みんなでため池を守ることに限界がみられる理由②
今回は,みんなでため池を守ることに限界がみられる理由の第2弾。
第1弾では,管理作業の責任の重さや難しさといった管理作業の特性,所有や権利に関する問題といった側面から理由を紹介した。
今回は,みんなでため池を守っていく活動の推進母体である「ため池協議会」に注目して,紹介していく(ため池協議会の概要については,上の記事を参照)。
1. そもそもなんで地元はため池協議会を作ろうとした?
ため池協議会は,「みんなでため池を守っていく」ために,行政主導のもと,設立が促されてきた。つまり,行政の目的や手段を整理しておくと以下のようになる。
目的:ため池をみんなで守る(利活用する)(協議会の設立を促す)
手段:補助する(ヒト・モノ・カネ・情報の提供)
では,地元も同様に「みんなでため池を守っていく」ために協議会を作ろうとしたのか?
結論からいうと,必ずしもそうではないといえる。
ため池協議会を作った理由や背景は,時代・地域ごとで異なり,様々なケースがある(それについては後日up予定)。ここでは,概要を紹介していけたらと思う。
地元の視点にたった場合,先述の目的と手段は,地域ごとで違った捉えられ方をすることがある。大きくは,以下の2パターンがある。
パターン①
目的:みんなで守る(利活用する)
手段:補助を受ける(ヒト・モノ・カネ・情報),協議会を設立する
パターン②
目的:補助を受ける(ヒト・モノ・カネ・情報),
手段:みんなで守る(利活用する),協議会を設立する
パターン①の事例
行政と目的・手段が一致している優良事例である(行政の立場からすると)。例えば,加古川市にあるA池は,以下のように協議会を設立し,利活用をすすめてきた。
A池の堤体は老朽化により,漏水が確認されていた。また,農業離れ・高齢化の進行に伴い,農家だけで管理することがしんどくなっていた。
一方,A池周辺の宅地開発が進み,非農家がため池近隣に住むようになった。近隣の非農家にとってA池は憩いの場として活用されていた。また,A池の貴重な自然環境に関するフォーラムやイベントも開催されるといった形で活用されていた。
そこで,様々な立場の人が集い,A池の今後を考えていくための場が作られた(2002年)。そして,ため池の利活用計画を作り,その計画を実現していくための組織として,A池協議会が設立された(2003.9)。
その後,周遊道路や東屋,看板,転落防止柵などの施設を整備するといった利活用計画の詳細がまとめられ(〜2007),堤体の改修や利活用施設の工事が完了した(2010)。
利活用計画づくりでは,それらの施設の管理は,非農家も含めた協議会がおこない,従来通り水の管理などは,農家で構成される水利組織(ため池の管理組織)がおこなう,という細やかな役割が設定されている。A池は今日においても,コミュニティ(ため池協議会)が運営する公園として機能している。
パターン②の事例
目的が利活用ではない,not 優良事例である(行政の立場からすると)。例えば,以下のようなやりとりをしたことがある。
私:なんで協議会つくったんですか?
B池ため池管理者:改修するにはお金が必要。だから協議会作った。
作っておけば,行政から色々優遇されるから。
パターン①では,みんなで守る(利活用する)機運が高まってきたなかで,利活用計画の作成・実現を果たすために協議会を設立したという事例である。が,B池協議会の場合,利活用していくための機運がないなかで,形式的な形でため池協議会が設立されていた。
「お金もらえるから,形だけでも作っとこか」,「めんどくさいけど行政のいう通りしてたら,何かといいことある」といったニュアンスである。このように「補助金をもらうこと」が目的化するケース,行政に対して便宜を図るというケースもみられる(これは,ため池協議会だけに限った話ではないが)
B池協議会では,協議会としての活動,つまりため池を利活用していく取り組みは長らくおこなわれていない。
以上,大まかにしか紹介できていないが,地元にとって協議会を設立する目的は,地域ごとに異なっており,「みんなでため池を守る」ことが,必ずしも協議会の目的となっていないケースもあるということが言える。
2. ため池協議会の活動に関する管理者の意識
ある会合に出席させてもらった時の話。
私は,ため池協議会の活動を「ため池の管理作業」と表現したことがある。その際,「それは管理作業とは言わんぞ〜!」と,管理者の方から言われたことがある。
様々な管理者にヒアリングをさせて頂くと,ため池協議会としての活動は,あくまで「イベント」であって,「管理」ではないという認識があることに気づかされた。
「みんなでため池を守る」といっても,管理作業(水やお金,施設の管理など)とクリーンキャンペーンやかいぼりなどといったイベントの企画・実施には,大きな隔たりがあるということがいえる。
つまり,管理者は「みんなでため池を守る」ためにイベントを企画・実施しつつも,管理作業(水やお金,施設の管理など)をみんなでおこなっていくことは想定していない傾向がみられる。
そういった傾向がみられる背景には,第1弾で述べたような,管理作業の責任の重さや難しさといった管理作業の特性,所有や権利に関する問題が考えられる。
3. イベント化(サービス化)とイベント疲れ
イベントと一言でいっても様々あるが,以下のような図式のもとおこなわれるイベントでは,イベントの企画側,つまりため池に関連したサービスを提供する側の負担が大きくなっている。
サービスの提供者=水利組織
サービスの受給者=市民
地元の水利組織は,ため池を管理するにあたって様々な作業をおこなっている。そういったなかで,協議会としてイベントを実施することが,地域の負担になっているのである。
堤体の草刈りの回数を増やしたいができていない,,堤体に木が生えており伐採したいがなかなか手がつけられない,,といったように,管理に関連する活動がままならないなかで,新たなにイベントを企画・実施することが負担となっている傾向がみられる。
実際,イベント実施が困難になり,ため池協議会を解散する地域もみられだしている。
こういった現象は「交流疲れ」といわれ,「都市農村交流」の文脈では20年ほど前から指摘されている。
まとめ
以上,みんなでため池を守っていくことの限界がみられる理由を,その推進母体である「ため池協議会」に注目して,述べてきた。
簡潔に述べると,,
① 協議会を設立する目的は,地域ごとに異なっており,「みんなでため池を守る」ことが,必ずしも協議会の目的となっていないケースもある
② ため池管理者は「みんなでため池を守る」ためにイベントを企画・実施しつつも,管理作業(水やお金,施設の管理など)をみんなでおこなっていくことは想定していない傾向がある。その理由として,管理作業の責任の重さや難しさといった管理作業の特性,所有や権利に関する問題がある。
③ イベントの企画・実施が負担になっている。
文責:柴崎浩平