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流行語で見る中国バブル崩壊の歴史(前)

中国の流行語のなかには社会の本質を表している、単なる一過性の言葉ではない言葉もあります。そういった言葉が流行して多く使われることで人々の心理状態に影響を及ぼし、その後の社会・経済の行く末を占う場合があります。この記事では中国のバブル崩壊の前半である2019年から2021年までの流行語のなかから、その後の社会に大きな影響を与えた言葉を選びました。その言葉が生まれた背景と、流行語を紐解くと日本の歴史のあとを追うように見える中国社会を解説します。


中国の不動産バブル崩壊

この記事では中国のバブル崩壊は不動産価格を基準に2021年としています。2021年にピークを形成した不動産価格は未だに底が見えない状況です

各地の中古住宅販売価格の推移

2019年(996): 「頑張れば報われる」時代の終焉

”996” とは朝の9時から夜の9時まで週6日(月~土)まで働く労働体系のことを指します。この言葉は、あるIT企業で働いていた社員が自分たちの労働環境を自嘲・告発する意味で使い始めたのが始まりだとされています。この頃の中国を代表する経営者は60后 (1960年代生まれ) や70后 (1970年代生まれ) が多く、彼らは急速な経済発展の波に乗りながら起業家精神でビジネスを成功させていました。その反面で ”996” の環境で働く90后が生まれ育った時代は既に生活条件は十分に改善していましたが、上の図表のように住宅価格は必要以上に上昇していました。住宅購入資金を手に入れるための出世競争は過酷化し、必ずしも努力すれば報われる環境ではなくなってきました。

"996" IT企業の勤務時間。週60時間超えもある

この ”996” が流行った背景には、60后や70后の経営者を代表する「頑張って働けば必ず報われる」思想と90后の「働いても報われない」価値観との衝突もありました。私は60后や70后は日本の「団塊の世代」、90后は「団塊の世代ジュニア」に似ていると思います。貧しかったが努力すれば報われた親世代と、物に満ち足りていたが努力が報われない子世代の不公平感や考え方の差異は、すでにこの頃から流行語として現れていたと思います。中国は労働法の縛りが緩いため ”996” の業務体制を採用する会社は未だに少なくありませんが、こうした働きかたを忌避する人の意識は社会に残り続けています。

2020年(内卷): 「パイの奪い合い」バブル崩壊の予見

”内卷” とは意味のない内向きの苛烈な競争のことを指します。日本語で表現すると「パイの奪い合い」が近く、規模の限られた市場で競合相手とシェアを奪い合う状態であることを示す言葉です。元々は上で紹介した ”996” とセットで使われることが多い言葉でした。会社で激しい出世競争もしくはリストラ回避を強いられるなか、多くの人がやむを得ず ”996” の業務体制を取らざるをえないという表現で多く使われていました。その後の ”内卷” は個人だけではなく、業界を表す用語としても使われるようになりました。

内卷業界のランキング

この頃はすでに不動産業界の信用不安が発生し、貿易摩擦とコロナ禍によって欧米諸国の中国依存が減少していました。国内を中心に熾烈な競争が始まった時代は日本のバブル崩壊後の「ガラパゴス化」の時代と同じように見えます。もしかすると、この言葉が生まれたこと自体が景気のピークアウト、バブル崩壊を予見していたのかもしれません。日本で「ガラパゴス化」はすっかり死語と化しましたが、今でも ”内卷” は広く使われています。”内卷” という言葉が使われる限り中国経済の苦境は続くのかもしれません。

2021年(躺平): 「働いたら負け」競争社会の否定

”躺平” とは競争を放棄して心理的安定を得ることを指します。このころ、その時の経済状況で ”996” の仕事をしていても ”内卷” に巻き込まれるだけで期待した成果が得られないと感じた人が "躺平" の言論を多く発表し始めました。このころ、同じような意味の "摆烂" という言葉も流行りました。

"摆烂" を使った笑い話

中国式 "摆烂" :家を買わず結婚せず子どもを作らない、労働法を守り朝9時から5時までの週休2日の仕事を見つける
西洋式 "摆烂" :大通りで大麻を吸い大酒を飲み万引きをする

この例では、これまでの競争を前提とした社会制度に対して反抗しながら、正常な仕事をすることへの憧れを感じることができます。"摆烂" は投げやりや自暴自棄と訳されることが多いのですが、私は社会的な非暴力不服従活動に近いと思っています。強烈な競争によって支えられてきた中国の経済成長が曲がり角を迎えるにあたり、それまで経済成長によって支えられてきた人々の考え方も大きく変わることになりました。

ぼっち・ざ・ろっく!とガールズバンドクライ

同じころに放送されたぼっち・ざ・ろっく!は中国でも人気で、その理由の一つは、これまで中国で公に認められなかったコミュ障という特性が認められたことでした。左図のように「仕事をしたくない (我不想工作)」というネガティブなキャプション付きの画像は多く広まっています。同じように人気のガールズバンドクライの不登校Tシャツは中国でも着ている人が多いです。学力だけではない多様な能力の肯定と、競争社会への拒否感は日本のアニメの隆盛を通じても見ることができます。

日本でもバブル崩壊後に「働いたら負け」という言葉が流行りました。この言葉は厳しい労働環境の皮肉であると同時に、働くことが必ずしも幸福につながらないという考え方でもありました。経済の曲がり角で競争一辺倒の思考が変わり、それにつれて社会が変化していくのは共通していると思います。

今回は流行語を使って2019年から2021年までの流行語とバブル崩壊前夜からバブル崩壊までを紹介しました。後編では2022年から2024年までを解説します。

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上海在住のえいちゃん
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