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叶わぬ恋を、叶えてみせようコミミズク(創作小説)

この作品の著作権は作者、風ノクッキーに帰属します。
いかなる転載、加工、商用利用はお断りいたします。
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 今年もこの季節がやってきた。ただいま日本!
「ピョーーーーーウ!」
 はっ。思わず大きな声を出してしまった。ダメね、テンションが上がるとすぐ鳴いちゃう癖、直さないと。
 恥ずかしさが体を暖める。冬の上空は寒いから好都合ではあるのだけど。
 その時、かっこいいなとマーキングしていた、河川敷のベンチにいた人が驚いてこちらを見てきたものだから、頭に血が昇って危うく意識を失いかけた。
 私はニンゲンが好きだ。
普通は皆、自分と同じコミミズクを好きになるのだけど、私にはオスのあいつらが魅力的に感じない。
 そもそも、私よりも体の色が濃いだけで、異性として見れるわけがないじゃない、というのが私の見解だ。
 でも、そんなことを周りの女子友、まぁ私たちは鳥だからメス友なんだけど、相談するとどの子も目を見開いてびっくりする。
 丸い頭に二つ並んだつぶらな瞳に、私が映り込む。そんなにまじまじと見なくてもいいのに。
 今日、一緒に日本に帰ってきたお友達にもその話を振ってみた。
 ちなみに、私たちコミミズクは、秋冬以外は日本に帰ってこない渡り鳥なのだ。夏場は北極に近いシベリアなどで過ごしている。
「ミミちゃん。改めて聞くけど、ニンゲンのどこがいいわけ?」と、好奇心を向けてきたのは、コーちゃんだ。
 頭に生えている羽角が他の子よりホワホワしているのが彼女のチャームポイント。私がクチバシで触るとすごく嫌がる。
 昔、どうしてそんなに嫌がるの、と聞いたことがあるが、毎晩羽をホワホワにセットするために川で濡らして、空を懸命に飛び、素早く乾かすなど一工夫しているからだそうだ。
 コーちゃんの女子力ならぬ圧倒的メス力に、私はクチバシをムッとしてしまう。
 私は、メスとして負けている。そんな気がして悔しい。
「んー。身体も大きいし、ニンゲンって無駄に服とかアクセサリーつけてて、変だなぁって思ってたけど、それが美意識からきてるんだって知ってから、その健気さに虜になっちゃったのよ」
「でもさでもさ、それって叶わない恋なんじゃないの?」
 私は無い眉毛を八の字にしたくなる。
「私たち鳥だし」と言わんばかりにコーちゃんが翼を広げる。
 全くその通りだ。何も言えない。
「う、でも、どうにかして私を見て欲しいんだよね」
「気になってる人の目の前に留まるとか」
「できないよ恥ずかしい」
「ミミちゃん初心だね〜」
「家を突き止めて毎日通う?」
「うわストーカー」
「私、愛重めなので」
「はい得意げにならない。認知されればいいの?」
「まぁ、最初の第一歩はそうだね!」
 そこでこーちゃんが言い出したのは、ニンゲンから注目されればいいんじゃない、という提案だった。


