国際契約英文法 ーhere-、there- and everywhere!?
契約書中に出てくるhere-、there-のついた語
契約書の随所に hereto、hereof など here が頭についた単語が出てきます。there がついたものも出てきます。「基礎からわかる英文契約書」の第5話で追ってお話しすると約束しました。
hereto はどういう意味でしょう?
辞書を見ると、「この文書に」とあります。オクスフォード辞書を見ると ’to this matter or document’ とあります。
hereof はどうでしょうか?
日本語の辞書には「これの、この文書の」と書いてあります。オクスフォード辞書には ’of this document’ となっています。
そしてどの辞書でも、この種の here、there に前置詞が1つ、または2つ付いた語は、古語、文語、法律用語と注記されています。廃語と書かれたものすらあります。
here- の同心円
上の2つの例から分かるように、here は「本……」、「この……」、’this …’ を意味します。たとえば hereby、herein であれば、それぞれ 'by this …'、'in this …' ということになります。
では「 … 」の部分には何が入るかというと、その 'here' という言葉のあるところに自分を置いて、そこから同心円的に広がる所にある何かが入ります。
つまり、this place、this sentence、this paragraph、this Section、そして最後は this Agreement と広がっていくのです。
辞書には「本文書」、「本書類」(本稿の目的では「本契約書」と思ってください)とありますが、もっと狭い範囲でも構わないのです。自分のほんの足元でも構わないのです。
もちろん多くの場合は 'this Agreement' なのですが、例えば定義条項で 'hereinafter called …' というと、'called in this Agreement、after this place' ということになります。つまり、「本契約書中では、これ以下……と略称する」というわけです。
時間についても使えます
「今(この時)」を出発点にすることもできます。「今後」は hereafter です。1つ例をあげておきましょう。
“Intellectual Property” means all patents, trademarks, … now owned and existing or hereafter arising, created or acquired.
「知的財産権」とは現在専有され、かつ存在する、または今後発生し、創造され、または取得されるすべての特許、商標 ……を意味する。
このように場所でも時でも、現在の自分自身の居場所を中心にして、何かをいうときに前置詞を後ろにつけて使っているのです。
ですから、現在の「何」なのかがはっきり特定できないときは使うべきではありません。
このような言葉は積極的に使えばよいのでしょうか?
これは難しい問題です。法律家がなぜこの言葉をよく使うかというと、その方が短く書けるから、慣例的にそう書くからといった理由からです。
確かに先ほどあげた定義を作るときの 'hereinafter called “…” ' の hereinafter は ‘in this Agreement, after this place’ の代りだったのですから、6語が1語(!?)ですむわけです。
また、よく見られる例には 'the Parties hereto'(the Parties to this Agreement、「本契約の当事者」)などがあって、短くなるという効用もある上、慣れれば簡単なことだともいえます。
とはいえ、here- に引っ掛かってしまう人が結構いるということを考えると、あまり推奨する気にはなりません。たとえば 'hereby' は日本語の文章語でいえば、「茲許」ということになるのですが、そう書くより「本契約によって」とした方がずっと分かりやすいですから、英語でも同じことでしょう。
加えて、時には here語 を使った方が「法律文書らしく見える」という魂胆もなくはないと思います。なぜなら、ことさら 'heretofore' だの 'hereinbefore' などと言わなくても、契約書は書けるのですから。
there- はどういう意味でしょう?
here に対して、there のついた言葉は、’that …’ を置き換えたものです。たとえば 'therein' はオクスフォード辞書を見ると ’in that place, document …’、 日本語の辞書では「その中に、そこに」などとあります。
簡単にまとめれば here- は「この……」だったのが、there- の場合は「その……」、つまり契約書中で「その語の出てくる直前までのどこかに書いてあること」を指すのです。
例をあげた方が分かりやすいでしょう。
The Seller shall sell the Machine to the Buyer. The Seller may change the specifications thereof at any time before the Buyer places an order therefor.
売主は機械を買主に売渡さなければならない。売主は買主がそれに対する注文をするまではその仕様を変更することが出来る。
ここでは「すぐ前の文中の機械の」、'of the Machine' という意味で thereof、「機械に対する」、'for the Machine' というために therefor と言っています(therefore とよく間違えますので、気をつけてください)。
もう1つ例をあげておきましょう。
The Seller shall sell the Products contained in Catalogue No. 3. The Buyer may order any Product therein.
売主はカタログ3番に含まれている商品を売渡さなければならない。買主はその中のいずれの商品を注文してもよい。
therein は「その中」のということになりますが、「その」はここではすぐ前の Catalogue No. 3 を指します。
'here-' の場合と同じように、「その」が何を指すかが明確に分からなければ使うことが出来ません 。
時間の場合に使えることも 'here-' と同じです。「その後」は 'thereafter' となります。
here、there の対象が複数でも良いのですか?
理論的には複数でも構いません。しかし there は「それらの……」が考えられますが、here の対象が複数の場合というのは、ちょっと思いつきません。
長いけど、実例を紹介します
最後にふんだんにこれらの言葉が出てくる1文をあげておきます(訳は省略します)。精読しなくても、ざっと読み流すだけで結構です。<…> の中に書き戻したものを記しておきましょう。
In case any Event of Default occurs and is not waived pursuant to Section 4.4. hereof <of this Agreement>, Purchaser may proceed to protect and enforce its rights or remedies by suit in equity or by action at law, or both, whether for the specific performance of any covenant, agreement or other provision contained herein <in this Agreement>, or to enforce the discharge of Merchant’s obligations hereunder <under this Agreement> (including the Guaranty) or any other legal or equitable right or remedy, including but not limited to filing the Confession of Judgment and executing thereon <on the Confession of Judgment>, and enforcing the Security Agreement contained herein <in this Agreement>.