これからに観光に求められる、担い手づくりと地域ブランドづくり
『実践から学ぶ地方創生と地域金融』は2020年9月に出版しましたが、登場する事例の多くは新型コロナが流行する以前に取材や確認を行ったものがほとんどです。もちろん、どの事例や地域も新型コロナウイルスの影響は大きく受けていますが、とりわけ大きな影響を受けたのは観光分野かもしれません。
本書で書かれた内容が一部変わっている部分も大いにあるかもしれません。そもそもで、書籍というものそのものが、その時代や当時の様子や有り様を、ある種の瞬間冷凍のようなものでがちっと固めるような雰囲気があります。
とはいえ、ここで行っている事業スキームなどはコロナ後の社会であっても大いに参考になれるものはあると思います。
長野の温泉地である山ノ内町と、観光促進基盤としても期待されているDMOのなかでも、瀬戸内一帯を活動とするせとうちDMOについて触れながら、地域としての生存戦略や新たなブランド創出のための仕組みづくりとなるはずです。
ひとづくりを軸にした観光まちづくり基盤
舞台となる山ノ内町は、長野駅から連なる長野電鉄の終着点です。山ノ内町から山道を登るとスキーで有名な志賀高原へと続く温泉地で、温泉に入るニホンザルがいることから「スノーモンキー」でも知られる場所です。
長野県全体がスキーや温泉地としても知られ、国内外から多くの人が集いにぎわいを見せる地域でもあります。しかし、現在では稼働率や来客数、年間宿泊数ともに減少傾向にあり、観光地としてもどうにか手を打たねばという状況でもありました。山ノ内町も同様で、2015年のデータですが訪日観光客が年間8万人ほどの場所でもありましたが、その多くが日帰り観光客であることから、宿泊数は伸び悩んでいました。そこで動き出したのが八十二銀行による観光活性化プロジェクトです。
プロジェクトの一環として、観光まちづくり会社として合同会社WAKUWAKUやまのうち(後に株式会社化)が設立されました。一番の注力ポイントは面的活性化、そのための遊休施設の利活用や空き家改修、そして担い手不足の解消で、それらをもとに地域内で滞在できる施設の増加や情報発信などを行うことでした。
先に挙げた遊休施設の利活用や空き家改修を促進するため、八十二銀行と地域活性化支援機構(REVIC)と連携し、県内の全地域金融機関が出資する観光活性化ファンド「ALL信州観光活性化ファンド」を組成し、観光ファンドをもとに資金提供の基盤を整えました。そして、WAKUWAKU やまのうちは「まちづくり」「ひとづくり」「情報発信」の三つをうまく分けながら、一体的な活性化スキームを組んだことが特徴的です。
まずはまちづくりについて。先に紹介した観光活性化ファンドの投融資をもとに、株式会社WAKUWAKU地域不動産マネジメントが地域の遊休不動産を取得・賃借し、リノベーションを実施する主体として活動します。そして、リノベされた物件に、WAKUWAKUやまのうちが店舗として賃借し、飲食など商品提供を行うという座組です。もちろん、地元まちづくり会社であるWAKUWAKUやまのうちだけでなく、外部の事業者にも通常の物件賃貸として貸し出します。ここでポイントは、物件購入や賃借、いわゆるハード部分と、店舗運営や商品づくりといったソフト部分を分離させつつも、一体的な連携をしていることです。
一般的に、まちづくり会社の運営と考えると、まちづくり会社そのものが物件を取得しその場所で事業を運営するか、ハード部分は一般的な不動産賃貸として借りながら店舗運営をしていくことが多いです。また、まちづくり会社として不動産を中心に行うところもあり、リノベを含めた不動産利活用に注力し、特定の事業者を誘致して活性化を図ることもありますが、具体的な中身の部分についてタッチすることができず、時に入居した事業者の事業運営がうまくいかず、すぐに退去するなどのことなどが課題でもありました。
そこで、WAKUWAKUやまのうちではハード部分とソフト部分を分離しつつ一体運用することで、互いに経営的な棲み分けができます。不動産マネジメントであれば、WAKUWAKUやまのうちだけでなく他企業にも同じように賃借することで、不動産事業としての持続性が高まります。ソフト部分でいえば、ハードを自分たちで持たないことで、資金的な余裕もしやすくなります。もちろん、内部のリノベや改修については連携して実施する事業にマッチしたハードの改修ができるため、より効果的な事業展開が出来るようになります。いわば、所有と運営の分離を通じたまちづくりなのです。
