見出し画像

橋渡し

昔、実家に伝統工芸品が送られてきたことがある。興味津々で開梱したところ、恐ろしい形相の能面が現れ、背筋が凍った。どなたかが魔除けにと贈ってくださったそうだが、私には呪いの面にしか見えず、とにかく目に入らないところに仕舞ってもらった。そうでなくても、幽玄の美など自分の理解の範疇を超えており、能楽教室は狂言だけを楽しみに耐えるのが常だった。だからもう一生、お能の世界に触れることもなかろうと思っていたのだけれど…。このところ苦手克服キャンペーン実施中につき、表紙からして不気味なこの1冊を手に取った。

佐藤まどか作・アンマサコ絵『暗やみに能面ひっそり』(BL出版、2023年)

能面師の祖父の家で夏休みを過ごすことになった小学4年の宗太。肝試しに祖父の仕事場に誘われる。(▶️その様子はこちらから少し読むことができるので、よろしければどうぞ。)

なんと能面は250種類ほどあるという。そのうち本書に出てくるのは小面こおもて生成なまなりしかみ獅子口ししぐち般若はんにゃ真蛇しんじゃ小飛出ことびで小喝食こかっしきの8種類。

わが家に送られてきたのは「真蛇」だったと初めてわかる。やっぱり怖いものは怖い。でも、この本は大丈夫。祖父から面の打ち方を教わる宗太の目線で描かれているため、お能の知識がない読者でもとっつきやすく、おかげで能面恐怖症も軽減した。

佐藤まどかさんは実在の能面師への取材も経て本作を執筆。デザイナー出身の著者だからこその着眼点と、アンマサコさんのリアルで秀逸な描写が光る1冊。(おふたりのサイン入りのこの本は、ブックハウスカフェで入手可能。)

これに勇気づけられて、つづいて文楽の世界へ。

三浦しをん『仏果を得ず』(双葉文庫、2011年)

この本は読書家 noter おうみのひとさまのご紹介記事で知ることができて、有難かった。ちなみにこちらは大人向け。

人形劇が好きな私でも、いざ文楽となると、お能と同様、難解で近寄りがたいイメージを抱いていた。それが一気に崩れるほどのインパクト。太夫の修業に励む弟子の心情が、実際の演目と重ねて表現され、芸を昇華させる過程が描かれる。とはいえ、堅苦しさは微塵もない。ユーモラスで情感たっぷりな筆致に引き込まれ、どんどん読み進めることができた。

そのクライマックスとなる演目「仮名手本忠臣蔵」の「勘平腹切の段」をより
理解するために、こちらの絵本も取り出してみた。

橋本治 文・岡田嘉夫 絵『仮名手本忠臣蔵』(ポプラ社、2003年)

『仮名手本忠臣蔵』は実際の赤穂事件に脚色が加わっている分、登場人物が複雑なため、絵本でおさらいできるのは有難い。凡人には敷居の高い伝統芸能には、こうした橋渡しが必要と思うのは私だけ?

最後に、川端誠さんの落語絵本のご紹介を。子供にもわかるように楽しく落語の世界に誘ってくれるシリーズ。クレヨンハウスでも一部品切れ中なのが気がかり。ぜひ重版していただきたいと願っている。

川端誠『めぐろのさんま』2001年
『いちがんこく』2004年
『まんじゅうこわい』1996年
(クレヨンハウス)


こんな具合に苦手と向き合ううちに
気がつけば芸術の秋に🍂

どうぞ皆さまも
深まりゆく秋を
お楽しみください🍁