第14話 契約には、どこの国の法律が適用されるのですか?ー契約の準拠法(1/3)
「準拠法」って何のことですか?
契約に基づく当事者の権利、義務など、契約の効力は、その契約に適用される法律にもとづいて考えます。この適用される法律を「契約の準拠法」といいます。
もし同じ国籍の当事者双方が自分たちの国の中で契約するなら、その効力は、準拠法が何国法かを考えるまでもなく、その国の法律に従って考えればよいでしょう。たとえば当事者双方が日本の会社で、日本で契約したときは、誰だってその契約は日本の法律に従う、と考えるに違いありません。それでよいのです。
しかし当事者のいる国が異なると、そうはいきません。A国に本社を置く売主と、B国に本社を置く買主の間に、こんな契約があったとしましょう。
何月何日に引き渡すかは、書いてありませんでした。契約したときは、当事者には分かり切っていたからです。
「商品を引き渡せ!」、「そんな義務がどこにある?!」
ところがいつになっても、売主の責任で商品が引き渡されなかったとします。買主は何が言えるでしょうか?
このことに関するA国の法律を見てみましょう。
では、B国の法律はどうなっているのでしょうか?
買主は自国(B国)の法律を見て、「契約違反だ。合理的期間内に引き渡すべきではないか!」と主張するでしょう。
これに対して売主は「我が国(A国)の法律によれば、当事者間に合意がないかぎり、引き渡す時期は決まらない。だからそんな義務はない!」と反論します(本当はそんな偉そうなことは言えないのですが)。
契約に適用される法律の内容が、国によって違うことがあるのです
「鬼ごっこ」の遊び方にも、きっと国による違いがあるでしょう。当事者の契約関係に適用される法律の内容も、各国同じであるという保証はありません。A国とB国でもその内容は異なっていました。
つまり、国内契約と違って、国際的な契約関係では、当事者の立場(「権利」や「義務」)がどうなっているのかは、適用される法律が決まるまでは直ちには分からない、というわけです。
ちょうど「ゲームをしようとしているのに、ルールが分からない状態」と言ってもよいでしょう。ルールが決まっていなければゲームは出来ません。仮に「分かったつもり」でゲームをはじめたとしても、意見の違いがあったときには困ってしまいます。
最初にあげた契約の場合に、「準拠法はB国の法律」とあらかじめ決まっていれば、商品を約締結後合理的期間内に引き渡すべきことは、契約書に何も書かなくても定まる筈です(もっとも、何月何日とすぐ決まるわけではなく、「合理的期間」とはどれくらいかを判断する必要はあります)。ところが準拠法がすぐに分からなかったために、紛争が解決できなかったのです。
何だか納得がいきませんが……
世界中で日々行われる売買契約について、この有様では困りましたね。そう、こんなことではあまりにも不便だと考える人はたくさんいます。そこで、物品の売買については、「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(1980年。通称「ウィーン売買条約」)ができました。
もっともこの条約は売買契約のすべてを解決するわけではありませんし、当事者がその適用を排除することも自由で、実際に適用をあらかじめ拒否することも少なくないのです。
そこで契約書に「準拠法」の定めが登場するのですね!
その通りです。幸いなことに契約の「準拠法」というのは、多くの国で当事者が自分たちで選んでよい、ということになっています。そこで異なる国の間の当事者の契約書、いわゆる国際取引契約書の中には「この契約の準拠法は何国法ということにしよう」という、通称「準拠法条項」が挿入されるのです。冒頭にあげた写真はその簡単な実例です。
Midnight Clause
そうだとすると、ルールを決めてからゲームを始めればよい、ということになりそうですね!
その通りです。ところが、実際の契約書の中では、この「準拠法条項」はずっと終わりの方に置かれています。
当たり前のことですが、当事者が契約書の条文を交渉するときには1ページ目から見ていきます。すると、どうしても準拠法条項の検討は「最後の最後」になってしまい、下手をするとサイン前日の晩遅くにやっと手を付けることになります。そこで、この条項にはMidnight Clause(clauseは「条項」という意味です)という、ありがたくないあだ名がついています。
ルールを最後に決めるのですか?
でも「契約の準拠法」が、ゲームのルールのようなものだとしたら、契約をどのような法律構成にしていくかを考えるかの原則、つまり自分はどう試合を進めていくかの戦略を決定するためのルールは、本当は契約書を交渉する時には、まず第一に決めておく必要があるのではないでしょうか?なぜなら、最初にあげた契約の例からもお分かりのように、A国の法律が適用されるか、B国の法律かによって、きっと契約書の書き方は違ってくる筈なのですから。
そうです!法律家なら誰でも、準拠法は最初に決まっているのが正しい、ということは分かっています。ところが Midnight Clause という現実は全然変わっていないのです。私もたくさんの契約書の交渉をしたことがありますが、準拠法条項を最初に議論したことは1度もありません。最後の最後に議論したことは数え切れないほどあります。
やれやれ、困ったことですね!一体実務ではどう対処しているのでしょうか?
次回以降に考えてみましょう。