プラムゼリーが、妻との距離を縮めた
最近、夕食を食べた後に息子と夜散歩に出かけるのが日課だ。
息子が食べ終えるのは、だいたい午後6時半くらい。その時間であればまだ明るいし、涼しいので散歩をすると心地よい。
2歳になった息子は周りのことに興味津々。とりわけ自動車への関心は強く、「ぶーぶー」(車)、「ばしゅ」(バス)、「ぱーかー」(パトカー)と言ってニコニコしている。一番好きな自動車は、「ピーポー」(救急車)だ。
大通りまで一緒に出かけて、行き交う自動車を2人でじっと見る。息子は「あ〜!!!」と興奮しながら両手をあげて喜びを表現する。僕はその姿を見て、なんともいえない愛しさを覚える。
昨日は自動車を眺めた帰り、翌日の食材を購入するためにスーパーへ寄った。自動ドアを開けてカゴを取り、野菜売り場を歩いていたときにプラムが並んでいるのを見つけた。
プラスチックの入れ物に収められたプラムを見て、僕の中に懐かしい思いが湧き上がってきた。
ドキドキしながら、妻の部屋へ持っていった
いまから4年前の2015年7月、当時はまだ近所の顔見知り程度で密かな恋心を抱いていた妻と「プラムゼリー」を食べたことを思い出した。
ひとりぐらし時代の僕の趣味は、料理だった。東急線「新丸子駅」直結の東急ストアや、駅周辺の商店街で食材を買い、狭いキッチンで料理をしていた。その瞬間が、たまらなく好きだったのだ。
このころ妻と初めて地元でランチをしたのだが、その帰りに妻が商店街の八百屋でプラムを1カゴ買っていた。僕は買わずに帰宅したのだが、プラムのことがどうしても頭から離れない。
気づいたら僕は八百屋にいて、プラムを購入していた。とはいえ、どうやって食べればいいかわからない。そのとき思いついたのが、コンポートにすることだった。
コンポートとは、果物を砂糖で煮たもの。一気につくって冷蔵庫で冷やしておけば、冷たいデザートにできると思ったのだ。
僕は愛用のル・クルーゼを棚から引っ張り出し、コンポートをつくった。
鍋に皮をつけたままのプラムを入れ、水と砂糖を加えて弱火でコトコト30分くらい煮る。その後はフタをして冷やして完成。
このときのことは、馴れ初めブログに詳しく買いている。
ただ、ひとりで食べるには量が多く、ちょっと飽きてきた。そこで僕はゼリーにしようと思いついた。そして、すぐにつくった。
冷蔵庫で冷やしている間、僕は武蔵小杉で友人とお茶をしていた。その帰り、駅近くでなんと妻にばったりと出会った。
僕は妻に「プラムでゼリーをつくったんですよ!」と言いながら、写真を見せた。その後、会話はこのように展開した。
妻「食べたいです!美味しそうです」
僕「では持って行きますよ!」
妻「ありがとうございます!」
このときは何も感じなかったが、自宅に戻って冷静になったときにふと思った。
ん、「持っていく」ということは、妻の部屋に入るんだよね?
好きな女性の部屋に行くことに、僕はドキドキした。
妻と僕の関係は友達でも恋人でもない、近所のちょっと仲のいい顔見知りだ。僕はどんな立ち位置でいればいいのだろう?
玄関で渡して去るべきか、部屋に入った方がいいのか?
わからないな。
そんなことを考えて無駄に緊張して汗をかきながら、僕はプラムゼリーを準備した。ちょっと試食をしたのだが、ゼラチンの量が足りなくて、柔らかめだった。一言で言えば、失敗であった。そうこうしているうちに、妻から「来ていいよ!」とのLINEが来た。
アパートの外階段を音を立てないように上がり、僕は全神経を指先に集中させてチャイムを鳴らした。ピンポーンと聞こえてから、妻が出てくるまでの時間はとても長く感じられた。緊張で、汗が流れる。
出てきた妻は、綺麗だった。声を震わせながら「ゼリーです」と失敗作のゼリーを妻に手渡すと、妻は、
「入ります?」
と言った。僕は「はい」と即答した。
好きな女性の部屋に足を踏み入れる瞬間に、僕の心は言葉で言い表せないほどの幸せに包まれていた。いま隕石が落ちてきて、この身が爆発しても後悔はない、と思っていた。
妻の部屋には最低限のモノしかなく、空気は澄んでいた。布団以外に足の踏み場もなかった僕の部屋とは、比べ物にならない。いや、比べるのが失礼なほど、妻の部屋は美しかった。
緊張のあまり、このときの僕は挙動不審だったと思う。妻は僕を椅子に促し、ハーブティーとブラックサンダーでもてなしてくれた。
お茶の味も、ブラックサンダーの味も、自分でつくったプラムゼリーの味も、ドキドキしすぎて何ひとつ覚えていない。
だがこの日を境に、妻と僕はお互いの部屋を行き来するようになった。思いつきでつくったプラムゼリーと、道で偶然会ったことで、仲が深まったのだ。
2015年7月、汗びっしょりでドキドキしながら会話をした女性は、いま僕の妻であり、イヤイヤ期真っ盛りの息子の母である。
この世で得がたきは、最愛のパートナーだと僕は思っている。そんな宝物に出会った喜びを、1カゴのプラムを見て思い出した。
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