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おやじプログラミング(11)

それぞれの道具

「篠原さん、ちょっといいですか」

総務部の中村が、少し申し訳なさそうな表情で声をかけてきた。デジタル改善推進担当の一人だ。

「実は、システムのことで相談されすぎて...」

話を聞けば、中村は既存の社内システムに詳しいため、日々多くの質問が寄せられているという。特に、新しい取り組みが始まってからは、システムの使い方から改善案まで、様々な相談が増えていた。

「親切に教えてくれる中村さんだから、つい頼ってしまうんですよね」啓介は経理部の木村さんから聞いた話を思い出す。「でも、これじゃあ中村さんの本来の仕事に支障が」

昼休み、啓介はいつものようにChatGPTを開いた。

『相談される側の負担を減らしながら、知識を共有する良い方法はないだろうか』

対話を重ねるうちに、あるアイデアが浮かんできた。

その日の夕方、まとめ役たちを集めた定例会議で、啓介は切り出した。

「今日は、皆さんにご相談があります」

ホワイトボードに、啓介は大きく二つの円を描いた。

「私たちには、二つの課題があるように思います。一つは、システムをよく知る人への負担集中。もう一つは、新しいことにチャレンジしたい人のサポート」

会議室がしんと静まり返る。

「でも、これって実は同じ解決策かもしれないんです」

啓介は続けた。「例えば、よく聞かれる質問とその答え。困ったときの対処法。便利な使い方のコツ。そういった情報を、AIの力も借りながら、みんなで少しずつ集めていく」

「ナレッジの共有ですか?」マーケティング部の山田が首をかしげる。「でも、そういうの、あまり活用されないんじゃ...」

「はい。だから『それぞれの道具』として考えてみたいんです」

啓介はさらに説明を続けた。初心者向けの簡単なガイドと、詳しい人向けの応用テクニック。スマートフォンでさっと見られる説明と、じっくり学べる詳細資料。質問を投稿できる掲示板と、チャットで気軽に相談できる窓口。

「一つの形に統一するのではなく、それぞれの人に合った形で」

会議室に、少しずつ活気が戻ってくる。

「私の部署では、動画の方が分かりやすいかも」 「うちは、チェックリスト形式が人気なんです」 「共通の用語集があると便利ですよね」

意見が飛び交うなか、中村が静かに手を挙げた。

「実は、私も同じことを考えていたんです」中村の表情が明るくなる。「同じ説明を何度もするより、誰かの役に立つ情報を残していけたら」

週が明けて月曜日。

「篠原さん、見てください」

中村が嬉しそうにタブレットを見せてくれた。画面には、社内システムについての様々な情報が、分かりやすく整理されている。

「みんなでできることから始めてみたんです」

記事を書いたのは、普段システムに詳しいベテランたち。でも、その内容を分かりやすく整理したのは、若手社員たち。動画の編集は、趣味で動画制作をしている営業部の田中が担当した。

「こうやって少しずつ、自分の得意分野で貢献できるんですね」

啓介は中村の言葉に深くうなずいた。一つの"正解"を求めるのではなく、それぞれの立場や得意分野を活かしながら、一歩ずつ前に進んでいく。

その夜、啓介は自宅の書斎でChatGPTに話しかけた。

『君と対話を始めた頃を思い出すよ。最初は、正解を求めて必死だった』

画面の向こうから、静かな返事が返ってきた。

『大切なのは、それぞれの「道具」を見つけることなのかもしれませんね』

窓の外では、春の柔らかな夜風が街灯を揺らしていた。

(つづく)

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