えっ、私がバーで働くんですか!?客来た編
同居人から突然、「1日だけバーで働かないか?」と言われたぷー太郎の話の続きです。冒頭はこちらから。
注文を取らなければならないという事実に戦々恐々としていた。よく考えててみてほしい。アルコールに弱いがために、あまり酒に詳しくもない人間が的確に酒の注文を取ることができるのだろうか。できるわけがない。あゝこんなことなら、もう少し酒について知識があったらよかったのに。
「ないものはない」というのはもはや今日のテーマである。もしかしたら人生を貫く大きなテーマなのかもしれない。才能とは身長のようなものだ。それでやっていくしかない。
同居人から注文の仕方を教わる。付箋にテーブルの番号と飲み物の名前、個数を書いてマスターに渡せばミッションコンプリートだ。そう聞くとなんだいたいいけそうな気がする。しかし私は、初対面の人間との会話を何よりも苦手にしている。初対面の人間と会話しなければならない状況では大抵、
「ぁあ….(*゚∀゚)*。_。)ウンウン」
となってしまって、話すことができない。知っている人に対しては口から生まれてきたと思われるほど色々喋ってしまう、どうしようもない内弁慶の俗物である。バランスが取れれば人生もう少し楽だったように思う。
どうしよう、どうしようと思った結果考えたのはNPCに徹するということだった。あたかもゲームに登場する制限された会話しかできないロボットのように振る舞い、人間性を殺すことによってなんとか、注文を取るという今世紀最大のミッション・インポッシブルを達成しようと画策した。
店内にはジャズが鳴り響いている。ブラウン管テレビからの心地よいホワイトノイズも聞こえる。ゆったりとしたリズムと柔らかな照明、真っ赤な椅子に、風格のあるバーカウンター。その端に座り、マールボロ・ゴールド・ボックス(いや、ウィンストン・キャスター・ホワイトだったような気もする)を燻らせているマスター。そして開店の時間になった。
だからと言ってすぐに客が来るわけではない。バーには夜が深まれば深くなるほど客が来る。そりゃそうだ。大抵は二軒目やら三軒目やらで使われるのがバーなのだ。相変わらず壁やら床を磨いた。
しばらくすると、急激に腹が痛くなった。ワイシャツにベスト、腰巻きのエプロンは、よく考えると暖かい格好ではない。しかも店の雰囲気や初めてのことの連続で緊張していたため、腹くらい痛くなるのが人情ってもんだろう。太田胃酸を持ってこなかったことを後悔したが、腹に手を当ててしばらく温めたら治った。一安心。
しばらくすると、ついにバーの扉が開いた。事前に同居人から
「いらっしゃいませ、は低いトーンで言いなさい。ガソリンスタンドじゃないので」
と仰せつかっていたので、
「いらっしゃいませ」
と自分でもどこから出しているかわからないような声で言った。
「16人で予約してしました。」
「奥の部屋にどうぞ」
と案内したのは同居人だった。いよいよ始まる。いよいよ…ハジマルッ
急いでそうじ用具を片付けて、まず席についた人数を確認した。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに・・・じゅうなな。あれ、17人いるな。」
数えてみたら17人いた。念の為同居人と一緒に再度数える。またしても17。なんとなく気分で中国語でも数えてみる。
「イー、アー、サンー、スー、ウゥ、リオウ、チー、パー、ジオウ、シュー、シューイー、シューアー…シューチー。うんやっぱり17人いるな」
最初にウェルカムドリンクとして、泡の出るワインのようなものを出す予定だった。もともと用意していたグラスは16個だったので、すぐにひとつ追加し、マスターがそこに注いでいく。私の一番初めの役目はそれをお客様に供すことであった。同居人と二人で運ぶのだが、私はお盆を使って一度にたくさん運ぼうとすると、落として大惨事が起こる未来が見えすぎていたため、一度に二つしか運ばなかった。
淡々と運んでゆく。お客さんは大学を出たてくらいに見えるグループだった。年代もほとんど同じに見えるなぁ、などと考えながら無心で運んだ。半分くらい運び終わった時から、グループの人たちがヒソヒソと何か言い始めた。
「え、これ誰か頼んだの?めっちゃ高いやつ誰か頼んだんじゃない?ハハハ」
という会話が聞こえてきた。そこではたと思ったのだが、通常なら
「ウェルカムドリンクです」
と言いながら、もしくは
「ウェルカムドリンクのスパークリングワインです」
的なことを言いながら運ぶべきだったのではなかろうか。細身のワイングラスがなんの説明もなく淡々と運ばれてくる光景はお客さんに一体どう映ったのだろうか。しかし、その会話が聞こえてきた時点で、
「実はこれ、ウェルカムドリンクなんですよ〜」
と言えるような愛想は持ち合わせていない。もう内心あわあわだし、今は運んでいるグラスを倒さないことで精一杯なのだ。もうしょうがないと腹を括って、最後まで
「失礼します」
以外一言も発さず、同居人と共にグラスを運び切った。全く気にかけてはいなかったのだが、同居人は一体なんと言いながら運んだのだろうか。最初に確認しておけばよかった。