「17歳」は映画タイトルになりやすい…なぜ?「17歳の瞳に映る世界」「17歳のカルテ」から考える 【映画と、生活と。】
映画とは、作品を見ている数時間だけではなく、見終わった後の余韻に浸る帰り道、友人と感想を語り合うカフェでのひととき、日常のなかでふと思いを馳せてしまう瞬間など、豊かな“時間”を与えてくれるもの。それだけにはとどまらず、ついつい登場人物のセリフや仕草を真似たり、劇中に出てきた食べ物を作って味わってみたり、素敵なシチュエーションを妄想してみたり……。映画への“憧れ”は、人生や生活を変えてしまうほどのパワーを持っているのです。本コラム「映画と、生活と。」では、映画のなかで見つけた“憧れ”を、時には日常生活に生かすアイデアとともに紹介していきます。
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第3回のテーマは「17歳」。本記事の起点となったのは、「『17歳』がタイトルに入っている作品は、18歳や16歳よりも多い」という、ある映画.com社員の気付き。確かに言われてみれば、「17歳」がタイトルに入った映画は、すぐにいくつか思い浮かべることができます。ちなみに、映画.comのデータベースで検索したところ、「17歳」という意味合いでの「17、セブンティーン」がタイトルに入った作品は35本。ちなみに16歳は15本、18歳は13本。やはり、17歳がダントツで多いという結果になりました。
17歳といえば、日本では高校2~3年生。アメリカでも同じく高校3~4年生(Grade11~12。アメリカは州によって制度が異なるが、高校生活は4~6年間)で、成人(18歳)を迎える一歩手前。つまり、17歳は大人になる直前の年齢なのです。本記事では、そんな「17歳」をタイトルに冠した作品4本をご紹介。また第70回ベルリン国際映画祭の銀熊賞を獲得した「17歳の瞳に映る世界」(7月16日公開)の宣伝プロデューサーへのインタビューなども交えながら、「17歳」とはどのような年齢なのか、そしてなぜ映画の題材となり、こうも人の心を掴むのか、考察していきます。
▽悩み多き季節 「17歳のカルテ」
(1999年/127分/ジェームズ・マンゴールド監督)
若き日のウィノナ・ライダーとアンジェリーナ・ジョリーが共演し、ある精神病棟を舞台に、様々な事情を抱えた少女たちの交流と成長を描いた物語。ジョリーが、第72回アカデミー賞の助演女優賞を受賞しています。
【あらすじ】
スザンナ(ライダー)はアスピリンを大量に飲んで自殺を図り、親の勧めで精神科に入院する。医師の診断は“境界性人格障害”であり、情緒不安定で著しい衝動性を持つ精神病だった。同じ病棟の患者は、顔に火傷の痕があるポリー(エリザベス・モス)、虚言症のジョージーナ(クレア・デュバル)、過食症のデイジー(ブリタニー・マーフィ)、そして攻撃的な性格のリサ(ジョリー)。常に監視される入院生活に絶望感を抱いていたスザンナは、病棟のリーダー格であるエキセントリックなリサに惹かれ、次第に仲良くなっていく。
程度の差こそあれ、「17歳」は自分自身のことが分からなくなったり、感情をコントロールできなくなったり、他者との関係をうまく結べなかったりと、悩み多き時期。精神病棟で生きる少女たちと観客の間に、大きな違いがあるわけではありません。彼女たちの葛藤のなかに、自分の心と似たものを見出す人も多いはず。
物語の前半では、ルールや制限が多い入院生活のなかで、少女たちが何とか手に入れた青春が描かれます。夜中にこっそり地下の秘密基地に出かけボウリングをしたり、元気をなくしたポリーを励ますため、楽器を持ち出して演奏したり。しかし中盤、ある出来事がきっかけで、彼女たちの不安定ながらも調和がとれていた日々は、大きくうねり出します。
仲間思いで自由に生きているようで、憧れすら抱いていたリサの冷酷さ、異常性に触れ、スザンナが見ていた世界は大きく変ぼうを遂げます。ライダーとジョリーが、危うさと脆さを湛え、正気と狂気を行き来する少女たちを見事に体現。心がかきむしられるような熱演により、精神病棟で起こった出来事が、他人事だとは感じられないほどの切実さで、見る者に迫ってきます。
▽ほろ苦い人生の痛みを知り、選択する年齢 「17歳の肖像」
(2009年製作/100分/PG12/ロネ・シェルフィグ監督)
キャリー・マリガンの初主演映画にして、第82回アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされた出世作。「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」のニック・ホーンビィが脚本を手がけています。
【あらすじ】
物語の舞台は1961年、ロンドン郊外。ある雨の日、オックスフォード大学を目指す優等生のジェニー(マリガン)は、倍以上も年の離れたデイヴィッド(ピーター・サースガード)と出会い、恋に落ちる。やがて彼に導かれ、ジェニーはそれまでの日々からは想像もできなかった刺激的な世界を体感していく。
