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思ひ草 歌人達がその可憐な姿に重ね詠んだ悲恋の歌


思ひ草 (オモヒグサ)


ゴマノハ目、ハマウツボ科の一年生植物


秋の長雨が降る頃、芒 (ススキ)の根元に
生えて、桃色の花を咲かせるのがこの植物
思ひ草 (オモヒグサ)である。


万葉集を始め多くの歌集の中に、この植物を
題材として幾つもの恋歌が詠まれたもの。


この桃色の花がまるで頬を染めて、俯き加減
に佇むその姿に昔の人達は恋煩いに思い悩む
女性の姿をそこに重ねて恋歌を幾つも詠んだ
ものである。


ススキという背の高い植物に、寄り添う様に
控えめに咲く思草の姿は、身分のまるで違う
者が恋焦がれて寄り添っている姿にも見える
叶わぬ恋の世界をその姿に連想したのである。


この『思ひ草』が直接歌詞に登場する和歌を
10点程紹介し、歌集、作者、歌詞、現訳、
そして文言の難しい言葉の解説を述べようと
思う。


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歌集 和泉式部集
作者 和泉式部
歌詞 思ひ草 折るべきほどの 露もなし
   涙の袖に 宿るばかりぞ
現訳 思い草を折るほどの露さえも、もう
   充分には残っていない。ただただ涙で
   濡れた袖に宿るだけである。


歌集 金葉集、巻七恋歌上
作者 源俊頼
歌詞 思ひ草 葉末に結ぶ 白露の
   たまたま来ては 手にもたまらず
現訳 思い草の葉先に結ぶ白露の様に
   涙を溜めて、貴方を待っていたのに
   露玉が止まる事なく落ちる様に
   貴方も直ぐ帰ってしまうのですね


歌集 後撰和歌集
作者 よみ人知らず
歌詞 思ひ草 今咲きぬれば 忘れなむ
   憂き春雨に 濡れぬ日はなし
現訳 思い草の花が今咲いたので、もう
   この恋を忘れよう。辛い春雨に
   濡れない日はないのだから。


歌集 山家集
作者 西行法師
歌詞 思ひ草 露にしほれて 花もなし
   夢にも人に 逢ふよしもなし
現訳 思い草の様に露に濡れて萎れてしまい
   花すらも咲かない。夢の中でさえも
   あの人に会うこともない寂しさである


歌集 式子内親王集
作者 式子内親王
歌詞 ほのかにも あはれは かけよ 
   思ひ草 下葉にまがふ 露ももらさじ
現訳 ほんの少しでも良いから、私のことを
   哀れんで(思いやって)くださいまし
   この恋心を象徴する思ひ草に下の葉に
   紛れる小さな露さえも、こぼさぬ様に
   (全てを受け止めてください)


歌集 新古今集
作者 和泉式部
歌詞 野辺見れば 尾花がもとの 思ひ草
   かれゆく程に なりぞしにける
現訳 すっかり暮れた野辺の尾花(ススキ)
   にかつて思いを寄せていたものだが
   その枯れていく様に私の恋心もまた
   薄れていってしまったのである
解説 野辺 = 野原
   尾花 = 芒(ススキ)


歌集 新古今和歌集
作者 藤原定家
歌詞 思ひ草 千年の露の 玉の緒に
   かけし命を 知る人もなし
現訳 思い草のように、千年にも感じる
   恋の苦しみを繋ぎとめてきた命を
   理解してくれる人は誰もいない
解説 玉の緒 = 命


歌集 宝徳三年百番歌合
作者 下冷泉政為
歌詞 臥しわびぬ 我がふるさとを 
   おもひ草をば ながもとの
   夢もつたへよ
現訳 床に横になり苦しみや寂しさに
   耐える私は故郷を思い草に託している
   遠くにいるあなたに夢を通じて
   この私の思いを届けてほしい
解説 臥し = 床に伏す、横になる
   ながもと = 遠くの思い人


歌集 漫吟集
作者 契沖
歌詞 朝な朝な 尾花がもとを 清むれば
   思ひ草なき 秋の庭かな
現訳 毎朝、尾花(ススキ)の根元を眺める
   たびに、そこには恋心を表す思ひ草が
   ないもので、寂しい秋の庭であるな
解説 尾花 = 芒(ススキ)


歌集 万葉集
作者 よみ人知らず
歌詞 思ひ草 寂しき宿に 音もなく
   独り泣く夜は 明けざらましを
現訳 思い草のように寂しい我が宿には
   音もなくただ一人で泣く夜が続く
   夜明けなど、来なければいいのに


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これはほんの一握りであり、調べてみると
本当に多くの歌人がこの植物を題材にして
歌っているものである。


ススキの根元に寄り添う姿を健気だと昔の
人は思ったものだが、実はこの植物の実態
とは、葉緑素を一切持たない植物で自身で
光合成を行う事すらも出来ない植物であり
寄生植物というのがこの正体なのである。


ススキの根元に生えるのはその根に寄生し
その養分と水分を奪いながら生きていくと
いう寄生植物であり、ロマンチックな恋歌
の様な可憐で慎ましく恋愛に悩む女性の姿
とは似ても似つかわないパラサイトという
のが本当の正体となる。


昔の詠み人達は、そんな植物だと露知らず
多くの人が、悲恋の歌をこの植物に重ねて
きたのである。


このススキに寄り添うこの植物は、寄生した
ススキの成長を阻害させて仕舞い、最後には
殺してしまう程のものなのだという。


物憂げに俯いている様に見える本当の姿とは
生き血を吸いながら、笑いを押し殺してる姿
なのかも知れない。




和名 思草 (オモイグサ)
   思い草 (オモイグサ)
   思ひ草 (オモヒグサ)
   南蛮煙管 (ナンバンギセル)
洋名 ジャイアント アエギネティア
   (GIANT AEGINETIA)
   フォレストゴーストフラワー
   (FOREST GHOST FLOWER)
学名 アエギネティア インディカ
   (AEGINETIA INDICA)
分類 ゴマノハ目、ハマウツボ科、
   ナンバンギセル属
種類 寄生植物
草丈 15〜20cm
開花 晩夏〜晩秋
花色 桃色
花寸 2〜3cm
原産 日本、朝鮮、中国、台湾、インド、
   タイ、ネパール、フィリピン、
言葉 物思い
撮影 六甲高山植物園
   大阪公立大学附属植物園

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