二つ目であるひとづくりについて。具体的に事業を推進するWAKUWAKUやまのうちでは、宿泊事業や飲食業など様々な事業を展開するようになります。そのWAKUWAKUやまのうちの運営そのものもとてもユニークです。
地方都市においては、優秀な人材がいないことが課題とされています。もちろん、優秀な人材を呼び寄せられるかどうかがポイントですが、もう一つ大事なのは、人材を継続的に育ませる仕組みが足りていないことです。優秀な人材一人が来れば地域課題が解決されることはありません。優秀な人ひとりがいるのではなく、できる人が複数人以上いて、それらが連携しあいながらまちづくりをすることが重要です。
当たり前ですが、ひとりではできることはたかがしれていますし、すべてのジャンルや分野に対して素晴らしい解決策が取れるとも思えません。もっといえば、地方においては、地域全体に漂う停滞感が問題ですが、その停滞感も、やる気を出して動く人が地域に多くなっていけばいくほど、次第に雰囲気が変わっていきます。
人のつながりやネットワークはいわばかけ算の要領で、掛ける母数ではなく掛ける項数が多くなればなるほどインパクトは大きくなります。10掛ける2よりも、5掛ける4掛ける3掛ける2では結果は6倍も違ってきます。つまり、地方においては、質だけを求めるのではなく、ある程度の質を担保した上でいかに量を求めるかがポイントといえるかもしれません。
WAKUWAKUやまのうちでは、起業意欲のある若手人材を積極的に役員や社員として登用し、自立するまでの初期段階は社会事業として各店舗の責任者としてアサインしながら店舗運営の経験を積んでもらい、事業が軌道に乗ったら独立も選択できるようにしたことです。
また、WAKUWAKUやまのうちは地域の既存事業者らによるまちづくり協議会とも連携しながら、地域ぐるみの商品開発などを行っています。こうした協議会が作れるのも、地域金融機関が積極的に関わっていることによって、地域事業者をうまく巻き込めているからといえます。
もちろん、若手だけで事業をやってもうまくいきません。その若手を育成し、マネジメントするために、WAKUWAKUやまのうちの社長にはREVICのシニアマネージャーだった人物を起用し、若手育成をする体制を構築していきました。もちろん、とはいえいきなりそれらがうまく進められたわけではなく、本書内でも軌道に乗るまでの過程や苦労をまとめています。
重要なのは、このひとづくりに重点を置きながら、人材育成を積極的に行う仕組みを、それらを構築するためにハードとソフトを分離されてまちづくりを行うというスキームをいれたことがポイントといえます。今では、社員が独立し新たな一歩を踏み出す事例も生まれており、そのエコシステムが回り始めていることが実感されてきています。
いかに観光資源に恵まれていても、その観光資源をいかす「人」が居なければ意味はありません。観光基盤をつくる「人」にフォーカスすることは、結果として、地域全体の経済を新たに動かしていく主体ある個が多く生まれてくるといえます。
広域連携で生まれる独自の地域ブランド創出を目指して
観光資源を活かし、官民連携で地域づくりを行う主体としてDMOと呼ばれる専門組織を組成する動きが活発になってきています。
DMO(Destination Management/Marketing Organization)は、観光目的地としての魅力向上や地域のマネジメント、マーケティング施策を展開するコンソーシアム型の組織です。多くの地域は、地元観光協会が主体となりながら、商工会やまちづくり協議会などが連携しながら観光施策を行っていますが、主体性や企画面などからも打ち手に欠けぎみなことが指摘されていました。
一方、DMOの場合は、ターゲットとなる観光客誘致のために積極的なマーケティング戦略を立案し、実行していくことが主体であり、いわば顧客視点に立って活動していく団体といえます。日本政府もDMOを観光政策の重点としておいており、全国各地でDMO設立が活発です。一言にDMOといっても、複数の都道府県にまたがる広域連携DMO、複数の地方公共団体にまたがる地域連携DMO、単独の市区町村で取り組む地域DMOの3つに分類されています。
