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映像の個展「紙の人びと」と表現する人
表現することに向き合っている人たちと、見て、語りたい作品がある。
愛媛県内子町在住の映像作家・Ko-ki Karasudaniさんが、大洲和紙のつくり手に密着して制作したドキュメンタリー映像作品「紙の人びと」。天神産紙工場(愛媛県内子町)の屋根裏のgalleryで上映中だ。この作品のパンフレットも制作されていて、全ページ大洲和紙というこだわりよう。パンフレットは主に内子町のクリエイターたちと制作しているのだが、縁あって、私もその一部に関わっている。
映像による表現
愛媛の伝統工芸品・大洲和紙。大正初期に創業した天神産紙工場(内子町・五十崎地区)では、伝統的な紙漉きの技術が今も受け継がれていて、書道半紙や障子紙を主につくっている。五十崎社中では、その和紙を金属箔で装飾するギルディング和紙を制作していて、現代の空間を彩る和紙の提案がなされている。
職人が作業する工場の向かいには、古い木造の建物が佇んでいる。天神産紙工場のショップで、店内には、葉書や便箋、半紙など、様々な用途の和紙が並ぶ。大きさや色、質感もさまざまで、その使い方はアイデア次第。店内の急な箱階段を上った先が、屋根裏のgalleryだ。
5人入れば満席状態のこぢんまりとした空間に、和紙をつなぎ合わせた大きなスクリーンが貼られていて、そこに映像が映し出されていた。まるで、屋根裏の秘密基地で映画を見ているような、そんな気分に浸れる展示だ。
「紙の人びと」は、Karasudaniさんが初の個展のために自主制作したドキュメンタリー映像作品。天神産紙工場と五十崎社中の制作現場や職人、携わる人に密着して制作している。
「紙の人びと avant-title」(Ko-ki Karasudani)
本編は15分の作品。
告知のフライヤーには、「映像という媒体を通して、何を表現するのか。」という大きな問いが投げかけられているのだが、その答えは、作品の中にある。実際に観た人は、何を感じただろうか。
フライヤー(裏面)。会期は延長されて、9/5までとなっている。
大洲和紙による表現
訪れた人にとって、今回の個展が、大洲和紙に触れて使うきっかけになると嬉しいと、さまざまな取材で答えているKarasudaniさん。その魅力を伝えるために、自ら全ページ大洲和紙のパンフレットを制作し、個展の会場で販売している。
手にした時に、軽い! という印象を持った。表紙は粕入り和紙、見返しは粕入り雲龍紙、本文は未晒しの障子紙。ページをめくると、3種の手触りが楽しめる。
印刷・製本は、廃校を活用したみそぎの里(内子町)に7月に印刷室をオープンしたゆるやか文庫の青山優歩さんが手がけている。和紙にインクジェットプリンターで印刷したカラー写真やモノクロ写真の質感、文字の鮮明さなど、印刷見本としても参考になる。
顔料インクで印刷しているからだろうか。裏写りしているところもあるのだが、真俯瞰で見ると重なって見える裏の印刷が、斜めから見ると目立たなくなり、角度によって違う見え方がする。敢えてこれを表現に活かせるのではないだろうかと思えてくる。
写真上/真俯瞰。 写真下/斜めから。
風合いのある粕入り雲龍紙は、作品の中で一部アニメ化されていたシーンとも重なる。
製本もゆるやか文庫で手がけられている。和綴じで綴じられている、1冊1冊、手づくりの冊子。その糸もこだわっていて、Karasudaniさんと同じ小田の地域に暮らす、おりつむぐのMai Oyamadaさんが地域の栗を使って染めたもの。やさしい色の糸が、この冊子に携わった人々の想いを一冊に綴じている。
私は、写真家の水本誠時さんとともに、Karasudaniさんのインタビューページを担当。実は、今回の映像の個展は、水本さんが同じ場所で開催した写真展がきっかけとなっている。小田のどい書店で、共同生活をしている仲間だが、最初の種を蒔いた人とも言えるのかもしれない。
