英国判例笑事典 エピソード(10)「栄光あるイスラム法」対「世界の英国法」
お金は貸したい、利息は取れない!?
イスラム教の経典であるコーランに定められた法原則(「シャリア法」と呼びます)では、貸したお金について利息を取ってはいけないことになっています。
しかし、その決まりが文字通り運用されるとしたら、この現代にビジネスをすることは難しいと思われます。イスラム教の世界でお金を貸す人はいなくなってしまうでしょう。そこでイスラム教国でも国によっては利息を取ることが黙認されていることもあれば、積極的にこれが許されている国もあるようです。
蛇の道は蛇
もちろん、一応原則を守りつつお金を運用する方法も開発されています。たとえばお金を貸したい人に何かモノを売って代金をもらい(これが「貸付」になります)、そのモノを利息相当の金額を含んだ値段で、後ほど買い戻す(これが「返済」になります)のです。「蛇の道は蛇」といったところでしょうか。
事件の経過―Morabaha Financing Agreements―
さて、1995年頃のことですが、運転資金を必要としたバングラデシュの Beximco は、中東バーレーンの Shamil 銀行から、’Morabaha Financing Agreement’ と題する契約書に基づいて融資を受けました。この契約は上に紹介した「買い戻し約定付きの売買取引」の体裁をとったものでした。なお「モノ」(何だったのかは不明)は実際には、一瞬たりとも Beximco の手元を離れなかったようです。
数年して返済が滞りはじめました。そこでいわゆる「リスケジューリング(返済繰り延べ合意)」がなされました。具体的には、銀行のもっているある資産を Beximco に貸して、Beximco がそれに対する使用料を支払う、という契約(’Ijarah’ lease と呼ばれていました)に差し替えたのです。
ところが Beximco はこの Ijarah lease 契約にも違反したので、銀行は2002年に「不履行宣言」をして、英国の裁判所に訴訟を起こしました。Beximco は負けて(当然のように思いますが……)控訴しました。
この契約の準拠法は何法?
控訴の法的争点は、次に掲げる準拠法条項の解釈とその効果でした(「準拠法」については、「基礎からわかる英文契約書」の第14話から第16話をご覧下さい)。
「取引はシャリア法上、違法である!」
さすがに両当事者共、Morabaha 契約、Ijarah lease 契約が、本質的には利息付きのローンであることに関しては、何の疑いももっていないと自認しています。では、借主Beximcoはどんな理屈を考えだしたのでしょうか?
Beximcoは、この取引は「利息」を取ろうとしたものだ、ということを理由にシャリア法上、契約全体が無効だと主張したのです。
さてこの理屈が成り立つためには、シャリア法の原則がこの契約の判断基準になる必要があります。ところが準拠法条項には、上にあげたように「光栄あるシャリア法に従って、本契約は英国法に準拠し……」とあったのです。
第1審の裁判官は1つの契約が2つの法に準拠する、ということはないと言い、両当事者ともこれを認めました。(☚これがポイント)
えっ? ではどうすればシャリア法の利息に関する原則が、英国法に準拠する契約に適用されうるというのでしょう?
Beximcoの理屈は極めて技術的なものでした。すなわち、この契約の準拠法は英国法である、しかしシャリア法の利息に関する原則は英国法に「摂取(’incorporate’)されて、一体となっている」、つまり「取り込まれている」といったのです。
Beximcoは帳消しに成功したのでしょうか?
「摂取」という理論は確かに存在しており、控訴裁判所もこれを認めています。しかし裁判所は、「摂取」が成立するためには、「何が摂取されたのか」が明確でなければならない、としました。そしてシャリア法は法原則であると共に、生活や行動の規範でもある、また法原則であるとしても、商業、銀行業に対する現実の適用については、イスラムの国々でも相対する多くの意見が存在し、それをどれくらい厳格に適用、解釈するかについても、大きな意見の相違があると判断したのです。
そのうえで、これではとても「明確に」契約条件として摂取されたと言えるような原則(裁判所は明確な原則を ‘black letter provisions'、つまり「太字で書き示せるような法原則」と表現しています)は、確定不可能だと結論づけました。 (☚これがポイント)
お金を借りたのに、今さらのように「契約が無効だったから、元本ごと返さなくてもよい」なんてことになるわけないですよね!
付け足し「世界の英国法」
英国の裁判官は英国法が国際的な取引の拠り所とされていることにとても自信を持っていますが、本事件でもこんなことを言っています。
このことについては、エピソード(6)「ようこそ、パブ『英国邸』へ!」もご参照下さい。
ここまで誇りを持って運用されているからこそ、世界中の商人の信頼を得ることができるに至ったのですね。