【いつメロ No.2】誰かが聞いていて、誰かが見ている
この4月に、私は地元を離れた。初めてのことだ。しかも、行ったことのない土地で片田舎。そのうえ、就職するんだからさぁ大変、初めて尽くしだ。
慣れないことに埋め尽くされ、何とかそこから這い上がろうと毎日必死だった。こういう時の1日はすぐには過ぎない。1日が48時間にも思える。1ヶ月が2ヶ月にも思える。
そして、どれだけ必死にやっても、初めてだから失敗する。その度に打ちひしがれる。もう塞ぎ込みたくなる。今がまさにそんな状態だ。
今日も失敗だらけ。先輩たちに迷惑をかけ、上司には叱責された。ここ最近上手くいかないことが多く、落ち込んでいたこともあったので完全にノックアウト状態。再起不能だった。帰り道もずっと落ち込んでいたから、多分暗いオーラを放っていたと思う。
そんな時だった。通りかかった靴屋の自動扉が開き、一瞬だけ店内のBGMが聴こえた。ギターがなめらかな音色と力強いドラムと共に、1フレーズの歌詞が耳に入った。
「この足音を聞いてる 誰かがきっといる」
たった1フレーズ。ただ街中に溢れる音の1つでしかない。なのに、なぜか頭の中でぐるぐる回って止まらない。そして、無意識に足に力が入り、さっきよりも速く歩いていた。
家に帰ってからもそのフレーズが頭に残っていたから、検索してみることにした。すると、1つの曲が1番上にヒットして、すかさず再生してみた。イントロが始まって数秒後に来るドラムの音に背中を押された気がして、その後の歌詞には肩を叩かれたような気がした。歌詞の中の「大丈夫」が自分に向けられているような気もした。こんなに音楽を身近に感じたのは初めてだった。そして、サビの最後には靴屋で聴いたあのフレーズがきた時、胸の奥が少し温かく感じた。これだけで、何の根拠もないのに何故か大丈夫な気がした。
次の日。仕事の合間に社内の自販機に立ち寄った時、隣の部署の先輩が突然「お疲れさん」と声をかけてきた。思わずびっくりしながら「お疲れ様です」と返したが、びっくりしたのがバレていて、くすくすと笑いながら、
「頑張ってるね。いつもデスクから見てたけど、あれでいいんだよ。今は失敗を積めばいい。その失敗の数ほど成長の糧になる。そのことは、君の先輩たちも分かってる。だから、落ち込むだろうけど、トライし続ければいい。今こうして頑張ってるだけで、君は十分偉いよ」
そう言うと、その先輩はこっちを見ずにひらひらと手を振りながら去っていった。その一言で、私の心の中に溜まっていた黒い何かがじわじわと溶けだしていくのを感じた。
「あぁ、見てないようで実は誰かが見てるんだなぁ」
そう思った時、あのフレーズが頭の中でリフレインした。
「この足音を聞いてる 誰かがきっといる」
私にもいたんだ、そんな人が。そう思うと、何だか立ち止まっていられない気がした。せめて、私の足音を聞いてくれる人には明るい姿を見せたくなった。
そう思って踏み出した一歩が鳴らした足音は力強く響いた気がして、目の前の世界がいつもと違って明るく見えた。
Mr.Children/足音 ~Be Strong