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トイレ物語

昔の幼稚園のお泊まり保育でのこと。園庭でキャンプファイヤーを楽しんだ後、みんなで教室に布団を敷いて雑魚寝する。「みんな寝る前にトイレに行ってらっしゃい!」と先生の指示。その当時、汲み取り式の通称ボットントイレが主流。幼稚園の夜のトイレは、下から何かが出てきそうで怖かった。だからやがて水洗トイレに代わると安心したものだが、初期のそれはネズミが出てくるとの噂が後を絶たず、それはそれで恐怖だった。この本はまだ水洗トイレにトラップがなくて、何が出てくるかわからなかった頃のお話だ。

リンデルト・クロムハウト文・アンネマリー・ファン・ハーリンゲン絵
オシリカミカミをさがせ!』野坂悦子訳
(朔北社、2004年)※原作1997年

トイレでオシリを噛まれる人が続出する。その謎を解くために、ひとり下水道に
入っていく少年ユス。彼が勇敢で人気者かというと、けっしてそうではない。

ユスが、 学校に いくとき、かあさんは もう いない。
ユスが、 学校から かえってきたとき、 かあさんは まだ いない。
ユスには、 とうさんも いない。
何年かまえに しんでしまった。
おじいさんと おばあさんも、 いまはもう いない。
おてつだいさんを たのむ お金も ない。
だから ユスは、 しょっちゅう ひとりぼっちだ。
たいてい、 まどべに すわって、 
道にいる ひとたちを ながめている。
そうしていれば、 あんまり さみしくない。

『オシリカミカミをさがせ!』32-33ページ(ルビ省略)

いつもひとりぼっちのこの少年が、社会的な事件(オシリカミカミ)の真相を探る動機は、ご褒美がもらえればお母さんが働かなくてすむからだった。

はたして下水道には何がいたのか。少年ユスは事件を解決できるのか。文字が大きく、あっというまに読めてしまうので、結末が気になる方はぜひ実際に本を手に取っていただけたらと思う。1998年、オランダの子どもたちの人気投票で「最高におもしろい1冊」に選ばれている。

あとがきによれば、著者はこの物語を1996年9月に執筆し、現実にはこんなことは起こりえないと思っていたのだが、同年11月の新聞記事でアメリカのアリゾナ州の民家のトイレから全長2メートルの蛇が現れたことを知ったという。その意味でも、創作でありながら現実を色濃く映し出した作品ともいえる。オシリを噛まれる珍奇な事件を扱いながら、下水道のように普段は表面には出ていない問題を浮き彫りにしており、単なるウケ狙いとは一線を画している。(超絶おすすめ。星5つ)