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アフガニスタンで米兵が一般市民を殺害していた衝撃の実話 【次に見るなら、この映画】1月23日編
毎週、映画.comが“見逃せない良作映画”をレビュー。
今週は、映画館で鑑賞できる新作から、衝撃の戦争映画、スタイリッシュなヤクザ映画、味わい深い家族の物語の3本を選んでみました。
①アフガニスタンで米兵が一般市民を殺害していた、という衝撃の実話をベースにした「キル・チーム」(公開中)
②綾野剛が絶賛された「新聞記者」の製作陣とタッグを組んだ「ヤクザと家族 The Family」(1月29日から公開)
③チベット映画の先駆者ペマツェテン監督が、大草原に生きる羊飼い家族の日常と葛藤を描いた「羊飼いと風船」(公開中)
全国的に緊急事態宣言の発出が広がりつつあります。体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
「キル・チーム」(公開中)
◇A24が全米配給権を獲得した「実話」 逃げ場のない戦場で行われた“チームでの殺人”(文:映画.com編集部 岡田寛司)
仲間、絆、結束――これらの言葉は、時と場合により、美しいイメージからかけ離れてしまうことがある。例えば、用いられる場所が「戦場」だった場合。命を賭す日々の中では、生存におけるキーワードとなるだろう。
だが、一度でも離反してしまえば、それらの繋がりは、最も身近な脅威へと変貌を遂げる。A24が全米配給権を獲得した本作では、この「逃げ場のない状況」を目撃することになる。
ドキュメンタリー作家として2度のアカデミー賞ノミネートを果たしたダン・クラウス監督。彼が題材にしたのは「アフガニスタンで米兵が一般市民を殺害していた」という衝撃の実話だ。
俳優陣に軍隊トレーニングを受けさせたうえで撮影するという徹底したリアリズムもさることながら、ナット・ウルフ&アレクサンダー・スカルスガルドが演じた、正義感と愛国心に燃える新兵アンドリューと治安を守るために殺人を正当化する軍曹ディークスというキャラの対比も光っている。
殺人部隊(キル・チーム)を率いるディークスは「看守」とも言えるだろう。チームという「檻」に閉じ込めた者たちの闘争心を煽り、時には親愛の情をもって、彼らの心を支配していく。
やがて提案するのは塀の中で“楽しく過ごす”ために行う、ねつ造した敵の殺害だ。100%成功が保証されたミッションをクリアし、兵士たちは士気を高める。彼らは、犯罪に手を染めて「本物の囚人」となってしまうのだ。
印象的な挿話として「良心の空砲」というものがある。これは、銃殺隊を例にあげ「怖気づく者のために、1丁の空砲を仕込む」というもの。
重要になってくるのは「誰が殺した(殺さなかったか)」という点ではなく「全員(チーム)で殺した」という考え方だ。ディークスの理想的な部隊を表すようなエピソードとも言えるだろう。
この理念に従えない者も、当然出てくる。だが、彼はふと気づくのだ。自らが「檻」にいることを。「看守」に歯向かうことは容易ではなく、同胞への裏切りは許されない。
つまり「檻」の一員で居続けることが、最も安全な選択肢となってくる。正義を貫いたとしても、「戦場」では命の保証はない。
本作では、2種類の殺人が描かれる。1つ目は「俺たちは人を殺す。それが仕事だ」とディークスが語る職務としての殺人。もうひとつは、民間人を敵に偽装して死に至らしめた行為。
ともに「人の死」という結果は変わらないが、裁きの対象となるのは後者だけ。2つの殺人の間に、大きな差が生じているという現実を、まざまざと突き付けられるはずだ。
「ヤクザと家族 The Family」(1月29日から公開)
◇ヤクザ映画の系譜を継承しつつ、「家族」という視点で進化させたネオノワール(文:映画.com 和田隆)
「新聞記者」が2019年に大ヒットし、第43回日本アカデミー賞で作品賞含む3冠を獲得するなど各映画賞で高い評価を得て、新世代の注目監督に躍り出た34歳の藤井道人監督。最新作のタイトルはなんと「ヤクザと家族 The Family」で、しかもオリジナル脚本作品である。
そのストレートなタイトルから、往年の“任侠映画”をイメージするかもしれないが、日本のヤクザ映画の系譜を受け継ぎつつも、いい意味でその固定概念を覆してくれる。「新聞記者」のスタッフが再び集結し、「家族」という視点から現代のヤクザを描いて進化させた新世代のスタイリッシュな作品となっているのだ。
見どころのひとつは絶妙なキャスティングだろう。チンピラからヤクザの世界で男を上げていく主人公・山本を演じた綾野剛が放つキレと哀愁、その繊細な表情がこの映画に説得力をもたせている。