そんな水本さんが撮影したインタビュー風景の写真は、やさしい眼差しや言葉を紡ぐ瞬間など、さまざまな表情を捉えていたのだが、その中に2点、モノクロの写真があった。その写真がクラシック映画が好きというKarasudaniさんの世界観と相性が良いような気がして、結局、使用写真は全てモノクロに加工していただくことに(水本さん、ありがとう!)。
構成上、泣く泣く諦めた写真もあるので、いつか日の目を見ることを願うばかりだ。ぜひ、和紙にプリントされている写真と見比べてほしい。
写真:水本誠時
インタビューの中では、和紙をつくる現場に立ち、取材を進める中で、何を見て、どう感じて、それを映像や音でどのように表現したのかを語っている。さらに、今までの自分を変えようとする自身の心境の変化やチャレンジについても。そう、パンフレットを通して、生き様を表現しているかのようにも感じた。何も知らなくても映像作品は十分楽しめるのだが、この1冊を読むと、さらに味わい深く感じられる仕掛けとなっている。
ゆるやか文庫での打ち合わせ風景。試作版からサイズやレイアウトを変更して現在に至る。
また、自身で執筆している随想録の中でも、制作過程の心情を赤裸々に描いている。誰かと比べて落ち込んだり、壁にぶつかったり。でも、ものづくりや何らかの表現に携わる人ならば、誰もが大なり小なり経験しているのではないだろうか。やめれば楽になるのかもしれない。でも、やっぱりつくらずにはいられない、そんな表現する人たち。みんなはどうなんだろうと、ものをつくる人たちと語り合ってみたいと思った。
インタビューでは、影響を受けた映画監督についても話題が及んでいる。中でも小津安二郎監督の映画は、自身の映像の美学に反映されていると語っているKarasudaniさん。
小津監督の語り継がれる言葉の中に、「永遠に通じるものこそ常に新しい」というものがある。この言葉を目にして、和紙の世界もそうなのではないか、永遠に通じるというのは何となく分かるけれど、新しいってなんだろう。そんな疑問を持って私は作品を見た。映像の中で、五十崎社中の齋藤宏之さんが、かつて日本人が襖を装飾していた文化に触れて、古いものが新しいと語っていたシーンを見て、腑に落ちた。小津映画に影響を受けた表現は、構図だけでなく視点にも表れているように感じた。
今後、制作したいものについても聞いてみた。食べものや音楽で、遠い記憶が呼び覚まされるような体験が誰しもあるのではないかと思うのだが、そんな感覚をいつか映像化してみたいそうだ。
もし、記憶に形があるならば、深い海に漂うようなものなのかもしれない。紙を漉く職人と映像作家。まったく異なる業種なのだが、水の中からふわふわもやもやとしたものを掬い上げ、形にする姿は、私にはどこか重なって見えて、今回の個展のために和紙を題材にしたのは偶然ではなく、必然だったのではないか、と思えてならない。
「何でもないものも二度と現れない故にこの世のものは限りなく尊い」これも小津監督の言葉なのだが、Karasudaniさんのインタビューをまとめている中で目に止まった。多くの人は何でもないと通り過ぎてしまうもの、あまり気にとめないものに心惹かれ、それをこれからも独自の感覚で表現していこうとしているところが通じているような気がして。
そんな表現から何か感じた人たちと新たな表現が生まれたり、インスピレーションを得た人たちから何か生まれたり、じわじわと染みわたるように新しい表現が広がっていくのを願ってやまない。
日はまた昇り、天神産紙工場では、紙をつくる日常が続く。
屋根裏の片隅で、今日もまた映像がエンドレスで流れている。9月5日まで。
Ko-ki Karasudani
「映像の個展」-紙の人びと-
日程:2021年7月3日(土) 〜9月5日(日)
時間:9:00~17:00
入場料:無料
場所:天神産紙工場 2階 屋根裏のGallery(愛媛県喜多郡内子町平岡甲1240-1)
※天神産紙工場の営業日に準ずる。