮮で惹かれてしまう。
--自由な魂を求めた女性がトンカチを手にし、通り魔的に大暴れするくだりも印象的でした。そして、次なる作品の『ORLIK』へと。
haiena いえ、実はその前に失敗した作品があるんです。『LUGINSKY』の続編的な映画を製作していました。同様の作風で、今度は2時間半のボリューム。あともう少しで完成というところで、あらためて作品を振り返ったとき、これはダメだと。表に出せないと。
--それはどのあたりが?
haiena もとよりマイナーな作品の続編を作ることが無謀でしたし、前作よりは動きもあるとはいえ、静止画を組み合わせたコラージュアニメで2時間半は保てない。ストーリーとしても、非常に暴力的でコンプライアンス上もどうなんだろうと思いなおし、そのままお蔵入りになりました。斯様な挫折を経て、『ORLIK』の製作が始まりました。
--失敗した作品で資金を使い果たしたこともあり、経済状況が厳しかったそうですね。食費を削って、一週間に9食とか。
haiena 一日18~20時間くらい製作に費やしたのですが、食事をすると眠くなるので、じゃあコーヒーだけでいいやと。食費も浮くし。
--食事はきちんと摂ったほうがいいかと(笑)。前作ではデヴィッド・リンチのような不条理世界が描かれましたが、本作では主人公の観念的な内面が描かれはすれど、ストーリーの軸は戦場ミッションものとしてわかりやすい流れになっていますね。後半では混沌とした展開を見せつつ、張られた伏線も回収されていきます。事前にかっちりとシナリオを練り上げていたんでしょうか。
haiena 話の大枠は頭に置いたまま、展開については直感的に分割して作っていくという手法でした。直感的というと聞こえはいいですが、物語を成立させるための順序やありふれたプロットを意図的に外す作業でもあります。極端な脱平凡であり、自身の平均的な発想の否定、観客等の想像力が及ばない展開を設けるという挑戦ではありますが、あれだけ物語の筋から離れた仕掛けを起こしても、収まりをつけられたのは偶然なのか何なのか。兎にも角にも、今作はオールドスクールな映画のオマージュにあふれていることもあってか、常識的な仕方ではない作風や組み立てであっても、観た方に理解していただきやすかったのやもしれないですね。コンセプトとしては『地獄の黙示録』と『ニュー・シネマ・パラダイス』の融合です。誰もそんなことをやろうとは思わないだろうしと。
--どちらかのオマージュ作品は前例がありますが、両方をミックスしたものは初めてだと思います。他にも、午前十時の映画祭でかけられそうな、20世紀の映画たちの匂いが漂っており、往年の映画ファンならニヤリとするでしょう。1984年のオリジナル版『ゴーストバスターズ』を引用した台詞にはグッときました。また、それらをリアルタイムで知らない若い世代にも非常に刺激的な作品として映るのではないかと。
haiena TAMAでの上映時、若い観客の方からもよい反応があったと聞いて、とてもありがたかったです。謙遜しても仕方ないので、きっぱりはっきり若い世代の観客からの支持が顕著でした。
--「共感や等身大やら出てこない」とご自身の作品を評されていましたが、社会の底辺で這いつくばる負け犬の『孤高の遠吠』や、AI生成時代に対する脅威、現場における人間同士での共同作業の難しさとそれでもやめられない生身のものづくりへのこだわりなど、誰しもが抱く感情だと思います。手法がトリッキーなだけでこれもまた、ある種の共感性にあふれた青春映画ではないでしょうか。
haiena 登場人物がどれもこれも映画と戦争に狂いまわる、これを青春映画だと思ってくれるのは後藤さんだけですよ。よくも悪くも青春映画はトレンドですから、そこに加えてもらえるのなら、はい(笑)。
--声を務めた方々のこともうかがえれば。
haiena 声優専門の方ではなく、舞台俳優の方などにお願いしました。オーディションに応募された方の中にはアニメの声優畑の方もいらっしゃったんですが、本作はアニメーションと言えど、いわゆる二次元アニメ的な作りではないため、そのあたりのキャラクター表現にマッチするかどうかで難しいところがありました。
--どちらかと言えば、洋画の吹替に近いテイストでしたね。主人公のクラレンスを演じた金子貴伸さんや秘密警察官ミラー役の黒崎純也さんには結構、やりなおしをお願いしたこともあったとか。
haiena お二人の演技は素晴らしいものでしたが、メインキャラクターの二人に関しては、どうしてもとことんこだわりたかったんです。既存の演技法や感情表現を逸脱したかった。どこまで粘れるかはインディーズ映画において、監督と俳優との関係値におもねるところが大きいと思うのですが、金子さんと黒崎さんとは戦友のような絆ができて、何よりも彼らの尋常ならざる努力や創意もあり、もはや言うことなしです。女性キャラクターの真田うるはさんや真城あさひさんはとても芸達者で、こちらの思う役柄をそのまま演じてくださり、かっちりハマりました。演者の皆さんの理解や感性に助けられた作品だと思います。彼らでなければならなかった。彼らでなければ今作を送り出す心持ちにならなかったと、そう思っています。
--3月には西湘映画祭で上映が予定されていますね。今後の展開は?
haiena 昨年はTAMAにしか応募が間に合わなかったので、今年はいろいろな映画祭に挑戦してみたいです。映画館での一般公開に向けても動いてますので、まだ決まっていないことだらけですが、背水の陣で臨んだ本作を多くの方に届けられるよう頑張っていきます! ……頑張るっていうか、やるしかねえよ。
『ORLIK』は2023年11月12日、東京・「第33回映画祭TAMA CINEMA FORUM」の「第24回TAMA NEW WAVE ある視点」にて上映。2024年3月30日には、神奈川・西湘映画祭 Seisho Cinema Fes 7thの中長編部門にて上映予定。
【本文敬称略】