従来の観光施策は、いわばここで言うところの地域DMOのようなものに近いといえます。特定の自治体単位による都市間競争は、我が町に”だけ”人を呼び込もうとしてしまいがちです。しかし、観光客はその町だけを訪れるということは少なく、周辺地域も含めて周遊したり、長期滞在であればどこかの地域を拠点に広域に観光したりすることが考えられます。単独の自治体における観光資源だけに頼るのではなく、広域や地域連携によってよりメタ的な、上位概念としての観光ブランドを作り上げることができます。
一方、地域連携や広域連携DMOを推進する場合、自治体連携が円滑にされなければその目論見も頓挫しがちです。自治体同士の都市間競争ではなく都市間”共創”となれるかが、今後の地方自治としても考えるべきものだと考えます。そのなかで、『実践から学ぶ地方創生と地域金融』に登場するせとうちDMOは、2011年に広島県が打ち出した「海の道構想」を発端に瀬戸内地域全域による観光連携構想が推し進められました。
広島県といえば観光立国として知られていますが、その広島県が自県への誘致だけでなく、瀬戸内というより全域を通じて周遊を図る観光施策を構築することで、「せとうち」ブランドを高めることができると考えたのです。
事実、瀬戸内全域でみれば、岡山県も愛媛も香川も徳島も、それぞれに独自で観光資源として十分な資源を豊富に持っている地域です。しかし、観光客はそれぞれの目的地にだけになっており、それぞれが連携していないことが結果として経済効果を十分に生み出していないことにもつながっていました。
広島県が2011年に「海の道構想」を打ち出す前年である2010年には、瀬戸内国際芸術祭の第一回目が開催された年でもあります。主に、高松を中心に直島や豊島などの島々の魅力とともに、アートを通じた取り組みが行われました。個々の県や地域にとどまらず、周辺地域が連携することで、より瀬戸内全域の魅力を高めるということへの機運はあったといえます。
そうした背景もあり、せとうちDMOは行政主導のもと推進され、2012年には瀬戸内ブランド推進協議会が設立、瀬戸内を共有する7県による任意団体瀬戸内ブランド推進連合が設立、その後、同連合の一般社団法人を経て、2016年に一般社団法人せとうち観光推進機構と改組し、DMOへとシフトしていきます。
せとうち観光推進機構とあわせて、7県の金融機関の連携と出資によって株式会社瀬戸内ブランドコーポレーションが設立、2017年には会員制度「せとうちDMOメンバーズ」が開始し、一般社団法人せとうち観光推進機構と株式会社瀬戸内ブランドコーポレーション、株式会社化せとうちDMOメンバーズでせとうちDMOは構成されるようになりました。それぞれの団体が、行政同士の折衝や連携、制度対応や自治体同士の情報共有、観光施策のマーケティング・プロモーション主体を担い、DMOメンバーズでは、瀬戸内地域の観光関連事業者を対象としたメンバーシップ事業を通じた横連携や販路拡大支援などを行っています。
さらに、せとうちDMO内部にて98億円のせとうち観光活性化ファンドを組成し、観光関連事業や事業開発支援としての資金供給のための組織もつくりだし、事業開発、事業支援、事業者ネットワーク、観光施策推進の資金提供など、幅広で行う体制構築を行っています。
特に、柔軟な投融資体制や許認可取得サポートなどは、通常の単独自治体だけではなしえないダイナミックな横連携によるアウトプットを生み出しており、まさに観光基盤の重要な要素を担っています。行政横断だけでなく、普段はライバル関係の金融機関同士が手を組み、地元だけでなく「瀬戸内」という広域ブランドを築こうと考え、よりメタ的な動きをすることによって新たな地域の価値作りが生まれています。
また、単独事業者ではなく広域による情報発信やマーケティング、国際的な誘客キャンペーンなどを行うことで、広域ならではの強みを活かした取り組みが盛んです。日本におけるDMOは多くが単独地域のDMOが多いなか、数少ない広域連携のDMOとしてそのあり方をつくっています。本書では、具体的な事例を交えながら、DMOが下支えしたことによってスピード感をもって生まれた取り組みを紹介していますので、ぜひご覧ください。
コロナによって観光のあり方はがらっと変わった、ではどうするか?