「ミミちゃんが思慕してるニンゲン。これからはシボくんって呼ぶけど、シボくんっていつも雑誌を読んでいるよね。それも、野鳥特集のやつ」
 シボくん。きゃー。なんて適当なんだと思ったが、実名でなくとも、呼び名をつけることで一層親しみが増す気がした。
 だから少し、照れ隠しにあくびをする。
 ちなみに、コーちゃんがなぜシボくんを知っているかというと、私が毎日のように「あの長身の人だよ」「緩いパーマで黒髪の」「いつも白いダウンを着てて、中にパーカー着がちな」などと語り続けた時期があったからだ。
 でも、最近はあまり熱狂的には話していない。
 というのも、以前ずっとペラペラとシボくんについて話していたら、コーちゃんは普段怒らない良い子なのに、ふと機嫌が悪そうだな、と思った瞬間私の視界が揺れた。
 彼女がツバサで私を叩いたのだ。
 ツバサは同族に攻撃するためじゃなくて、空を飛ぶためにあるんだよと言いたかったけど、コーちゃんは完全に拗ねていたのでクチバシのファスナーを閉めた。
 だからコーちゃんはシボくんをよく知っているし、私はそれ以来恋話相手に困っていたのである。
 悶々とした夜の数は数えきれない。
「あれに私が特集されれば、シボくんに気づいてもらえるってことね」
 コーちゃんは首肯した。
 でもどうやって? と思い、またしても私は無い眉毛を八の字にしたような表情を作ってみせた。
 それを見かねたコーちゃんが、
「うーん。とりあえず、人目につく場所に行かないと何も始まらないよね。普段はニンゲンが少ない畑でエサを取ることが多いけど、駅近くの河川敷とかに行ってみたら? 」と話のレールを敷いてくれる。
 確かに、河川敷ならニンゲンは多く歩いているし、狩りをする時間も夜中じゃなくて、午後の明るい時間帯にすれば、さらに人目に止まる機会も増えるだろうな、と私は考える。
 果たして、ニンゲンたちが私に興味を示すかが、一番の問題なのだけれど。

 翌日の夕方。太陽と街灯がバトンタッチをする時間。
 私は河川敷の看板の上に留まって、電車の通る橋を見ていた。
 丁度電車が駅を出発し、その足音を見送ると、束の間の静寂が訪れる。
 その刹那には川の流れる音だけが存在しているようだった。
 と思ったら、ネズミの足音や草むらを揺らす音もまた聞こえてきて、コミミズクの宿命だなぁ、と「ピョウ」と小さく鳴いてしまう。私たちは、小動物を音で場所の把握をするからだ。
ニンゲンに恋をしている私はコミミズクなんだ。
 橋は川の上を跨ぐように架かっていて、橋桁の間の水面には夕日がゆらゆらと反射している。
 水面のゆらゆらと私の瞳のうるうるが重なって、視界が淡い橙に包まれた。

 三十分くらいだろうか。待ってはみたものの、私のそばを通っても忙しなく帰路を競歩し合う人々ばかりだったから、今日は巣に戻ろうと思う。
 省みると、日が落ちてきてからの方がニンゲンは多く駅から出てきた。
 明日はもう少し遅めの時間に訪れてみよう。
 それに水面の夕日を見ているとつい寂寥感が込み上げてノスタルジックになっちゃうしね。
 あとは、ニンゲンって暗いと私が見えてないみたいだから、駅の入り口に置いてある銅像、妙にライトアップされているし、利用させてもらうことにしよう。

 翌日。二十時を回った頃に駅前の銅像に留まってニンゲンを待っていると、一人の男性が何かをポケットから取り出してこちらに向けてきて、次の瞬間パシャ! と音がした。
 びっくりした!
 攻撃されたと思って身の危険を感じたけど、特に身体に異変はない。
 その後も何人かが私の側を通り、パシャっと音を立てて、去っていった。
 次の日も。そのまた次の日も、彼らは四角い機械を向けては去っていく日々が続いた。
 なんとなくだけど、私の姿をその機械で切り取っているのだとわかった。
 彼らが野鳥特集の雑誌に載せてさえくれれば、シボくんに認知してもらえる。
 コーちゃんには、私が「シボくんアプローチ大作戦」を実行している間は、毎日シボくんの読んでいる雑誌を観察するよう頼んであるけど、まだ私は特集されていないらしい。
 どうすれば雑誌に載れるんだろう。ポーズ? ポージングなのか? と思って私史上最大のあざとい表情を作って斜め上を向いてみたり、足でリズムを踏んでダンスしてみたりした。
 すると、それが功を奏したのか或いは偶々か、ある日を境にニンゲンたちが私を囲むようになった。
 チャンスだ。
 パシャ音が鳴り止まない。
 耳が痛い。
 ネズミ取れなくなったらあんたたちのせいなんだからねー!
 その言葉をグッと飲み込んで私はあざといメスを演じたし、ダンスでセクシーさをアピールした。
 うん、わかってるよ。ニンゲンたちには伝わってないってこと。
 でも、その必死さは伝わったのかさらに多くのニンゲンが集まるようになった。その数、ざっと二百人ほど。

