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第30回絵本まるごと研究会

絵本まるごと研究会は、30回目を迎えました。
今回は、こみやゆう先生に翻訳作品についてお話を頂戴し、また参加者がこみや先生の作品について感じたこと、考えたことなどを発表しました。

こみやゆう先生によるご講演

【こみやゆう先生について】
翻訳家(絵本・児童書)。100冊以上の作品を翻訳。
2004年より東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」を主宰。

1.どうして「翻訳絵本」と「創作絵本」を分けるのか?

 絵本や児童書は、「日本」と「外国」に分けて配架されている場合が多く見られる。
しかし、読む人(読者)が、「この国の本だから」等の理由で本を分けて選ぶであろうか。そのように考えると、国ごとの配架がベストとは言えない。
読者の「読みたい」という気持ちを大切にした テーマ別の配架を行い、読書への興味や関心をつなげていったらどうか。

2.翻訳作品の強み 《ユーモア と ファンタジー》

 「ユーモア」とは、「人を傷つけない上品なおかし味」を言う。日常生活で大切にしたいものの一つ。
 「“自分と他者を同じ高さに置き、しかも相手に思いやりをかけて笑うとき”にこそ、真のユーモアが生まれ、そのときこそ 笑いが人間の心を結びつける固いきずなとなりうる」(外山滋比古/著 「ユーモアのレッスン」中公新書 より)
上記のように、真のユーモアは、思いやりの心を育むものである。ユーモアを通して、人の喜びを我が喜び、人の悲しみを我が悲しみとする気持ちが育つ。

 「ファンタジー」には、大きく2つある。

(1)異次元の世界 を描くもの
 異次元である全く別の世界を描くのは、とても難しい。しかし、下記の作品にあるように、異なる世界を描き切ることで、読者は、まったく別の世界に入り込み、登場人物になりきったり、異なる世界を存分に味わい“生き”たりすることができる。
作品例 「ナルニア国物語」(C・S・ルイス/作)
    「指輪物語」(J・R・R・トールキン/作)
       「ゲド戦記」(アーシュラ・K. ル=グウィン/作) など

(2)日常の中にある 超自然的な存在や現象 を描くもの(every day magic)
 日常の中にある 超自然的な存在や現象を描いた作品を通して、私たちは日々の営みの中に、自分なりに思いを馳せ理想を描くことができる。
作品例 「長くつ下のピッピ」(アストリッド・リンドグレーン/作)
    「メアリーポピンズ」(P・L・トラヴァース/作) など

 ファンタジー作品を読むことで、私たちは、別の世界を生きたり自分なりの理想をもったりすることができる。

3.翻訳作品の副産物 《国際感覚について》

 翻訳作品は 外国の作品なのだから、作品に触れること自体が、異なる環境や文化を知ることにつながる。多くの翻訳作品を読むことにより、環境・文化・風土などが異なろうとも、そこに生きる人間は、みな同じであることに気づくことができる。それは、根源的ともいえる人間としての心である。翻訳作品を読むことは、その人間としての心を育むことを助ける。

 講座では、上記の3つを柱に話をしてくださいました。多くの翻訳作品を通して、私たちに新しい世界を見せてくださる小宮先生のお話は、どれもなるほどと思うことばかりでした。
「本の世界観をくずさないように」「本が一番いいものになるように」「翻訳者は黒子」「文庫活動は、フラットな関係。大人も子どもも関係ない、ただ本好き同士のおつきあい」「子どもはおもしろいものについていく。本がおもしろいということを伝えていくことが大切」といった小宮先生のお言葉から、大人だから・子どもだから のような「〇〇だから」といった区別ではなく、人が人として思いやりや大きな心をもって生きていくこと、自分も周りの人も自然であること、そのことがとても大切であることを改めて感じることができました。
有り難うございました。(小学校教員 村田さん)

