[短編小説] おやじプログラミングのはじまり
「おい、これ読んだことあったよな…」
新刊の帯を手に取った瞬間、既視感が襲った。
堂場瞬一の新作『執着』。
確か去年の暮れに読んだはずなのに、
ストーリーが曖昧になっている。
俺は篠原啓介。
57歳。営業一筋35年。
デジタル化の波に乗り遅れた世代の、
どこにでもいるおっさんだ。
唯一の趣味は推理小説。
中でも堂場瞬一作品には魅了され続けている。
緻密な取材に基づいたリアリティ。
社会派でありながら、人間ドラマを描ききる筆力。
年間で優に4、5冊は新刊が出る。
だが、そこが問題でもあった。
「何度も同じ本買っちまう…
年のせいか、どれ読んだか分からなくなってきたんだよな」
休日の本屋で、俺は溜息をつく。
スマホで検索してみるが、
堂場作品だけでも70冊以上。
Excelで管理するには複雑すぎる。
かといって、市販の読書管理アプリは使いこなせる気がしない。
「お父さん、自分で作ってみれば?」
晩酌しながら愚痴っていると、IT企業に勤める息子の健一が言い出した。
「今はAIがあるから、プログラミング初心者でも案外イケるよ。ChatGPTとか、Python使えば」
「おいおい、俺にプログラミングなんて…」
だが、その言葉が妙に心に引っかかった。
35年のキャリアで学んだことがある。
道具は、使う人のためにある。
いつも小説関係の情報を得るのにかかせないnoteを
みていたら、たまたまこんな絵本を見つけた。
パンを焼くコンピュータだって?
ずいぶんヘンテコな絵本を書いてる人もいるんだな。
と思って一読したところ、ありがちな、「命令」とか「箱」とか
「条件分岐」などという言葉の一切出てこない、
わかった気にさせられる絵本だった。
なるほどな、決めごとを教えてあげるとその通り動くのが
コンピュータなのか。
どうせ、自分専用に作るんだから、気楽な気持ちで「堂場瞬一リーダー」でも作ってみるか。
次の休日、俺は初めてプログラミングの世界に足を踏み入れた。
啓介はChatGPTの画面に向かって、意を決したように入力した。
「堂場瞬一の本を管理するための画面を作りたい。シンプルなものでいい」
ChatGPTはこんな回答を返してきた。
「ちょっと待て待て、これを見せられても…」
啓介は画面を見つめながら呟いた。35年の営業人生で見てきた資料の中でも、これほど意味不明なものはなかった。
「これをどうしたら、どこに何が表示されるんだ?」
「うーむ。これをどこかに保存するのか?ワードにコピペしたらいいのか?」
なるほど、ワードじゃないんだな。メモ帳なんてはじめて使うぞ。
おまけにChromeでファイルを開くなんてメニューがあったのか
言われた通りに保存してChromeで開いたらこんな画面が出た。
「おっ、でたでた。AIやるじゃないか」
啓介は小躍りしそうになった。画面に入力欄が表示される。しかしタイトルを入力し、日付を選んで追加ボタンを押したが、何もならない。
「実際に動くようにするには、JavaScriptのコードも必要です」か、これを追加するんだな。
当てずっぽうに2番目のプログラムをコピーしてhtmlファイルの最後にペーストした。
確かにリストが追加された。できたじゃないか、健一はこの程度のことをやる仕事をしているのか?たいしたことないな。
翌日、それじゃ早速今まで読んだ本を書斎から集めてきて登録しようと思い、パソコンを起動した。
「なんだよ、ないじゃないか」
昨日登録したはずの執着が消えている。しょうがないChatGPTだ。
「昨日登録したデータが消えている。どうした?」
まどろっこしいな。こいつは一回で全部できないのか?
データベースだのローカルストレージだの、専門用語が出てくるが、スルーした。同じような訳のわからない文字列を全部コピーして、また当てずっぽうに最後にペーストした。
あらためて「執着」を登録して、パソコンを再起動。再度ファイルを開いたらリストが出てきた。
よしよし。これで一件落着だ。
本棚から堂場作品を一冊、また一冊と取り出す。手に馴染んだ文庫本の背表紙に、懐かしい作品との再会を感じながら、啓介は丁寧にタイトルを入力していった。
「謀略」「罪の年輪」「野心」...
35年の営業人生で培った几帳面さで、一冊も漏らすまいと慎重にデータを打ち込んでいく。画面に現れる作品名を見ているだけで、それぞれの物語が鮮やかによみがえってくる。
まるで、本棚の本たちと改めて挨拶を交わしているような気分だった。
なにやらやってるな、と察した健一がニヤニヤしながら父啓介の背後にやってきたが、思いの外できている画面を目にして目を細めた。
「へえ、これ、お父さんが作ったの?」
息子が覗き込む画面には、堂場作品のデータベースが広がっていた。
「まだまだ改良の余地はあるけどな。でも、おかげで二重買いはなくなったよ」
そう言いながら、新たな関数を追加している自分に気付く。もう、プログラミングを怖がってはいなかった。
「ハードボイルドってのは、結局、己との戦いなんだよ」
堂場作品から学んだ言葉を思い出す。デジタルの荒野で、この歳になって新たな挑戦。
おっさんの、ささやかな冒険は続く。
「ところで健一、このエラー、どうすれば…」
「はいはい」
つづく
いかがでしたでしょうか?
今回は実はまだ続きます。
無料版ではオヤジ啓介がAIでプログラミングの道をじりじり進む物語。
有料版ではムスコ健一の冒険譚を書きました。
健一は健一で、エンジニアでありながら人に説明するのは大の苦手。
健一もAIを使って自分なりに人に説明するための文章を作る、といった内容です。
よかったら読んでください。
―説明下手エンジニアのプログラミング冒険―
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