 そして今日も沢山のニンゲンの被写体として疲労困憊になって、空を飛び、巣に帰っている時だった。
 最近気づいてはいた。帰る時後ろから、何かが私を追ってくるのだ。奇妙なウィーンという音を立てて。鳥でもない、虫でもない何かが。
 でも、今回は執拗に追いかけてくるので困った。
 とりあえず木々が生い茂る森の中へ入って、右往左往に飛び回った。
 少しして、目前にあった枝に着地して耳を澄ましてみる。
 もう、不快な機会音は聞こえなかった。
 なんでこんなに私を追いかけてくるんだろう。ふと、冷静になると不安が込み上げてきた。
 そこで、私のお友達であるノスリんにその正体を探ってもらうことにした。
 ノスリの、ノスリん。
 ノスリんは可愛らしいお顔をした私のアイドル的存在であり、同じ動物を食べていることから意気投合して、昔から仲が良い。
「シボくんアプローチ大作戦」の話も聞いてもらっている。
 コミミズクの私に比べるとノスリんは二十センチくらい大きくて、同じ猛禽類でもタカの仲間で、その割にはまんまる黒目が可愛いし、ずんぐりとしたフォルムが愛おしい。
 メスって、つい可愛い子と一緒に居たくなるよね。ニンゲンもそうなのかな、とふと思う。
「え、夜なの。私、夜苦手なんだよなぁ」
 じとっとした目でこちらを見てきた。
 そう、彼女は昼型なのだ。
「ごめん。そこをなんとかお願い。ノスリんしか頼めない。」
 実際その通りで、例の飛行物体は意外と素早く、コミミズクだと途中で見失ってしまう恐れがあった。
 コーちゃんもこの話を聞くなり「怖い! 無理!」と飛び去ってしまった。
 動物の生存本能が友情に勝ってしまったようで、流石に彼女を私は責められない。私も怖いもん。
 ノスリんに1週間くらい何でも手伝うから、と頭をぺこぺこ下げ続けてようやく、
「しょうがないなぁ。このオスたらし」と、渋々了承いただいた。
 いや私そんなんじゃないし、とツッコみたくなる一言が余計だけど。
 こうして、明日はノスリんに例の飛行物体の戻る先を追跡してもらうことになった。

 周りは真っ暗。駅から河川敷を通り抜けて、次第に街路樹が増えてくる。街明かりは減り、冬だから虫の合唱もない、一切の無音に包まれる。
 指揮者が指揮棒を振り上げた瞬間にオーケストラが静寂を破るように、怪しげなウィーンという機械音が発生する。同時にドキドキと心臓の鼓動も伴奏する。
 早く。早く早く。
 全速力で、飛び続ける。左へ右へ、昨日ノスリんと考えた、複雑な帰宅ルートをなぞっていく。
 いつまで飛び続けただろう。
 呼吸が荒く、思考がまとまらない。酸素が肺に充填されて、心音のビートがフェードアウトするように落ち着いてくると、私が今自分の巣にいて、あの不愉快な機械音も全くしないことに気がついた。
 周りを見渡しても、それらしき影もない。
 コミミズク自慢の聴覚に身を委ねても、何も聞こえない。
 とりあえず、逃げ切ったのだ。ヘトヘトで木の幹にもたれかかる。
 あとは、ノスリんが上手くあれの正体を突き止めてくれたかどうかが気がかりだ。
 ノスリん、がんばれ。