参加者による発表

『はるがきた』(主婦の友社2022)
ジーン・ジオン:著 マーガレット・ブロイ・グレアム:絵 こみやゆう:訳

『はるがきた』が日本で出版されたのは2011年2月。名作『どろんこハリー』の著者コンビがこの本をアメリカで出したのは1956年ですから、長い年月を経てようやく日本語版が出たことになります。なかなか来ない春を待ちわびる人々。そこに「どうしてはるをまってなきゃいけないの?まってなんていないでさ、ぼくたちでまちをはるにしようよ!」と提案する男の子が現れ、みんなが協力して町に春を呼び込むおはなしは、春先のおはなし会での定番の1冊です。2011年に既刊版が出たすぐあとに東日本大震災があったことでこの本に励まされ勇気をもらった人が多くいた、という話も知っていました。
 この春に新装版が出たと聞き、楽しみに手に取りました。あれあれ?印象が違います。表紙デザインが変わっていました。加えて判型(大きさ)が違うこととシンボルカラーである黄色が色鮮やかになったことで、なんだか新しい本と出合ったような気になりました。調べてみると家庭で収納するには大き過ぎるという読者の声があったことで判型が変わり、その際に思い切って表紙のデザインも変え、訳も再考されたとのこと。
 ところで、私が気になったのは、この絵本が今、新装版にしてまで新たに出てきたこと、でした。既刊版の際、図らずも人々を励ますことになったこの本は、コロナで沈む世の中をもう一度奮い立たせることを狙って、というかそういう話題性を狙って出されたのか?若干出版社の売り上げを狙う思惑も感じられて、そこが今までこの本を好きだった私には小さな違和感、疑問としてあったのでした。
 そこで、こみや先生にこの新装版がコロナ期を狙って出されたものなのか、というかなり失礼な疑問を投げかけてみたわけです。
この作品に関しては長く重版がかかることもなくそのままになっていたので、こみや先生はこの本の出版権をどこか他の出版社に移すことも視野に入れて、以前から主婦の友社とやりとりをなさっていたそうです。当時の担当者がいなくなっており、作品の出版契約期間の問題もあり、時間をかけてようやく新装版が出せたのが今年の春だったとのことでした。
 なーんだ、今回も図らずの出版だったということですね。(いやいや出版社は心の底でちょっと狙いたかったかも、とは思いますが)どちらにせよ、効果はやはりありました。だって、私自身、知っていたはずのおはなしなのに、新たな気持ちで開いた新装版に思った以上に励まされましたから!(子育て支援室スタッフ 石坂さん)


『はるがきた』(主婦の友社2022)
ジーン・ジオン:著 マーガレット・ブロイ・グレアム:絵 こみやゆう:訳

小宮先生と画面越しではありますがお話しできたことは,貴重な時間でした。
先生の翻訳は言葉が(日本語が)美しく,読んでいてすっと物語りが入ってくるところが好きです。子どもの本だからと,ただ簡単な言葉だけを使うのではないというお話しは,学びになりました。植物や鳥を訳す時に気を遣われている点なども,お聞き出来て良かったです。しかし,同じ本を3名が選書していたとは…。共感の多い1冊ということですね。
知らなかった本とも出会えましたので,折を見て読んでみたいと思います。
学びの機会をいただき,ありがとうございました。(出版社 清水さん)


『やぎのグッドウィン』(福音館書店 2019)
ドン・フリーマン:作 こみやゆう:訳

ドン・フリーマンが生前絵本にしたくて最終ラフまで描き上げていたものを、息子のロイ氏が2016年に出版した作品(日本では2019年)。「幸せとは何か」を問いかけます。
講演では、最初に「翻訳は芸術」と言い切られたのが印象的でした。
また「ユーモアとファンタジー」のお話は大変興味深く、概念が大きく変わりました。
文化の違いを子ども達が理解しやすくする工夫について、
「翻訳とは、外国の家を骨組みを変えずに日本人が住めるようにするリフォームのようなもの」
「大切なのは、英語よりも日本語をいかに知っているか?であり、言葉選びのセンスは常に磨いておかなくてはならない」と答えられた時には、「翻訳は黒子」と話されていたご苦労が垣間見える気がしました。そんな中でも少し背伸びの言葉も入れるとのこと。世界を見据えた子どもの未来を常に考えておられるのを実感します。
日本語原作絵本を英語に翻訳する可能性について「ないですね。私は日本語のプロです」と即答されたのも、腑に落ちました。
今まで素敵な翻訳絵本に出会うたび、翻訳家さんに想いを馳せていました。
このような貴重な機会を作って下さり、感謝しております。本当に有難うございました。(中高図書室司書 坂本さん)


