英国判例笑事典 エピソード(7) 「契約は契約かもしれないが、こんな判決を出したくはなかった!」
権威ある判例の拘束力が強い
英国の裁判では権威のある判例(「先例」、英語では authority といいます)が、大切なことはエピソード(4)、(5)などで幾度か紹介したところです。
目の前の事件と同じような事件に対する先例が存在するときには、先例に従わないわけには行かないのです。
ロンバード金融会社事件([1986] 控訴裁判所)
事件の経過
ロンバード社は1981年5月に500万円余り(元本、金利込み)のコンピューターを、5年分割払い(3ヶ月ごとに26万円のレンタル料)で、公認会計士のB氏にリースしました(当時はずいぶん高かったのですね!)。
その年の5月、8月、11月分のレンタル料はきちんと支払われましたが、翌年の2月分から遅れだし、5月分、8月分と遅れが続き、11月分も12月初めに入金されなかったので、ロンバード社はしびれを切らして、1982年の12月20日に契約を解除して、コンピューターを取り戻した上で、B氏を訴えました。
この段階では6回分(155万円余り)は何とか支払われており、現実に未払いになっていたのは11月分だけだった、ということを覚えておいて下さい。
契約書の骨子
関係部分を紹介しましょう。
ロンバード社はいくら請求したのか?
ロンバード社は契約を解除して、コンピューターを取り戻し、不払い分1回と未払いの13回分、合計約300万円の損害賠償を請求しました(コンピューターの転売価格8万円と、早期回収に伴う金利(年率5%)に相当する分などは差し引いてあります。どうしてそんな安値でしか売れなかったのかは書いてありません)。
どんな先例があったか?
リース契約の途中解除と、契約違反に基づいて請求可能な損害賠償金額に関係した、2つの先例の流れがあります。
(1)1つは、「契約を解除したら、重大な契約違反がない限り、解除した時までの未払い賃料は請求できるが、その後の賃料は請求できない」というものです。
(2)もう1つは、「ある種の条項(condition と呼ばれるもの)に違反することは、重大な契約違反となる」、「契約書中で、ある条項はessenceであると明記することによって、その条項を condition と性格付けられる」といういくつかの判例と、貴族院の判例で「契約書の中に、condition の違反があったら解除ができる、という規定があれば、契約を即座に解除して、その後の全期間にわたる賃料を損害として請求することができる」というものです。
ロンバード社の請求は認められるのでしょうか?
さて、ロンバード社は500万円のリース契約の7回目の不払いで、契約を解除した上で計14回分のレンタル料を取れるでしょうか?
もうお分かりですね。先例(2)によれば、「期日通りの支払いの約束はconditionだ」ということにされていれば、不払いは重大な契約条件の違反になり、未経過分のレンタル料も含めて取れる、と結論せざるを得ないのです。 仮に3回目の支払いが遅れたというケースでも、同じ答になるでしょう。
えっ! こんなことになるのですか!?
でもこれはひどい答ですね。その通りです。裁判官自身もそう思ったのです。ひとりの裁判官は、こんな意味のことを判決文の中で書いています。
もう一人の裁判官の感想をまとめるとこうです。
そんな愚痴を書くぐらいなら、自分たちに納得がいく判決を出せばよいじゃないですか!
そう思う人も多いかもしれません。しかしそうは行かないのです。
事件がある先例の型に当てはまるのなら、それに従わざるをえないのです。この事件では頭のよい弁護士が上手に契約書を書いた結果、本当は適用されるべきでない先例の型にはめ込まれてしまっただけなのです。
それに、控訴裁判所には貴族院(現在は「最高裁判所」に改組されました)の先例を覆す権限はないのです。
加えて、B氏の弁護士にも理屈の組み立てと、議論の進め方にまずいところがあったのです。実際2人の裁判官共に、「もう少し別の議論をしていたら、B氏はこんな負け方はしなかった可能性もあったのに……」という感想を述べています。
「契約は契約」なのです!
でも英国の民事裁判では、当事者の言うこと、つまり契約書に書いたことが重んじられるので、裁判官も判決に不満は書き添えられても、助け船までは出せなかったのです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?