 ノスリんは、懸命に逃げているミミちゃんを涼しげな表情で追いかけていた。
「まぁ余裕だよね」
 しばらく追っていると、謎の飛行物体が動きを止めた。どうやらミミちゃんを見失ったようだ。
 さて、どう出るかな、と警戒していると、それは後ろに引き返し始める。
「さっさと行き先突き止めさせて、早く寝かせておくれよ」
 重い瞼を閉じそうにしながら、追跡を開始した。
 謎の飛行物体を追っていると、街灯がちらほらと見え始め、木々もまばらになり、河川敷を通り抜けて駅付近まで辿り着いた。
「どこまでいくんだ?」
 少し疲れたので、電柱にかかる電線に留まり、飛行物体がどこへ向かうのか観察していた。
 駅を少し通り過ぎた場所に小汚い一軒家が建っており、それは窓から中に入ったようだった。
 パッと、部屋の電気がつく。
「あれは、ドローンか」
 暗かったからよく見えなかったが、明かりがついてはっきりした。なるほど。
 そしてそれを操っていたのは、もちろんニンゲンだった。
 そいつは男で、髪は薄く眼鏡をかけていて、腹の出た小さいニンゲンだった。
「家も小汚ければ、住人も小汚いとは」
 笑いそうになるのを堪えて、目線を変えると、机の上の四角い紙が不意に目に入った。
「野鳥文春編集長……」
 へえ。ノスリんはうすら笑いを浮かべて小汚い家を後にした。

「ミミちゃんお待たせ! 例の飛行物体が一体なんなのかわかったよ」
「本当に!?」
 私は声を荒げる。
 ノスリんは、例の物体がドローンと呼ばれる機械だったこと、そしてそれを操縦していたのがニンゲンだったことを伝えた。
 え。私は相当驚いた表情をしていた、と思う。
「きっと、ミミちゃんを写真で撮っているニンゲンの中にいたんだろうね。コミミズクってあまり人目につく場所に現れないから、熱心な写真家、研究家が躍起になるのも想像に難くない。ミミちゃんが不意に駅の銅像に現れなくなる前に、住処を特定したかったんだと思う」
 写真? 私を見にきていたニンゲンたちはみんな写真という物を撮りにきていたのか。
「相変わらず、ノスリんはニンゲンに詳しいね」
「まぁね。私は賢いニンゲンの元で育ったから」
 そんな得意げな表情を浮かべたノスリんに私がニンマリしていると、急にノスリんが悪い顔になった。
「え。なになに。どうしたの」
「実はね、ドローンを操縦してたニンゲン、もしかしたら利用できるかもしれないんだ」
「利用、って何に?」
 私は首をかしげる。
「ミミちゃんが野鳥特集に載れるようにだよ」
 ノスリんが急に悪い顔をしだしたし、悪巧みを考えているようだし、私はとても、怖いとは思わずむしろ興味が出てきた。
「なんかよく分からないけど、どうやって私を雑誌に載せるの? 」
「ふっふっふ。あのニンゲンはね、野鳥文春の編集長だってことがさっき分かったんだ。つまり、あいつをうまく使えばミミちゃんを雑誌に載せることができる」
「ピョーーーーーウ!」
 はっ。またまた大きな声を出してしまった、と私は頬を赤くし、それを見たノスリんは優しく笑う。
「そのために、あいつに嫌がらせをするんだ。小さいことでいい。逆に行き過ぎた嫌がらせは、私たちの首を絞めることにもなりかねないからね」
「例えば、窓に糞を落とすとか」
「いいね」
「車を持ってるならボディに爪で傷をつけるとか」
「んん、グレーゾーンだけどなぁそれは」
それで、とノスリんは話をまとめにかかる。
「そういう小さな嫌がらせの積み重ねで、あいつに恐怖を植え付けたら、仕上げに文字を使って脅すんだ。コミミズクを追いかけるのはやめろ、コミミズクを雑誌に取り上げろ、ってね」
「それがこの計画のフィナーレってわけね。素敵。でも文字とか私分からないよ?」と、不安要素を私は挙げる。
「私は賢いニンゲンの元で育ったからね。文字を読むなんて朝飯前だよ」と、ノスリん。
 それを聞いて私は、はぁ、またそれかと呆れと尊敬を同時に抱いた。まぁそういうところも可愛いよ。

