国際契約英文法ー法律文書ではどうして簡単な言葉を使わないのですか?(2)
前回に ‘get’ や ’do’ といった分かりやすい言葉が契約書に出てくる頻度は著しく低い、というお話をしました。なぜそうなのかを考えてみましょう。
同じようなことでも場合に応じて言い分けをするため
簡単ながら色々な意味を持つ単語が、法律家に好まれない1つの理由は、細かい言い分けをするためには、それぞれの概念にあった言葉を使う方が、間違いがないということがあります。
売買契約を例にとってみます。商品を売るには 'sell the Products' といえばよいのですが、「実際に商品を買主に移す(占有を引渡す)」ことに焦点を絞るときには、'deliver the Products' の方が的を射た言い方です。「所有権を移転する」という面に光を当てると 'transfer the ownership of the Products' という表現が正確ですし、運送してもらうために「運送人に商品を渡す」ことは 'ship the Products' と言います。
つまり「商品を売る」という大きな概念を、法律の目で細分して、それぞれの場合に応じた言葉を使うということです。(☚これがポイント)
買主について言えば、「商品を実際に受け取る」ことを 'get the Product' と言わずに 'receive the Product'、'take delivery of the Product' などと表現するのも、同じような考えにもとづいています。
また、商品を契約条件を充足したものとして「これでよいと受け入れる」ことは 'accept the Product' と表現します。accept は法律では単に「受け取る」という以上の意味を持っているわけです。
法律の文章は「これであって、これでしかない」という精度を要求されるのです
上に書いたほかに、‘get the Product’ というのには何か問題あるのでしょうか。
‘get’ は「手に入れる」という意味ですが、「手に入れる」の意味は1つではありません。I have finally got the Product! というと、物理的に受取ったということの他に「ずっと欲しかったものが、ネット・オークションでやっと手に入った。但し送られてくるのは、数日先だ」という場合もあり得ます。
これでは2つの意味にとれる文章になってしまいますね。法律家はあることが複数に解釈されることを嫌います。議論のもとになるからです。法律にせよ、契約書にせよ、書かれてあることは「これであって、これでしかない」ものであることが求められるのです。
つまり、あることを正確に意味することはいうまでもないのですが、誤読されたり、時には「故意に」別の意味に読まれない表現であること、が大事なのです。(☚これがポイント)
‘get’ や ‘do’ だけでは、すこし漠然としていて、切れ味という点に問題があることはお分かりになるでしょう。
悪しき先例主義ー先例に従った方が安心
契約書は最終的に裁判や仲裁になったときに、証拠書類として第三者に提出されるものです。裁判官や仲裁人が一覧して、「ああ、おなじみの表現だ。こういう意味だな!」と思ってくれると便利なのです。判例、法律や論文の中で使われてきた言葉を使って書いてあれば、法律の専門家は相手が何を言いたいのかがすぐ分かるのです。商売人が業界用語で会話するようなものです。
ですから「普通の人はそう言うかもしれませんが、我々はこう書くのですよ」といった言葉遣いになるのは、ある程度は仕方がありません。
もっともそれが極端になると、何百年もの間使われてきた表現を、適切かどうかも考えずにやたらと使う、といったことになるのです。そして、実際そうなっているのです。現実には先例に頼り過ぎるために、英米人の書いたものでも、意味がわからないどころか、文法さえ間違っているものがあります。
格好をつけているだけなのでは?
「格好」。そう!そういうこともあります。買主は商品を買うのだから、buy the Products といえばよさそうなのに、purchase the Products と書くのは、ちょっと高級な語彙を使っているだけですし、「支払いする」ことを pay と言わずに make a payment などというのは、はっきり言って気取った悪しき慣習です。
「これであって、これでしかない」文章を書くことは大切ですが、安易に先例や書式集に頼らず、自分で考えて分かりやすく書くことに、もっと力を注いでもらいたいと思います。
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