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ハバナのひとよ⑤

『時計台の下で逢って わたしの恋は はじまりました…🎶』

自らを石原裕次郎と思い込んでいる27歳精神異常者ゆえ、
22歳医療関係女性との集合先を「時計台の下」と指定してしまったことを今、懺悔する。

こう考えてしまうのも、仕方ないのだ。
なぜか私に優しくするの…なこの街が悪いといえよう。

さて、前回からの続きに話を戻そう。

""湯治""を終えた私は仕事で負った傷も癒え、
軽快な足取りで色男との集合先へ向かっていた。

初日と同じ喫茶店。100名店のうち一つだ。
店に入ると、ソファー有りのテーブル席に彼の姿があった。
男は幾分か元気のないように映ったが、
それでもなお、煙草で灰皿を埋めるのを欠かさなかった。

男は疲れきっていた。

『どもッス…………』

私は先ず、先刻の体験を彼に報告した。
サービスの数々から、名刺を貰ったこと、
そして、間違いなく100名店であったことなど。
会社勤めをしている時分でも、こんなにきちんと報告しないだろう、と自分で呆れた。

男は、私の体験をひとしきり聞くと、
昨晩から未明にかけ、男の身に起こった災難の数々を話してくれた。

話の所々で聞こえる彼の
『ですわァ………』が疲労困憊具合を物語っていたし、
紳士たるもの""対戦""にはコンディションを整える義務があることは、言葉交わさずとも彼は理解していた。
私は""静岡からきてくれたお兄さん""になれたが、
彼は""ハバナからきてくれたお兄さん""になれていないままではフェアでない。
私は、彼へ小休憩を勧め、喫茶店をあとにした。

次は時計台でのアポイントメントがある。
彼には申し訳ないが、私も忙しいのだ。

100名店から時計台までは歩いて15分と掛からなかった。

日本三大がっかり名所の一つにも数えられる時計台


「時計台の下で」と敢えて抽象的な表現を使ったのは、私が裕次郎にかぶれていたわけではなく、
二人で合流するまでの余白部分を仕込みたかったからだ。

案の定、私がセイコーマートの下で待っていると、反対側から私めがけて小走りに走ってくる彼女の姿が見えた。
この瞬間が最高だ。

22歳医療関係女性の説明をすると、
一言で言ってしまえば、私の大学時代の後輩だ。
学年は3つ下にあたるが、彼女は院進していた為、ようやく今年就職といったタイミングである。

彼女は、持ち前の美貌もさることながら、
ノリの良さとギャグセンの高さ、そして何より同郷静岡の隣街出身というところで一目置いていた。
私は19年卒だが、彼女のことをニチャニチャと気にかけており、一昨年の学部卒の時には飯で誘い出していた。(きんも…)

『先輩、わざわざ北海道までありがとうございます』
「やーやー、そんなええって。こっちにゃ後輩の就職祝う義務があるからなァ……。」

挨拶もそこそこに、
ランチ場所に指定したプースーカレーの店へと二人で歩みを進める。

結論から申し上げると、
プースーカレーの味なぞどうでもよく、彼女自身にしか興味はなかった。
迷っているそぶりを見せつつも適当に注文しておいた。

しばらくして、
あまりにも顔面レベルが不釣り合いな我々を怪訝そうに見比べながら、
ウエイトレスがスープカレーを運んできた。

凍てつく札幌の地とはまるで対比のように、
マグマだまりのようにふつふつと音を立てるスープカレーは、
そんな私の不純な心に対して怒りを露にしているかのようだった。

スープカレーをゆっくりと口に運びながら、
彼女へ北海道での暮らしのことをヒアリングしていく。
我々の間で空白だった2年間を少しずつ埋めていくかのように。

彼女は、2年前私が偉そうにアドバイスした院進に関しての進路相談のことを覚えていてくれた。 

『あの時アドバイスを貰えて、背中を押された気がしました。』 

本音がどうであれ、そう言われると悪い気はしない。
彼女はその選択があって、北海道で実りある学びができたこと、
また、就職も縁があり札幌市内になったことを事細かに教えてくれた。
縁故のなにもない北海道の地で大阪から単身越してきた彼女は、2年間で見違えるくらいに立派になったし、見惚れるほど美しくなっていた。