さらに山本の親分となる柴咲組長を演じた舘ひろしが綾野と新しい化学反応を起こす。いわゆる強面の親分ではなく、義理人情を重んじ、包容力と凄み併せを持った役で、「あぶない刑事」シリーズを見て育った世代としては、その立ち居振る舞いを見ただけでなんとも感慨深い。ヤクザ役は43年ぶりだという。
ヤクザ映画のリアリティは、役者の顔や身体全体から醸し出されるその佇まいも重要なポイントと考えるが、共演の北村有起哉、市原隼人、菅田俊、康すおん、豊原功補、駿河太郎、二宮隆太郎らがそれぞれヤクザ世界で渋い味わいやキレを見せ、新世代の半グレを演じた磯村勇斗が新鮮な存在感を発揮。そして、そんな男たちを見守り、愛ゆえに巻き込まれる女性を寺島しのぶと尾野真千子が演じ、この物語の要となって支えている。
物語は、1999年、2005年、2019年の三つの時代を通して描かれ、世代の異なる舘、綾野、磯村が見事なアンサンブルを奏でる。ヤクザの世界で隆盛を誇った義理人情を重んじる旧世代が、1992年に施行された暴力団対策法、そして経済至上主義の新興勢力の台頭と抗争で次第に追いやられていく。
唯一の家族ともいえる親分、組を守るために山本が14年の刑期を終えて2019年に出所すると、2009年に暴力団排除条例が制定されたことも追い打ちとなって組は衰退し、若い世代が時代にあわせて躍動する激変した現実を目の当たりにする。
この映画は新旧の時代を対比させ、「家族とは何か」「いかに生きるか」「失ってはいけないもの」を提起している。エンタテインメント作品でありながら現代の様々な問題をはらんでおり、「変わりゆく時代の中で排除されていく“ヤクザ”」を鋭い視点で描くことで、生きる場所を失った者の人権、今の世の矛盾と不条理を突きつける。
綾野がみせる悲哀を、スタイリッシュな撮影と音楽、美術、衣装、編集、そして常田大希らのmillennium paradeによる主題歌「FAMILIA」が際立たせ、日本のヤクザ映画をネオノワールへと進化させた。
「羊飼いと風船」(公開中)
◇文学的な匂いが漂う、チベット映画の先駆者ペマツェテンの現時点での集大成(文:映画ライター・批評家・プロデューサー 徐昊辰)
ペマツェテン監督は、北京電影学院で初めてのチベット族出身の学生だ。昔のチベットでは、映画製作は遠い夢だった。しかし、子供の時に野外上映で出会った映画は、ずっとペマツェテンの頭のどこかにあった。
大学を卒業し、文学者として活躍していても、いつか映画を作りたいと思っていたそうだ。2005年に長編映画監督デビューしてから16年、ペマツェテンは、もはや今の中国映画界においてなくてはならない存在となった。そして、日本の劇場初公開となる本作「羊飼いと風船」は、まさに現時点における監督ペマツェテンの集大成だ。
小説家出身の彼の作品にはいつも文学的な匂いが漂っている。文字の言語が、映像の言語とうまく融和し、チベットという神秘的な“聖地”の文化、そして生命力を完全に表現することに成功している。一方、常にチベットの日常や変化を観察しているペマツェテンは、いつも客観的な目線で“チベット”とそこに生きる市井の人々を描いている。
特にチベットのシンボルとも言われている宗教や信仰に関して、ペマツェテン映画の中ではごく自然に、生活の一部分として描かれている。だから「羊飼いと風船」の中で“一人っ子政策”や“近代化文明”という外部の勢力が来た時、“生活”が脅かされ、ついに“戦い”が始まることになる。
「羊飼いと風船」で、ペマツェテンの以前の作品と比べて最も大きな変化は女性を主人公にしたことだ。主人公・ドルカルは信仰を持ち、伝統的な生活を営むが、ある事件によってその平穏な日常が崩される。ここまではいつものペマツェテンと変わらないが、今回は“女性”というテーマを入れたことにより、物語は更に深くまでたどり着く。
子供を産むか、産まないか。ドルカルは一人っ子政策や経済的問題に翻弄されながらも、一人の女性として目覚め、前に進もうとするが、やはり心に染み付いた固定観念がなかなか破れない。そこに登場する、昔の恋人を忘れられない尼の妹ドルマは、ドルカルの揺れ動く心を具体化した存在だ。
特にドルカルが、ドルマの昔の恋人が書いた小説を火の中に投げ込んだ後、ドルマが火の中から小説を取り出したシーンは、本作のクライマックスであり、ペマツェテン映画の核であろう。
チベット映画の先駆者ペマツェテン。以前の作品も含めて、これからもぜひ日本国内でどんどん公開してほしい。
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