賃貸に関する誤解を解く──管理会社や大家からの請求は間違っていることが大半、である事実

はじめに

自分が借りている物件に関するトラブルは、身近でありつつ、普段生活をしているときにはほとんど意識することがない。たいていの場合は、入居時の資料に求められるがまま適当にサインし、退去の際に言われるがまま金銭を払っておしまい、である。

しかし、実際のところ、顕在化しているトラブルはそこまで多くなくとも、法律上必要のない支払いをしているケースは、(ほとんどの人が気づいていないだけで)相当数にのぼっていると思われる。

この種の金銭のやり取りは、せいぜいが数万円~数十万円であるため、弁護士が介入するといわゆる「費用倒れ」(得られる利益より、弁護士に支払う額の方が多くなり、赤字になること)になってしまう。そのため、法律に基づいて解決される可能性が低く、「正しいのかどうかはわからないが、相手からの請求が煩わしいのでとにかく支払う」という選択をするのが、ある意味合理的になる。

ただ、賃貸借関連の裁判例は、実は非常に難解で奥が深い(個人的には、管理会社等も適切に理解できていない場合がほとんどと考えている)。

「大家さんとの関係を悪化させたくないし、まあ支払って終わりにするか」とか、「敷金を10万円入れているけど、返せというのも面倒だし放棄してしまうか……」という考えももちろんあり得るのだが(一般に、法的紛争というのは自分も相手も疲弊するものなので、無責任に争うことを推奨はできない)、法的に適切な対処を知ることができなければ、争うという選択肢があることを知ることもできない。

ということで、一般論として、法律・ガイドラインに基づくとこういう解決になるというのを、以下に列挙する。

知識1:東京かそれ以外かで、そもそも賃貸借契約書等の出来(レベル)が違う

東京都には、平成16年より賃貸住宅紛争防止条例というものがあるため、多くの物件の契約時において、「賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書」という書面にサインすることになる。

条文及び判例によれば、退去時の負担について、

「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」は、原則として、借主の負担にはならない。ただし、明確で合理的な特約を定めた場合は別

という扱いになっている。

東京都でよくサインさせられる説明書は、明確で合理的な特約を借主に説明しましたよ、ということを証するためのもので、事実上、原状回復の義務を適切に借主に転嫁させるためのものといえる。

隣県でも似たようなものにサインさせられることはあるだろうが、東京都ほどはこの説明書が浸透していない、というのが事実だろう。そのため、東京都以外に住んでいる人は、そもそも「明確で合理的な特約」がなく、それだけで敷金が全額返ってくるみたいなパターンがあり得るのである。

※なお、東京でも時々すごい事例はあるため、東京で紛争が生じないという意味ではない。

知識2:長く住んでいれば住んでいるほど、支払う額は少なくて良い

上記のことをいうと驚かれることがある。しかし、一般論として、賃借人は経年変化の分を回復させる義務を負わない

詳しい説明は、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html)に記載されており、経年変化をどう考えるかはモノごとに違うのだが、ある程度長期間住んでいるなら費用の全額負担はおかしい、という主張はできるだろう。

たとえば、壁面・天井がタバコのヤニで著しく変色したため22万3384円の全面張替費用を請求した事案につき、7年以上住んでいることを理由に9割引きとし、2万2338円の請求のみを認めた事案がある(大阪高判平成21年6月12日)。※なお、クロスの耐用年数が6年であることからすると、主張によっては一切払わなくてよかった可能性すらある(本事案では、元々借主が1割は負担すると述べていた。)。

知識3:争いがあるときに取るべき対応は、①明渡し立会いでサインしない、②支払わないで裁判提起されるのを待つ、③相手に不用意に書面を送らない、④消費生活センターに通報する、の4点

①明渡し時に請求額の見積もりを見せられてサインすると、原状回復費用に合意したと思われるのでサインはしない(もっとも、してしまっても挽回ができないわけではない)。

②お金というのは、払ってしまったものを取り返す方が数倍難しい(これは詐欺などの事案にも通じる話で、お金を回収するというのはめちゃくちゃな労力がかかるのである)。裁判提起をしてもらって簡易裁判所で話し合いをする、くらいの心持ちの方がよいだろう(そもそも相手が請求を断念することも多い。裁判所から書面が来たらしっかり対応する必要があるが)。敷金を返してもらいたい、という場合はこの手が使えないので、こちらから支払督促の送付、又は裁判の提起を検討することになる。

③「30万円請求されていますが、私は15万円が適正な額だと思います」とか言わないこと。知識1でも書いたが、そもそも特約が良くできておらず0円というパターンがあるからだ(債務の存在を先に自白してしまっていると、裁判で致命傷となることもある)。

④これはどれほどの意味があるか微妙なところだが、悪質な事業者であれば情報は提供するに越したことはないだろう。

まとめ

①東京以外なら争うチャンス多し(東京も悪質な事例ならチャレンジ)

②長く住んでいる方が支払いを減らすには有利

③自分から支払わない、不用意な対応をしない


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