えっ、私がバーで働くんですか!?客来た編②
同居人から突然、「1日だけバーで働かないか?」と言われたぷー太郎の話の続きです。普段働かなすぎて、全てが新鮮に映った結果、たった1日働いた話でもうすでに6000文字程度書いている自分に驚いています。冒頭はこちらから。
ウェルカムドリンクを運び終え、バーカウンターの中へと戻った。とは言っても洗い物などはまだない。すると、ひと組のお客さんが来た。中年のカップルだか夫婦で、非常にご機嫌だった。ひょっとしたら何かの記念日だったのかもしれない。女性の風貌は小学校一年生の時の担任を思い出させた。劇的ぼフォーアフターのナレーションのモノマネをたまにしていたことをよく覚えている。
「なんということでしょう〜匠が玄関に魔法をかけたのです!」
というモノマネをしていた(なぜかフレーズが一言一句記憶に残っている)のだが、当然小学校一年生の私は理解できず、
「?」
という顔をしていた。彼女はメニューを開いて、暫く検分していた。
私はその間、話かけられないようにバーカウンターのなかで台拭きをいじっていた。使うでもなく、洗うでもなく、ただただ作業をしている雰囲気を醸し出すためだけに、台拭きをあくまでバーの雰囲気に合うように毅然とした態度でいじっていた。
すると同居人に呼ばれた。どうやら16人の団体客の注文を取るようだ。同居人はテーブル二つ分、そして私はひとつ分の注文を取ることになった。そこから先の記憶はない。
手元に残った付箋にはこう書かれていた。
テーブル①
ジントニック 1
赤ワイン 1
白ワイン 1
スプリッツァー 2
キティ 1
よかった、どうやらミッションはコンプリートされたようだ。
これをマスターに渡して、私はバーカウンターの奥に引っ込んだ。マスターは、
「注文いくつ入った?」
と同居人に尋ねた。
「一応全員分入ったと思います」
「じゃあウェルカム出した意味ねぇじゃねぇか!」
ウェルカムドリンクは店側の善意からくるサービスという側面も、もちろんあるのだが、団体客が来た時に注文をばらけさせるという働きもあるようだ。マスターはそれを狙ってウェルカムドリンクを出したが、若い団体客は思惑通りには動かず、全員が注文した。そこから、火がついたようにバーカウンター内は忙しくなる。
しかし、バーで働いている身として、ガチャガチャ動くわけにはいかない。人間の世話しない動作は、バーという場所にはそぐわないからだ。マスターも同居人も驚くほど滑らかな動作と落ち着いた所作で注文を捌いていく。私はそれをみて感心した。同居人から注文の品を手渡され、私がテーブルまで運ぶ。
その間、飲み物の名前を忘れないように、何度も復唱する。「平林」に出てくる定吉よろしく、何度も何度も繰り返す。大体全員に2杯目が行き渡ったタイミングで、グラスを下げ始める。すると、グラスを洗って拭く必要が出てくる。これ以上接客をしたくなかったので、黙々とグラスを洗っていく。
無心でグラスを洗う。そして拭く。洗う。拭く。洗う、洗う、拭く。すると、
「ワイングラス優先的に洗ってもらっていい?」
同居人から声をかけられる。そうか、グラスが足りなくなることがあるから注文の状況を見ながらどれを洗ってどれを洗わないかを決めなければならないのか。なるほど。これは難しい。バースプーンも、全部で八本しかなく、混ぜる系の飲み物が注文されたら必ず一度洗わなければならないので、塩梅を見ながら洗っていく。
その中に一際大きいワイングラスがあった。それはあまりにも大きいからワイングラスかどうかも怪しい。形状も少し異なっており、相当薄い。それが洗い場に運ばれてきた時に、私にはあたかもRPGで唐突にラスボスとエンカウントしてしまった時のような気分になった。まだお前と戦う準備はできていない。私は見て見ぬふりをして、他のグラスを洗った。
しかし、いつまでも放置しておくこともできない。皿とグラスを一通り洗い終えたのちに、ラスボス戦が開始された。私には、今日バイトに来るにあたって立てた目標が一つだけあった。それは、足を引っ張らないということだ。つまり、グラスを割ったり、粗相をしでかしで店に損害を与えてしまったら本当に申し訳ないし、ただでさえ忙しい店をさらに忙しくしてしまう。それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。私は気持ちを入れた。おそらくここを超えれば、今日は大丈夫だろう。
事前にYoutubeで割れやすいグラスの洗い方を学習しておいて正解だった。まず側面は普通に洗うことができる。縁の部分の洗うことができる。問題は中だ。その動画では、スポンジを使って泡を作り、それをグラスの中に入れあとは水圧で洗っていた。変な冷や汗をかく。大丈夫か。グラスは割れないか。変なところにぶつけないように細心の注意を払う。すると、その時、か〜んという小さな音が響いた。グラスがシンクにあたったのだ。やばい、やばい、やばい。
そう思ってグラスを確認したが、なんともなってなかった。よかった。首の皮一枚繋がった。生きていた。私はまだ生きていたのだ。泡を濯ぎ、それからグラスを拭いた。その時も緊張の糸を緩めることはなかった。
ついにそのグラスとの格闘を終えた。達成感に包まれていた。気がつくと洗わなければいけないグラスがまた増えていた。黙って仕事に戻る。しばらくすると、マスターが後ろで何やら私の姿を見ていた。「木村くんよく働いているね」と褒められるのかと思ったら、
「グラスを洗うときに、一度シンクにおいたら効率が悪いから手に取ったら直接洗ったほうがいい」
と言って、素早くグラスを洗う方法を教えてくれた。マスターは本当に教えるのが上手い。要点を的確に伝えるし、不必要な注意はしない。また行動の背景も合わせて教えてくれるので、私は、素直に心から「はい」ということができた。
運ばれてくるグラスの量は徐々に減り、団体客は会計を払い、まばらに出ていった。嵐のような時間が終わった。営業時間、残り3時間。
つづく、、、かも?