 次の日、小汚いニンゲン、名付けて〝コギー〟に対し、私とノスリんは嫌がらせを決行した。
 まずは憎きコギーの玄関前に大量の糞を落とす。近場に停まっていた、ハトやスズメにも協力してもらった為、相当、酷い有様となった。
 しかしコギーもしぶとい。いや、自分のお腹が出ているせいで足元が見えないのだろうか。特に気にせず家に入って行った。
 よし、次だー!  実に私は乗り気だった。だってドローンでストーカーされたんだから、当然だもんね。
 今度は、カラスにも協力してもらった。
 夕方、コギーが帰宅したのを確認すると、カラスは縁側の庭の地面に三羽並んで、「カァー!  カァー!」と叫び出す。
 これには思わずコギーも外に出てきて、「オイ! なにやってんだよ。どっか行け!」と玄関に置いてあったホウキを振り回して怒りを露わにした。
 そこで私とスズメ軍団が、車のルーフめがけて糞を空撃さながらに落としていく。
 コギーが呆気に取られたところで、極め付けにノスリんが三日月を描くように飛んできて、車のボディに爪痕を残していく。
 キキッという不愉快な音が響く。
 皆の視線がコギーに集約し、それに本人は気づき、冬眠準備に穀物でも貯めているのか、と言わんばかりに膨れた頬に汗を伝わせながら、走り出した!  と思ったら、玄関に吸い込まれて行った。
 びびっている。やった。
 ここまできたら、フィナーレだね。
 ノスリんと私は目を合わせて頷き、事前に新聞をカットして用意していた継ぎはぎの大きな紙を窓にバサッと貼り付けた。
「ドローンで追いかけるのをやめろ。コミミズクを雑誌に特集しろ」
 コギーはそれを見て顔を青ざめ、急いで震えた手でパソコンを取り出し作業を始めた。外が気になってこちらをチラチラ見ている。
 クチバシで窓をつつきドンドンという音を出すと、コギーは汗を出した。
 私たちは少しの間、途中で作業を辞めないか見守った後、空へと飛び上がった。
「ねぇ、上手くいったよね?」
 私は左を並んで飛んでいるノスリんに尋ねる。
「大丈夫。あの焦り方はホンモノだ」
 それに、と続けて、ちゃんとやってなかったらもう一度奴の家に行くまでさ、とノスリんは小悪魔顔でそう言った。

 一連の出来事からしばらく経ち、野鳥文春やシボくんの話題の頻度は下火になっていった。
 周りもそうだけど、私自身も、若干諦観していた。雑誌に私が載っていないのだ。そんなに時間がかかるものだろうか。不安に駆られている最中、夕暮れの時間は後ろ倒していく。
 季節は進んでいくのに、私だけが取り残されている。
 そう長くない人生。こんなに悩んでいていいの?
 コミミズクとニンゲンとなんて結ばれるわけないのに、シボくんが絶対に見るなんて分からない一冊限りの野鳥文春の特集を、私はこれからずっと待ち続けるの?
  そんなことを考えていたら、頭がぐちゃぐちゃしてきた。
 しばらく夜風に当たりたくて、私は空へと飛び上がった。
 私は一心不乱に羽を動かした。何も考えたくなくて。
 でも、どうしても悲しくなってしまうから、ちょっと疲れたな、というところで近くの高い針葉樹の枝に着地した。
「やぁ」
 ビクッとして周囲をきょろきょろしていると、大きな影絵が後ろからニョキっと現れたので、身構えて振り返る。
 そこにいたのはノスリんだった。
「ノスリん、私さ」
 無い眉毛を八の字にし、私が相談しようとすると先回りして、
「どうする。また、コギーに頼みにいくかい? 」と、ノスリんは優しく聞いてきた。
 なんとなく、それは、同じことをしても私の気持ちは楽にならない事実を見透かした上で提案しているようで、私の心中の天秤を揺らしてきたように感じた。
「……」
「……」
 優しい眼差しが私をじぃっと見つめている。
 ノスリんには、私はどう映っているのだろう。
 惨めかな。哀れかな。あー、ダメダメ、どんどんネガティブになっちゃう。でも。どうしよう。私。
「……」
「……」
 雲の合間から光が漏れ出す。
 私たちの周囲が明るく照らされ、どこかのステージに立ったかのようだ。
 今、決めなきゃ。
 オーディエンスなんか誰一人いないけど、なんだか、背中を押された気がした。
「私、諦める」
「それで、いいの?」
「次の雑誌で載ってなかったら、諦める」
 それを聞くと、いつもはまんまる黒目のノスリんの目が、三日月の形になり、
「ミミちゃんがそう決めたなら、それが最適解だね」と、うんうんと首を振った。
 明日は、野鳥文春発売日だ。私の決意の夜だった。