小論文の成績はいつもA+、輝かしい未来に向かって一直線に突き進むジェニー。こっそりタバコを吸うことだけが息抜きで、両親や教師の期待を一身に背負い、勉強漬けの日々を送っています。しかし、そんな彼女の前にデイヴィッドが現れ、眩い大人の世界を見せてくれるのです。彼は音楽や美術にも造詣が深く、気の利いた会話で楽しませてくれ、厳格な両親までも説得してしまう。クールな友人たちとつるみ、美術品のオークションやジャズクラブにも顔を出す。知的な会話が飛び交う空間は、まるでサロンのよう。狭い世界に退屈し、内心では華やかな世界(パリ)に憧れる16歳の女の子が、恋に落ちない方が無理というもの。
そして迎えた17歳の誕生日、パリの街でデイヴィッドと結ばれたジェニー。やがて彼からの求婚を受け入れ、学校もやめてしまいますが、デイヴィッドの“ある秘密”が明らかになり、ジェニーはほろ苦い人生の痛みを知ることになります。ここで原題の「An Education」が響いてくるわけです。
ジェニーの「17歳」を象徴するのは、選択。進学か、結婚か。勉強ばかりの退屈な世界か、自由を謳歌できる華やかな世界か――。大人になる前に、何かを選択する前に、失敗つまずきを経験して「学び」ながら、揺れ動く年齢なのです。逆に言えば、眼前に無数の選択肢が広がる贅沢な時期でもあります。
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キャリー・マリガン主演「プロミシング・ヤング・ウーマン」
ちなみにマリガンが主演を務める新作「プロミシング・ヤング・ウーマン」で演じるのは、かつて明るい未来を約束された若い女性(=プロミシング・ヤング・ウーマン)だったものの、ある事件で未来を奪われた女性キャシー。「17歳の肖像」を経た“彼女”が大学で、社会で、何を目の当たりにするのか。マリガンの魅力を堪能できる2作品、ぜひチェックしてみてください。
▽刺激を求め、美しく輝く瞬間 「17歳」
(2013年/94分/R18+/フランソワ・オゾン監督)
(C)2017 - MANDARIN PRODUCTION - FOZ - MARS FILMS - FILMS DISTRIBUTION - FRANCE 2 CINEMA - SCOPE PICTURES / JEAN-CLAUDE MOIREAU
「8人の女たち」「スイミング・プール」のフランソワ・オゾン監督が、少女と女の狭間で揺れ動く17歳の性を繊細につづった青春ドラマ。
【あらすじ】
名門高校に通い、何不自由ない生活を送るイザベル(マリーヌ・バクト)。バカンスに訪れたビーチで初体験を済ませた彼女は、やがて不特定多数の男たちを相手に売春を重ねるようになる。
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17歳を迎える直前、ビーチで男と体を重ねるイザベルを、もうひとりのイザベルが遠くから見つめている。恋の喜びや、処女でなくなることへの感慨などはなく、どこか他人事で、淡々と子どもの時代を終える通過儀礼と捉えているようにも見えます。その夜を境に、イザベルは満たされない心を持てあまし、売春に駆り立てられていくのです。
やがて、何度も逢瀬を重ねていた初老の男ジョルジュ(ヨハン・レイセン)が突然死したことで、イザベルは警察に事情を聞かれ、家族もその秘密を知ることに。警察が彼女に投げかける「目的はお金?」「自分の価値を知りたかった?」という理由付けは、どれも当てはまらないように感じられます。
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ジョルジュの妻アリス(シャーロット・ランプリング)が呟く「17歳。美しい年ね」という言葉の通り、あどけない少女、妖えんな大人の女が同居する「17歳」は、人生のなかでも限られた、美しく輝く瞬間なのかもしれません。みずみずしく、世間知らずな自信が傲慢さや残酷さを生み出し、何もかもが退屈に感じられ、刺激を求める年齢。劇中で高校生たちが暗唱し、議論する詩人アルチュール・ランボーの「物語(ロマン)」では、「17歳ともなれば、まじめ一筋ではいられない」とうたわれます。本作で女優デビューを果たしたモデル出身のバクトが、そんな17歳の少女と女の狭間で揺れる危うさ、得体の知れない空虚さを表現。彼女はその後、オゾン監督作「2重螺旋の恋人」で再び主演を務めています。
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フランソワ・オゾン監督×マリーヌ・バクト主演「2重螺旋の恋人」
▽傷付きながらも立ち上がる時 「17歳の瞳に映る世界」
(2020年/101分/PG12/エリザ・ヒットマン監督)
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新鋭エリザ・ヒットマンが、予期せぬ妊娠と向き合う少女たちの旅路を描いた、第70回ベルリン国際映画祭の銀熊賞(審査員グランプリ)受賞作。「ムーンライト」のバリー・ジェンキンスが製作総指揮に名を連ねています。
【あらすじ】
愛想がなく、友達も少ない17歳の高校生オータム(シドニー・フラニガン)は、ある日妊娠していたことを知る。彼女が住むペンシルベニアでは、未成年者は両親の同意がなければ中絶手術を受けることができない。同じスーパーでアルバイトをしており、親友でもあるいとこのスカイラー(タリア・ライダー)は、彼女の異変に気付く。ふたりはお金を工面して、中絶に両親の同意が不要なニューヨークへと向かう。
