【いつメロ No.15】鉄の流れ星
「日常」という言葉は安心感を生んでくれる。変わることのない、安全な明日を保障されているかのように思う。でも、一方で明日も今日と同じで「変わらない」ことが決定づけられているようにも思う。ある意味、残酷なことだ。
そんなことをぼんやり考えながら、今日もこのだだっ広いコンクリートジャングルを歩いている。通る道は同じ。目的地も同じ。会う顔ぶれは来客以外全部同じ。まさに、変わり映えのない日常の代表だ。これで、世界大会にでも出てやろうかな。優勝する自信はある。なんて、冗談がよぎり自嘲気味に笑ってしまう。それを周りに見られたら変な人と思われそうなので、顔をあげてバレないようにした。その時、頭上に広がる真っ青なキャンバスに白い線が引かれているのが目に入った。その先端には、飛行機。その行く先はどこなのだろう。国内か海外にしても、乗っている人を遠くへ運んでいる。日常から離れた遠くへ。そう思うと、日常を引き離し、悠々と滑空する飛行機とそれに乗る人たちが羨ましくなった。自分のことも乗せてくれないだろうか。この日常から遠くへ連れ去ってくれないだろうか。叶いも届きもしない祈りを心の中でつぶやき、前を向き直って日常へと歩き始めた。
一通り、日常をこなし、朝とは違って今度は逆方向に歩いていく。こうして、疲れとともに歩いていると、一日の終わりを感じる。そして、また明日も同じかなと少し憂鬱にもなる。大きな交差点に辿り着いた。ここの交差点は昼よりも夜が賑わっている。それに、電光掲示板があたり一面に貼りつけられていて、そこに映るものが少しだけ非日常をみせてくれる。信号を待っていると、目の前の小さな電光掲示板が『18:59』を示した。19時になると、このあたりの電光掲示板は全て、アーティストのMVやライブのシーンの一部が流れる仕様になっている。しかも、音響も照明もセットなうえに、信号もその間は全てが赤になる。それが話題になって、19時前になるとこのあたりはちょっとしたライブ前の賑わいが出来る。「今日は誰の音楽かな」「あの人のがいいな」という会話がちらほら聞こえてくる。自分はそんなに期待してなくて、信号待ちの暇つぶし程度に見ている程度だ。
そして、『19:00』になった。その時、あたりの電光掲示板の電気が落ちた。街灯と信号、車のヘッドライトのみの明かりとなり、周りが少しどよめいた。その直後、電光掲示板にはドラムを叩く人が映り、重厚感あるドラムの音が鳴り響いた。ライブ映像かと思ったその時、突然赤い閃光がビルの上から信号から、交差点の空間に差し込まれた。周りの人たちも少し驚いていたが、すぐに興奮した様子で楽しんでいた。イントロが始まったようで、ボーカルが入り始めた。緩やかに入ったようだが、ライブ後半なのか、熱気が隠しきれていなかった。この曲は聴いたことはないけど、演奏している人たちは知っている。長きに渡って人気があり、未だに衰えることなく、というよりも勢力が増しているあのロックバンドだ。今でも、ドラマの主題歌やCMソングに起用され、街の至るところでもBGMとして流れている。そんなバンドがこんな歌をやるんだとちょっと驚いた。ギターもベースもドラムもボーカルも。誰もが必死に演奏しているその姿に気づけば見入っていた。しかも、歌詞が歌詞だった。まさに、自分の心境に刺さるものだった。それに、繰り返される日常の情景を自動販売機で例えているのには驚かされた。そこにいるだけだけど、それでも誰かのためになっている、これを表す比喩としてあまりにも当てはまりすぎていた。曲が終わりに向かうにつれて、映像の中の彼らも、そしてこの交差点に集う彼らもヒートアップしていく。いよいよアウトロに入った時、最後の最後でボーカルがシャウトをかました。あれだけ歌って、しかもその前も歌っているだろうに、そのシャウトに圧倒された。
時間にして、6分少々だっただろうか。まさか、自分も立ち止まって見ているとは思わなかった。しばらく交差点には盛り上がりが残っていたが、信号が動き始めた時、日常に帰ったのを感じた。たったの6分で、たったのワンシーンでここまで心にきたのは初めてだった。と同時に、力がみなぎるのを感じた。このまま祈っているだけではだめだ。何かに縛られているのは錯覚で、何にも縛られていない。だから、この日常からも自分を放つことが出来る。そう思えるようになり、その想いでさらに体に力がみなぎった。空を見上げると、偶然飛行機が明かりを灯して飛んでいた。まるで、流れ星のようだった。けど、それにはもう祈らない。羨ましいとも思わない。代わりに、この確かな思いを捧げよう。この日常を切り裂いて、一筋の光を掴んでやると。
そして、この物語を締めくくり、キーボードから手を離した私自身も、日常を切り裂いて明日を信じて突き進んでいこうと改めて決心した。
このことはまたいつか書くことにしよう。