『ねむれないおうさま』(瑞雲社2017)
ベンジャミン・エルキン:作  ザ・キャビンカンパニー :絵 こみやゆう:訳

なぜかこの頃、ひと晩中眠れないカール王。お城の大臣たちはきっと周りがうるさいからに違いない…ということで、うるさい音を次々に消していきます。権力者の力はすごいもので、国中のあらゆる音を消して回りますが、それでも眠れない王様。いったい王様は眠れるか…、期待感をくすぐりながら、リズム感良くめくっていける絵本です。
翻訳絵本の場合、絵も原書のものをそのまま使うのが普通ですが、この作品は、新しい絵で刊行されています。原書も絵本だそうですが、1975年に刊行されたもので、翻訳の小宮先生がぜひ日本でも出したいと希望されていたそうです。日本で刊行するにあたっては、絵のみ新進の絵本作家ユニットのザ・キャビンカンパニーにお願いされたとのことでした。
テキストは古い作品ですが、キャビンカンパニーさんの絵が異国感を醸し出し、その賑々しさが新鮮で、物語の古さはまったく感じません。また、王様の正体が最後まで分からないという構成が憎く、正体がわかると、大臣たちが権力を笠に着て一生懸命音を消して回ったことが許され、読後感は爽やかでした。(出版社 波賀さん)


『そんなときどうする?』(岩波書店 2016)
セシル・ジョスリン:文  モーリス・センダック:絵 こみやゆう:訳

なにより冒頭の文と絵が、好きなんです。姿勢と気分を正して読まなくては、と思わせてくれます。ところが、読み始めるとビックリ!奇想天外な世界に笑いの連続です。おっと、心を落ち着かせて読まなくてはダメですよ。気品ある皆さんに向けたお作法の本なのですから。
本書は姉妹作品となっており、『そんなとき なんていう?』は、谷川俊太郎先生が翻訳されています。続編を担当されたこみや先生は、谷川先生の訳をリスペクトしながら翻訳に取り組んだとのことでした。
難しい言葉遣いは、本書の表現の一部。絵が、現実にはありえないシチュエーションを補完しているので、どなたでも楽しめます。続編らしく、ウィットに富んだ笑いがバージョンアップしているので、二つの作品を読み比べてみていただきたいと思います。(財団職員 矢阪)

『せかいいちおいしいスープ』(岩波書店 2010)
マーシャ・ブラウン:文・絵 こみやゆう:訳

作者は、マーシャ・ブラウン。民話をもとにしたお話です。お腹をすかせた兵隊たちは、暴力ではなく知恵を働かせて、食べ物をくれようとしない村の人たちに食べ物を提供させ、スープを作ることに成功します。と言っても、自分たちだけではなく「さあ、みなさんにもたべていただきましょう!」と村の人たちと一緒にテーブルを囲むのです。最後には、兵隊たちは、ごちそうを食べることに成功したばかりか、村人から感謝すらされるようになります。考えようによっては、食べ物をあげようとしない村人や、村人を躊躇せずだまそうとしている兵隊たち…と心が重くなるような内容かもしれません。しかし、兵隊たちは、村の人たちに、自分の持っているものを出し合って一緒に作り上げることと楽しい時間を共に過ごすことの素晴らしさを教えてくれた…とも捉えることができます。こみやさんの訳は、人が人を愛するということの温かさを、言葉に乗せて、私たちにとどけてくれます。ですから、安心して読み進めていくことができます。「翻訳者は黒子」とおっしゃるこみやさんですが、こみやさんならではの訳を味わわせていただくことのできる作品だと思います。(小学校教諭 村田さん)