 朝早く、私は公園のベンチの真後ろに生えている三メートルくらいの木の枝に留まっていた
 とてもまぶたが重い。昨日は不安であまりよく眠れなかった。自分で決めたのにな、と思う。
 いつもシボくんは午前七時過ぎに公園にやってくる。
 毎朝、ベンチに座って本を読むのが彼のルーティンなのだ。
 漫画は読まない。
 読むのは小説と呼ばれる本がほとんどで、その合間に野鳥文春を読む日があったりする。
 私の観察経験から、野鳥文春が発刊されるとすぐに読んでいるようで、きっと今日は野鳥文春を持ってくると思う。
「あ、きた! 」
 ふと右の方から、緩いパーマをかけた長身のシボくんが歩いてくるのが見えた。白いダウンに、黒いミニマルな鞄を斜めがけにしている。
 今日も、カッコいい。
 と、思う余裕が私にはなく、只々、野鳥文春に私が載っているかどうかが気がかりで仕方なかった。
 シボくんが少しボロボロな2人用サイズのベンチに腰掛ける。
 片手には、予想通り野鳥文春を持っている。
 そして雑誌を、シボくんが開いた。
 一ページ、また一ページと読み進めていく。
は次こそ、あぁ、次こそ、あぁ、と期待と失望を繰り返し卒倒しそうになる。
 シマエナガ特集、ノスリ特集、そして。
 あと数ページで特集欄は読み終わってしまう。
 私が載っていて欲しかった。
 悔しかった。こんなに頑張ったのに。
皆に手伝ってもらったのに。
 泣きそうな自分を必死で堪えて、足を踏ん張って、もう巣に帰ろうと羽根を広げたその時。
 潤んだ視界に見慣れた姿が映った。
 びっくりして、目をぎゅっとして涙を排除してもう一度、クリアな視界でシボくんの手元の雑誌を見つめる。
「……私だ」
 決して写真写りは良いとは言えない。自信のあるポーズでもない。可愛くも、ニンゲンには思われないかもしれない。
 でも、私は今この瞬間をもって、シボくんに知ってもらえた。見てもらえた。それがこの上なく嬉しかった。
 そして、気づいたら身体が動いていた。
 私はシボくんの隣に着地した。
 ちゃんと初めてシボくんを目の前にして、胸の高揚が止まらない。
 驚いた風なシボくんに向かって
「ピョウ! 」と鳴いてみた。うん、気持ちを伝えてみた。
 まぁ、ニンゲンには、伝わらないよね。
 それでもドキドキしてシボくんの反応を伺う。
 シボくんは何度も雑誌と私を交互に見返して、あぁこれがコミミズクなんだ、と呟いて笑顔でこう言った。
「へぇ、可愛いじゃん」

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