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 ゑひ[酔]では、毎週日曜日に、上原ゑみの新作の俳句を発表します。毎週5句発表で
す。

新蕎麦の棘棘しきを手繰り寄せ
走り込む父の尿意が霧の中
鵯の口の中より乾き初む
押し込んで奥のどんぐり咽頭へ
縞枯れの鹿の空気を使ふこゑ

 忘れがたい景色のひとつに八ヶ岳の縞枯れ現象がある。森林の樹木が帯状に枯死する現象で、枯死した部分は時間の経過と共にそのまま上方向へ移動し、同時に下方から新たな樹林帯が育つことにより森林が更新される。遠くから見ると枯れた樹木の幹の集団が白い縞に見えることから縞枯れ現象と呼ばれる。

「縞枯れは、森林限界があれば、その直下付近で、森林限界がなければ山頂付近で見られる。そして、主に縞枯れが出現するのは山頂高度が2300m~2700mで、森林限界が2500m~2700mである山岳に集中していて、それ以上・以下ではあまり発達しない」(Wikipediaより)

 初めて見たのは晩秋、西日の差す山道を運転していた時だった。急に景色がひらけて姿を現した山の斜面、木々の枯れた白い部分と樹木帯の紅葉のコントラストの美しさに息を飲んで急停車した。私が降り立った地点と縞枯れた山の間は谷になっており、山の斜面をゆっくりと下方へ向かうバスが見える。先には集落があるのだろう。私の立つ側の道路はそんな時間に通る車も人影もない。しばらく見とれていたら、
「キョーーーーン」
静寂を破ったのは鹿の鳴き声だ。谷間の音響効果絶大、大音量で、長尺で、何よりあんなにも切実に響く鹿の声を以降の私は知らない。
 ところが大事に思う記憶のわりには、通りすがりの道であったし先を急いだこともあって、後々正確な地点を思い出すことができなかった。今回の文章を書くにあたり何とか思い出せたのが道中、「蓼科仙境都市」という標識を見かけたことで、調べたら日本一標高が高い別荘地帯の名称である。一帯の標高1,570メートル~2,070メートル。高所に住まいする知人が言うには、人間が生きていける限界は標高1,600メートルまでらしいのだが。一部は稼働との情報もあったが、やけに謎めいて見える蓼科仙境都市。名前からして詩的。関連する面白いレポートもいくつか読んだ。廃墟や廃道に興味のある方、よろしければ検索してみてください。縞枯れ。森林限界。仙境。だんだんまぼろしみたい。まぼろしでよいのかもしれないし。

※縞枯れ現象のメカニズムについては、北八ヶ岳ロープウェイの公式HPの説明がわかりやすいのでご紹介まで↓
https://www.kitayatu.jp/toparea/

鵯(ヒヨドリ)

 

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