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本作で描かれるのは、一方的に消費され、搾取される17歳の痛み。劇中では一度も、本来オータムのそばにいてしかるべき人が登場しません。そう、子どもの父親です。妊娠はふたりで向き合うべきなのに、こうした男性不在の構図を、どれだけの女性が経験しているのでしょうか。突然の体の変化に苦しみ、妊娠の事実に動揺し、中絶のためニューヨークへ向かう。17歳の無力な少女はたったひとりで、決断を下さざるをえなかったのです。
ペンシルベニアでもニューヨークでも、オータムとスカイラーは傷を負い、損なわれ続けます。例えばバイトの退勤後、売上を渡すその手を従業員の男に握られるとき。お金のないふたりに、親切を装って近づいてきた男が求めているものを理解した瞬間。「17歳の瞳に映る世界」はかくも残酷なものなのか――。しかし、オータムが伸ばした手の先には、スカイラーという“救い”があるのです。自分で選ぶ未来のための、彼女たちの勇敢な旅路を見届けてください。
▽宣伝プロデューサーに聞いてみた! 邦題「17歳の瞳に映る世界」にこめた思いとは?
ここまで紹介してきた「17歳」映画たち。実は全て、原題に「17歳」という言葉は入っておらず、邦題で取り入れられたエッセンスなのです。
「17歳のカルテ」(Girl, Interrupted)
「17歳の肖像」(An Education)
「17歳」(Jeune & jolie)
「17歳の瞳に映る世界」(Never Rarely Sometimes Always)
「17歳」という言葉には、人の心を掴む何かがあるからこそ、邦題になりやすいのではないか――? そんな仮説を胸に、7月16日に公開を迎える「17歳の瞳に映る世界」の宣伝プロデューサーである、ビターズ・エンドの藤森さんに、邦題にこめた思いをインタビューしました。まずは、邦題が決まるまでの経緯について。
主人公オータムにフォーカスした海外版ビジュアル
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「原題の『Never Rarely Sometimes Always』は、映画本編内のとても大切なシーンで使われるフレーズです。それはとても大切にしたいと思う一方、『全く、たまに、時々、常に』というタイトルの場合、映画を見る前の人に『なんだろう?』という気持ちにはさせても内容を想起させず、恐らく作品紹介は『タイトルがなにを意味するのか』の話に終始してしまうだろう、と考えました。また、本国ビジュアルも原題も主人公オータムにまつわることだけを指しているように感じました」
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「この作品は主人公オータムの身に何が起きたかについての映画ですが、それとともに常にオータムの隣にいて、彼女を支えてくれているスカイラーとの連帯を描いた作品でもあり、その視点がある点が救いであり素晴らしいところのひとつ、と考え、『少女ふたりについての物語である』ことを伝えることを重視しました。次に、彼女たちが置かれた環境について、ぼかしすぎることなく、でも『そんな辛い映画見たくない』と思われない程度にきちんと伝えたいと思いました。そのため、『ふたりの少女』を表す言葉として『17歳』、『彼女たちが直面している状況』として『瞳に映る世界』と表現しました」
「17歳」という言葉は観客に、どのような思いを喚起するのでしょうか。
「映画内で何度もクリニックで『名前と年齢を』と言われ、『オータム、17歳』と答えます。映画のなかでも大人のようでいて、まだ幼い年齢として『17歳』が設定されていると思いました。肉体的にはほぼ大人だけれど、生活力・経済力・判断力が伴わない年齢であることを喚起すると思いました。ちなみにこの映画の予告編には、本国オリジナルトレイラーに使用され、本作に出演もしているシャロン・バン・エッテンのヒット曲「Seventeen」という曲が使われています(※映画本編では使われていない)」
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確かに同作では、親の同意なくしては中絶を選択することができず、経済的にも自立していないなど、17歳であるがゆえの幾多の困難が描かれます。「17歳の瞳に映る世界」という邦題は、そんな不安や心許なさを暗示しています。しかしそれと同時に、「17歳」(オータムとスカイラー)の連帯、残酷な世界で見出した希望への思いも、宿っているのです。
大人と子どもの狭間、あらゆる感情を体験し選択に揺れ動く「17歳」。未熟で壊れやすいからこそ美しく、二度と戻ってこない失われた時間。「17歳」は特別な感慨を呼び起こすからこそ、多くの人の心を掴むパワーワードであり、映画のタイトルにもなりやすいと言えるかもしれません。読者の皆さんも、今回ご紹介した様々な名作映画を通して、誰にとっても永遠に色褪せないあの季節に、何度でも戻ってみてください。