新型コロナによって状況は大きく一変しました。とはいえ、手をこまねいていてはいけません。コロナを契機とした観光改革が求められています。
近年でいえば、コロナ以前からMaaSと呼ばれるモビリティサービスへの注目など、都市と交通のあり方が大きくシフトしつつあります。人は移動し交流する生き物であるため、人がまったく移動しない世の中はこないはずです。けれども、都市と交通のあり方は大きく変貌する可能性はあります。
最近では、ウォーカブルシティや、自動車を排除した自転車都市のようなものもでてきています。それらは暮らしと観光を両立させたものともいえます。コロナをきっかけに、街の様子や経済のつくり方も大きい変化がもたらされることは間違いありません。
観光分野全般的でいえば、観光庁らによる今後のコロナ回復後の観光流入を見据えた観光基盤の充実などの助成金があったこともあり、新型コロナ後を見据えた様々な基盤強化が行われています。世間では、Go To トラベルキャンペーンが注目されていますが、Go To トラベルによる国内旅行の促進などの即時的なものだけでなく、中長期を見据えた抜本的な改革も並行して進められています。例えば、外国人観光客向けの言語対応やWi-Fiなどの情報通信整備、先に挙げたECの充実や、より高付加価値のある滞在コンテンツなどが考えられます。下落してる今を単純な危機と捉えるか、改革のチャンスと捉えるかで、その後の観光にも大きな差がでてくると思います。
瀬戸内は外国人観光客が多く訪れる場所として知られていますが、やはり観光客の減少は大きな痛手となっています。個々の事業者単位ではEC、特に越境ECの開設に取り組むところもでてきているようです。そのなかでも、せとうちDMOは積極的に地域の事業者への出資や、地域商社的な動きを促進するなど、コロナ後を見据えた動きをしており、広域かつ大規模なDMOとしての動きならではのように感じます。
本書内では、WAKUWAKUやまのうちやせとうちDMOの取り組みだけでなく、民泊の動向や、ナイトタイムエコノミー、オーバーツーリズムといった観光トピックについてもコラムなどで触れています。
特に、オーバーツーリズムは、単純に観光客が大量に押し寄せるだけでなく、観光客がおしよせ、いわゆる即時的な消費の傾向が強くなることが、結果として地場の文化力や個性を殺してしまいかねないものにつながることも懸念されています。単純なもの、わかりやすいもの、マスプロダクトなものがもてはやされがちのなか、地域の文化的価値とはなにか、地域の風土ときちんと向き合いながら、大切にすべきものを忘れてはいけません、
ナイトタイムエコノミーにおいては、夜間の活性化にとどまらず、文化財や歴史的建造物の活用、いわゆるユニークベニューの活用の観点も含まれています。美術館や博物館といった文化施設などの施設の有効活用や、観光客が求める現地文化の学びに答えることができる受け皿としても今後の利活用促進は期待されています。そうした取り組みは、結果として高単価な企画や商品開発にもつながり、売り上げたものをきちんと歴史的文化的な資源の修繕や、文化を維持するための技術継承に役立てることにつなげていくことが大切です。
伊勢神宮の式年遷宮などがその代表例として挙げられますが、改築や修繕という行為は、それによってかつての技術を学び、技術そのものが途絶えることなく受け継がれていくことが文化的価値を維持する方法でもあります。今では調達が難しい素材や、技術的に難しい製法や技法を発揮させる場所として役立っています。建物の保全修繕や技術継承を丁寧にしていくこと、その行為そのものが地域の活性化につながり、それらの積み重ねによって生まれる資源が観光資源としての固有性を発揮することにもつながります。
観光という分野は、まち、人、文化、歴史など様々なものが積み重ねって行われるものです。そして、特定の地域にとどまらない広域による価値が生まれることで、ますます地域の魅力や固有性を高めることが出来るようになります。地元の人にとっても、それらが地元への愛着につながり、シビックプライドを醸成することにもつながります。観光こそ、消費的ではなくより持続的で文化的なものであると自覚するときに、改めて地域の固有性と向き合い、そこからどのようなプロジェクトを立ち上げていくかが見えてくるような気がします。
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これまで、シーン1からシーン5までをそれぞれのカテゴリーを軸に解説や補足を行ってきました。(以下のマガジンをご覧ください)
ぜひ、これらの内容も踏まえながら、『実践から学ぶ地方創生と地域金融』を読み込んでください。そして、自分が関わる地域でも、行政、事業者、地域金融がより連携しながら地域づくりを行う取り組みがますます活発にかってくることを期待しています。その際に、私もご協力できることがあればぜひいつでもご連絡ください。