「そうか…………ウンウン、よかったなァ…………」

嬉しい報告に、
私は親目線になりつつ腕組みをして唸ることしかできなかった。

『選ぶべくして選んだ北海道の生活ですが、それでも暮らしは大変ですけどね…💦』
とはにかむ彼女に、私は
「●●●●●社の""ハバナからきてくれたお兄さん""と仲良くしておけば""仕事がやりやすくなる""よ。」

とだけ教えておいた。 

スープカレーを食べおえ、
スプーンと皿底が擦れるコツコツという音だけが鳴り響くようになる頃、
「ほな…………喫茶店でもいこか……………」と場所のチェンジを提案した。

残念ながら100名店ではないが彼女自身はミス●●●だ。

喫茶店はスープカレーの店から徒歩5分ほど。
喫煙不可で、女の若いウエイトレスがいる。
普段の私ならば天地がひっくり返っても選ばないであろう店だったが、
彼女を連れていることを忘れてはいなかった。

我々は食後ということもあり
「ロイヤルミルクティー」と「ハーブティー」をそれぞれ頼んだ。

私は舌先を火傷し涙目になっている顔を隠しながらら
「これ、就職祝いね。貰ってくれない?」
と、今まで食べた中で一番美味しかったフィナンシェのギフトを渡した。
『ええー、さっきも奢ってもらったしプレゼントまで………涙』 

彼女は遠慮がちに受け取った。
こういう数少ないタイミングこそ、男に格好つけさせてくれ。
心の中の顔はしっかり裕次郎になっていた。

そこからは、彼女の彼氏さんの話を聞いたり、
彼氏が勤めるデカマラ企業の役職もち達に酒の席に誘われただのエロすぎる話になった。

そんな話をしていると、時折、
「それは彼氏さんが悪いと思うわ。」だったり
「で、このあとどうする?」とでも言いたげな、私の中の悪魔が囁いた。 
 
確かに彼女は
『今日は1日空けてます!!』と高らかにLINEで宣言してきた。
取り方によっては「🆗」とも取れるし、キサス、キサス…もやぶさかではない。
が、そんな時、大学時代の思い出が脳裏を過る。

私は大学でサークル長をしていたころ、
「楽園計画(ハーレムプロジェクト)」を謡っていた。
当時女人禁制をしているとさえ疑われた弊サークルに、女性課員を大勢動員しようと試みたのである。
当然、他の課員たちには白い目でみられていたのは言うまでもない。

そんな中、忘れもしない彼女の存在。
彼女の加入により活気の戻ったサークルは文字通り楽園と化していた。
野郎ばかりのサークルに、
20歳の女子大生の貴重すぎる時間を少しでも割いてくれたというその事実。

一生感謝してもしきれないものだった。

彼女への恩義を思い出した私は、
冷静さを取り戻し「これで美味いもの食べてくれ。彼氏さんと仲良くやれよ。ほなまた。」と
早口に告げ、多少のこづかいを渡し、逃げるようにその場を去った。  

時計台の下で逢っても、私の恋は始まらなかった。
それ以上でも、それ以下でもない。

こんな私だが、もし貴女にまた会えるとしたら。
その日まで、私は貴女のストーリーにいいねをし続けます…。

女子のストーリーって24時間で消えちゃう。
ホタルみたいで、儚いね_____。

2024年4月6日(土) 睡眠障害


歩く度にピコンピコンと通知がくるLINEには
彼女からの追いメッセージが溜まっていたが、
敢えて目を反らし、次の本業(古着屋訪問)に向け、札幌市内を南下した。

GUCCIのショートブーツのカツカツとしたヒール音だけが、砂まみれの路地裏に響き渡っていた。

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