『はるがきた』(主婦の友社2022)
ジーン・ジオン:著 マーガレット・ブロイ・グレアム:絵 こみやゆう:訳

私は、小宮由さんの『はるがきた』(ジーン・ジオン:文マーガレット・ブロイ・グレアム:絵・こみやゆう訳)という絵本を選んで参加しました。

選書の理由:この絵本の色彩が大好きです。私の住む北海道の遅い遅い春と『はるがきた』という絵本の主人公が春を待ち焦がれる思いが重なり毎年春になるとこの絵本をお話会や大人の絵本会で読んで参加者の皆さんと楽しんでいます。男の子が「春が来るのをなぜ?待たなくちゃいけないの?」と、大人の常識に一石を投じ、自らの手で街を春満開に変えていくシーンに、芽吹きの希望と子ども達がもつエネルギーを感じられるこの絵本が好きです。と小宮さんにお伝えしました。

<小宮由さんへ2つの質問>
① 質問1:最初の小宮由さんのお話の中でユーモアについて語られたので、もう少し小宮さんが捉えているユーモアについてお聞きしました。
回答:小宮さんは、子ども達は現実の世界とファンタジーの世界を実にいとも簡単に行き来する。大人はなぜ?そうではないのかずっと考えてきた。そしてある結論に!!
大人がファンタジーの世界に入るために必要なことは、ユーモア(ラテン語で体液と言う意味だそうです)を持つこと。ユーモアは人を傷つけないほのぼのとした可笑しみがあって、自分と他者を同じ高さに置き、しかも相手に思いやりをかけて笑う。ユーモアは持って生まれた素質もあるかもしれないが、ユーモアのある本をたくさん読めば変わっていける!後進的でも育てられる素質だと思っている。ユーモアがあると自然に子どもと仲良くなれる。自分の子どもを保育園に迎えに行くと見知らぬ子どもがやってきて後ろからお尻を蹴られたりしたが、それはこの人ならやってもいいんだと!感じるのだと思う。きっと同じ匂いがするのだろう(笑)。子どもと同じ目線でいられることがファンタジーの世界を楽しめる入り口なのかもしれない。「大人にこそ!ユーモア」と思っている。

② 質問2:現在の家庭文庫の現状や今後において危惧していることはありませんか?
回答:まず家庭文庫は石井桃子さんの時代にはいつか無くなるものと捉えていた時期もあったが、松岡享子さんの晩年に「文庫は無くしてはいけない」と言われ、学校や家庭、塾とは違う子ども達の居場所と捉えている。図書館ともちがう場所。家庭文庫の存在はこれからの時代益々大事に思っている。危惧していることは、文庫主催の方々の高齢化が進み、後継者が居なくて文庫が消えていく傾向にあること。子ども達がなかなか文庫に足が向かないと嘆く文庫主催者もいるが、子どもは面白いと思う物にはどん欲にのめり込んでくるので、もっと絵本や本の面白さを伝えていく工夫が足りないのではないかと考えている。

感想:今回初めて、小宮由さんに直接お話をお聞きする機会を頂きましてありがとうございました。小宮由さんの翻訳のお仕事に対する謙虚で実直な姿勢を短い時間ではありましたが感じることができました。私たちの質問に対してもとても丁寧に一つ一つ言葉を選んでお話してくださいました。「今どきの子ども達は!という人ほど一人一人のお子さんを見ていない。私はそういう雑な見方や扱いをすることは嫌いです。」ときっぱりとおっしゃった言葉が印象に残りました。文庫をこよなく愛する小宮由さんの翻訳本をこれからも手に取り、また一人でも多くの人たちに手渡していきたいと思います。(カルチャースクール講師 森さん)


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